第53話 人たらし

 

 本当にお世話になりました、とイムスが深々と礼をした。



「この御恩は必ずやお返しいたします」


「ただの先行投資だよ。頼んだ物ちゃんと仕入れてくれれば、それでチャラで良い」



 ハルトはプレッシャーをかけないように自然な笑みを浮かべるが、実は村の食糧事情が上手くいくかはイムスにかかっていた。



「小麦とライ麦の種、それから鉄製の武具ですね。お任せください。私とて商人のはしくれ。必ずや望みの品を手に入れてみせましょう」


「馬もちゃんと生きて返してね」とマリアが釘を刺した。馬車を使う都合上、どうしても馬がいるのでマリア達の馬を貸していた。フェンテが横から「マリアさん、別れの場で野暮すぎる」とツッコむ。


 しかしイムスはにこやかな顔で「はい。もちろんです」と律儀に応じた。「それでは、行ってまいります」




「あ、ちょっと待って」とハルトが呼び止める。イムスが振り向くとハルトが申し訳なさそうに言った。「もし都市に行って、余裕があれば『ルイワーツ』って奴の行方を探してくれない?」



 ルイワーツはハルトとマリアが都市を出る時に別れたきり、一向に村にやって来なかった。ハルトが心配していたところ、フェンテから、ルイワーツがギルドマスターに直談判しに行ったと情報を得たのだ。



(まったく。無茶するよな、ルイワーツさんも。仲間なんだから、もう少し僕を頼ってくれたっていいのに)



 イムスは「分かりました。探してみましょう」とこころよく了承してくれた。


 イムスが今度こそ出立する。何度も振り返り、深いお辞儀を繰り返すイムスに、ハルト達は苦笑しながら見えなくなるまで手を振って見送った。










 さて、とマリアがハルトに向き直る。



「私たちもそろそろ行こうかな」



 マリアには鉱山に鉄鉱石を採りに行ってもらうことになっていた。お供はマリアを領主と認めた狩猟班の野郎共数人とフェンテである。



「でもハルトくん」とマリアが眉尻を落とした。「本当に私なしで大丈夫? 寂しくて泣かない?」マリアが心配そうにハルトを覗き込む。


「泣かないよ」とはっきりと宣言するハルトに「寂しくないんだ」と何故かマリアは不満げな顔を見せた。マリアは定期的に『面倒くさい彼女ムーブ』を繰り出すことをハルトも分かって来ていたので、にっこりスマイルでスルーした。

 ——が、マリアの方もにっこりスマイルで「もし浮気したらもう二度と空は拝めないと思ってね」と怖いことを言い出した。

 何されちゃうのだろう。気を付けよう。いつの間にかハルトのにっこりスマイルは引き攣りスマイルに変わっていた。



 狩猟班の男共を連れて来て、木工の才のある者に作らせた大型台車も用意し、そろそろ行こうか、という段階で「本当に私も行かなきゃダメですか?」とフェンテが往生際悪く食い下がった。



「だめ」とマリアに一蹴されると、フェンテはガクッと肩を落とした。

 それを見ていたハルトはちょうど良い機会だ、とフェンテに向き直る。



「前々から言おうと思ってたんだけどさ」と前置きしてハルトが告げた。「もしフェンテさえ良ければ、今回の件の後も僕らの村で働かないか?」


「あ、また勝手に」とマリアが反対しようとするが、ハルトが「フェンテは優秀だよ? それに冒険者ギルドでも唯一僕と仲良くしてくれた恩人でもある」と言うものだから、マリアは、ぐぬぅ、と何も言えなくなった。



「私は……仲良くなんて——」



 フェンテは俯く。ルイワーツにいじめられていたハルトを助けなかったことに、気を病んでいるようであった。誰だってしいたげられている者をかばうのは怖い。自分がいじめられるかもしれない。被害が拡大するだけかもしれない。恐れ躊躇ためらうのが自然だ。責めることは誰にもできない。


 だからフェンテを責めるのは他の誰でもない、フェンテ自身だと言えた。ハルトの味方になってやれなかったことで、今も自分を責め続けているようだった。自分が憎い。自分が嫌い。そういった自己嫌悪がフェンテの自信のなさを形成しているように思えた。

 しかし、ハルトがフェンテに思っていたのはそれとは真逆の感情だった。



「僕はキミとの何気なにげない雑談に救われたんだよ。それだけは誰にも否定できない事実だ。だから……ありがとう、フェンテ。仮に僕の誘いを断ってもキミへの感謝は一生変わらない」



 ハルトがフェンテの頭にぽんと手を乗せる。

 フェンテはキュッと感情の波に堪えるように赤い目で口を一文字に結んだ。それからハルトを睨みつけて「この人たらし」とののしった。


「えぇー……」とハルトが戸惑っていると、マリアが横から「ハルトくんが悪い」とジャッジする。そして、さり気なくフェンテに乗ったハルトの手を払いのけた。


「給料はでるんでしょうね?」とフェンテが挑戦的な目をハルトに向ける。


「そりゃもちろん」とハルトが答えると、フェンテは初めからそうすると決まっていたかのように、すぐに大きく頷いた。

 ——そして、



「それなら、一緒にいてあげても良いですよ」



 と、笑った。笑いながら泣いていた。




 ♦︎





「僕らはこっちだ」とハルトが『戦乙女の微笑みヴァルキリースマイル』のメンバーに言う。



 彼女らはフェンテを村まで連れて来た後、引き続き、マリアに雇われていた。何週間も雇う金はマリア達にはなかったが、出世払いで快く引き受けてくれたのだ。


 ハルト達は、以前マリアが盛大に耕した半径2.5キロメートルの円形の畑——もっとも今は雑多な植物が所狭ところせましと自生していて畑と呼べる代物ではなかったが——に来ていた。



「今日はここに自生する食えそうなものを片っ端から収穫してもらいまーす」と引率の先生のようにハルトが説明する。

 襲撃に備えて備蓄が欲しかった。非戦闘員は森に避難する手はずなのだが、何日間避難が必要なのか読めないため、食料はいくらあっても困らない。


「それは良いんだけどさ、ハルルン」とロドリが言う。「戦えないフェンテよりも私たちが鉱山言った方が良かったんじゃないの?」



 ハルトが首を左右に振る。「だめだめ。ここは直径5キロの畑だよ? ただでさえ村人の半分くらいは非協力的で人が全然足りてないんだから。キミたちには日々の訓練を活かして農業を手伝ってもらわないと」


「農業のために訓練しているわけじゃないんだがな」とタンク職のダルゴが苦笑する。


「それにフェンテは錬金術の才能があるって分かったから、急いで育てなきゃなんだよ」



 製撃を知らせにやってきたフェンテにも念のため『サーチ』をかけてみたのだ。すると、世にも珍しい「錬金術」の才能があることが分かった。これを受けて、鉄鉱石の採取を行うことが急遽決まった。本来製鉄するにはそれなりの設備や職人の技がなければ成り立たない。

 が、錬金術があればそれらを全て飛び越えて鉄製品を作ることが可能だ。これは村を防衛したいハルト達にとっては渡りに船なスキルだった。



「自生している有用なものを収穫し終えたら、後でまたマリアさんの『ぶっ壊れ性能耕し』でまとめて雑草処理するから」


「ぶっ壊れ性能耕し……」魔術師メロは決闘の時に受けた土拳どけんのボディブローを思い出したのか、顔を歪めた。別にあれは耕した訳ではなくただの土魔法だったのだが、メロのトラウマは根強いようで、『ぶっ壊れ』というワードを聞くだけで具合悪そうにしていた。可哀想、とハルトは哀れみの目を向ける。


「さぁ、狩猟班の皆も、作業開始するよ。蜘蛛がいるかもだから離れすぎないで。もし出たら大声で叫ぶこと」とハルトが叫ぶように伝達すると、みな籠を背負ってバラバラと行動を始めた。



 採取をはじめて少しした頃、



「あ、酒豪しゅごうの実があったよハルトくん」と女装男子キアリがハルトに酒豪の実を見せ、ハルトの背中のかごに入れた。


「お、おう」


「あっ、こっちにもある」とロドリが酒豪の実をハルトに見せ、ハルトの籠に入れた。


「お、おう」


「こっちにもあるぜ領主様」と農民の一人が酒豪の実をハルトに見せ、ハルトの籠に入れる。


「......ぉぅ」


「あ、こんなとこにも——


「——だァァァアア! 何故いちいち僕の籠に入れる?! 嫌がらせか?! 酒豪の実で酔いつぶれた者への嫌がらせなのかァ!?」



 30分もしないうちにハルトの籠は酒豪の実でいっぱいになった。

 襲撃に備えているというのに、笑いが絶えず、皆で収穫を楽しんだ。

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