第46話 ニアミス


 ロドリのパーティ『戦乙女の微笑みヴァルキリースマイル』とフェンテは各々、馬を歩かせて森を進んでいた。

 森の中を馬で駆けるのは危険なため、はやる気持ちを抑えてゆっくりと進む。腐葉土で少し沈むのか、馬も歩きにくそうにしていたため、一層速度は落ちる。



「もう着きますよ。ロドリ」とフェンテが『戦乙女の微笑みヴァルキリースマイル』のリーダー、ロドリに顔を向けた。


「オッケー。でも、ハルルン、ホントにこんな森の中で暮らしてるの? 超不便じゃん。ここトイレちゃんとある?」



 ロドリは都市暮らしが長いため、森の中での生活を想像して顔をしかめた。トイレはあるが、汲み取り式だと答えると、ロドリは「うぇ〜」と眉間にしわをよせた。


『深淵の集い』のA級冒険者マディが紹介した冒険者パーティ、というのが『戦乙女の微笑みヴァルキリースマイル』だった。

 リーダーのロドリは以前、冒険者ギルドでフェンテを相手に強制的恋バナを展開したハルトに恋する乙女冒険者である。


 フェンテはマディと会食をした翌日——つまり今日——の朝に、ロドリたち『戦乙女の微笑みヴァルキリースマイル』と共に都市ヴァルメルを出立した。あれから十数時間、そろそろ村についても良い頃だった。



「あ、ほら。囲いが見えてきましたよ」とフェンテが安堵の息を漏らす。やっと伝えられる。村の襲撃計画をハルトに伝えればフェンテにできることはもう何もない。後はハルトとマリアに任せておけば何とかなる。

 フェンテは肩の荷が下りる気持ちで村に入った。




 ♦︎




「えええええ?! いないんですか?!」

 


 フェンテの叫びは領主の館マナーハウスの客間によく響いた。奴隷たちが何事か、とフエンテを一瞬見やるが、すぐに『自分とは関係ない』と判断して、仕事に戻っていく。



「なんでいないんですかぁ! 領主でしょう!」とフェンテが村長のアンリに詰め寄った。


 アンリはいつも通り感情の読めない顔で答える「なんでも村の救世主になりに行くそうですよ」


「村の救世主が村をほっぽり出してどうすんですか!」かぶり気味にフェンテが吠える。


「私に言われても。戻ってくるまでお待ちになるのであれば、この館をお使いください。村に宿屋がないもので」


「いつ戻ってくるのよ!」フェンテはアンリに八つ当たり気味に強く言うがアンリは肩をすくめていなした。




 フェンテが浮かない顔で領主の館マナーハウスから出ると、ロドリが剣の素振りをしていた。他の戦乙女の微笑みヴァルキリースマイルのメンバーも座って雑談している。

 ちょうど良い、とロドリにアンリとのやり取りを報告すると、「しょうがないねー」とあっさり受け止められた。


「待つことになるんだよ?」一緒に憤慨しよう、と勧誘するかのようにフェンテが言う。


「別に。私らは日が増えてもその分フェンテから報酬もらえるし。それに……少しでも練習しておきたいんだよねぇ」とロドリは剣を止めることなく、答えた。


「練習……………?」



 フェンテが首を傾げていると、村の端の方から「おい、大丈夫か!?」と切羽詰まった声が聞こえた。


 フェンテが顔を向けると、肩を抑えながら足を引きずって村に入ってくる男が見えた。どうやら男は森で負傷したようであり、今、村に戻ってきたようだった。別の村人が男に近寄る。



「スモッグスパイダーだ。東の森に何匹かいた」と負傷した男が青い唇を動かす。


「おい喋るな。噛まれたのか? 横になれ。毒が回るぞ」


 スモッグスパイダーは牙に毒をもつ。即死級の毒ではないが、処置が遅れれば命の危険もある毒だ。


 ロドリは仲間のエルフと目を合わせ、「行って」とだけ告げる。エルフが男の方に歩いて向かった。ロドリも納剣してから、男のもとへ歩いていく。



「解毒魔法使えます。みせてください」とエルフがしゃがんで男の顔、瞳孔、指先と確認していく。それから、噛まれた箇所に手を当てて、一瞬眩い光が放たれた。


「はい完了です。毒はほとんど除去できましたが、まだ多少は体内に残ってますので安静にしていてくださいね」と笑う。


「あ、ありがとうございます」と農民の男が首だけ起こして礼をした。男の目はエルフに釘付けになり、口を半開きにしてエルフをまじまじと見つめていた。その頬は赤い。



(落ちたな、こりゃ)



 フェンテは白けた顔を男に向けるが、男は気が付かない。

 どうして男はエルフのような容姿の整った種族に簡単に騙されるのだろう。呆れと同情がない混ぜに渦巻く。そのエルフ、オスだよ? と暴露したい衝動をフェンテは必死に抑えていた。



「スモッグスパイダーがうじゃうじゃ、って言った?」とロドリがずいッと割り込む。「どこに?」


「うじゃうじゃ、と言えるかは分かりませんが、東の森で10匹くらいはいたと思います」男は答えながらも、ちらちらと視線をエルフにヒットアンドアウェイし——悪く言えば盗み見て——鼻をひくひくさせる。



 東の森ね、とロドリは呟いてから、エルフに声をかける。



「あたし明日ちょっと東の森で特訓してくるわ」


「なら、私たちも行くよ?」と女装エルフが言うが、ロドリは「フェンテっちの護衛しなきゃじゃん。誰かは残らないと」


「でもロドリ、あなた解毒魔法使えないでしょう? 危険よ?」


「ヘーキヘーキ。くらわなきゃ良いんだから」


「でも……」と女装エルフがちらっとフェンテに目をやった。



 はぁ、とため息が漏れる。

 なんで私がロドリの散歩に付き合わなければならないのか、と言葉にしないまでもそのため息に全てが込められていた。



「分かった分かった。私も行けば良いんでしょ」とフェンテが投げやりに言った。

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