第2話 サーチ

 

 チートはない、と言ったがこれは正確ではなかった。


 正しくは『チートはないが、まぁまぁ便利なスキルはあった』である。

 スキルが発覚してから既に3週間が経過し、ハルトもスキル『サーチ』を使いこなし始めていた。



「ねぇ、ハルトくん。君、最近やけに大人びてきてない?」



 依頼受付の朝一あさいちラッシュが終わった平和な午前中、受付カウンター越しにそう尋ねて来たのは、かの有名なS級冒険者『聖剣のマリア』、その人であった。

 光を吸って発光しているかのようなプラチナブロンドの髪は、神の使いだと言われても信じてしまいそうな程、人間離れした魅力をたたえている。

 人間離れしているのはその容姿だけではない。S級冒険者の肩書きは伊達ではなく、マリアならば単騎で龍にも勝てると言われる程の実力者なのだ。



「いや、マリアさん。僕こう見えてもう大人だから」とハルトが気安く答える。前に敬語で話していたら、怒られたのだ。『君にはそんな堅苦しい言葉を使ってほしくない』と。

 とんでもない実力者なのに、ただのいちギルド職員でしかないハルトにいつもフレンドリーに話しかけてきてくれる。今日も今日とて、わざわざギルド受付カウンターに並んでいる冒険者がけるのを待ってから、ハルトのところにやって来たところだった。


「16歳でしょ?」とマリアが言う。暗に「子供じゃん」と言われているように思えてハルトがわざとらしく顔をしかめる。


「男は14でもう結婚できるんですー! というか、マリアさんだってそんなに歳変わらないでしょ」


「いや私22だし。6つも違…………ねぇこの話、やめない?」とマリアは自分から言い出したくせに、何故かセルフで落ち込んでいた。



(天才は変人が多い、と言うがマリアさんがまさにそれだな)



「それより、これ。今回の納品」とマリアがカウンターに太くねじれたつのをゴトッと置いた。その角から、禍々しい粒子が噴き出ている。ように感じる。出来れば直視したくない。


「ブラッディ・ジェネラル・オーガの角だよ」とマリアが言う。



 確かにマリアがリーダーを務めるパーティ『金獅子』はブラッディ・ジェネラル・オーガの討伐依頼を受けて、東方に遠征し、今帰還の報告を受けているところだったが、ハルトにはこれがくだんの魔物の角なのか皆目見当もつかない。


 ならば、とハルトが腕まくりをした。

 3週間前なら鑑定師に回して、確認が取れてから報酬の受け渡しだったが、今のハルトならば、もっと話が早い。



「ちょっと確認させてね」とハルトが角に手をかざした。



 じんわりとかざした手の平に温もりを感じる。そしてその直後、ハルトの頭には様々な情報が、まるで蝶の群が一斉に飛び立つかのように舞い散った。その魔物の名前や生息地、スキルや特性、その個体の記憶の断片。そのどれもがハルトにはおよそ知り得ない情報だ。


 これがハルトが前世の記憶とともに得た能力、ハルトは便宜上『サーチ』と呼んでいる。無双向きではないのでハルトは決して、これを『チート』とは認めないが、なんだかんだ文句を垂れつつ、ハルトはサーチを上手く活用し、わずか2週間たらずで難関資格の『鑑定師』を取得していた。



「うん。間違いなくブラッディ・ジェネラル・オーガの呪角じゅかくだね」


 ハルトは呪角を汚物でも扱うかのように摘んで、麻袋に入れ、「報酬用意するから待っててね」と告げる。


「しかし、すごいね。それだけで鑑定できちゃうの?」とマリアが感心するように何度も頷いた。


「だいたいのことは、これで分かるよ。例えばマリアさん達がオーガの住処すみかを奇襲して、全滅させたこととか」


「えぇ!? そんなことまで?!」とマリアの顔が引きって固まる。



 それから、おそるおそるといった様子で「え、じゃあ闘っている時の私の様子とかも……分かっちゃったりするの……?」と尋ねた。


「いや、そこまでは」



 ハルトが答えると、マリアの表情は一転、満面の笑みに変わった。



「だよね〜流石にそこまではね〜」



マリアの顔に『良かった』と書いてある。いったい何が良かったのか。気になる。気になるが、それ以上踏み込むな、と前世の公務員だった自分が警鐘けいしょうを鳴らしていた。



(そこまで親しい間柄じゃないのに、相手をいじったり、プライベートに踏み込んだりするのは、危険だ。しかも相手はS級冒険者様。逆鱗に触れたら、僕の首が飛ぶのは間違いない)



 S級冒険者というのは、実力だけでなく、とてつもない権力者でもある。今はこの都市ヴァルメルを拠点として活動してくれてはいるが、冒険者は自由民であるため、いつ活動拠点を別の街に変えられてもおかしくなかった。

もしハルトの粗相でそうなったら、ハルトは職を失うことになるのは確実だ。


 ハルトはあまり気にしないように、その疑問を頭の端に追いやって、マリアに笑みを返してから、報酬を準備しに受付手続・換金室に向かった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る