第二話
のっぺらぼうという妖怪は、人の様な外見をしているがその顔には目・鼻・口が無いという。それを見た村の者は、夜な夜な魘されたり、恐れをなして村を出て行ってしまったりしていた。
「月太郎、悪いことは言わん。あそこに行くのは止めておけ」
「そんな事言われても、団子の串がもう無くなりそうなんだよ。看板も作り直さなきゃいかんし、箒も⋯⋯。色々と使うんだよ、竹を」
「そんなもん、どこかで作ってもらえよ。何で団子屋が串やら備品まで作ってんだ」
「この辺にはこの村しか人がおらん。町まで行くのに数日かかるし、それなら自分等で作った方が早いし安上がりだって⋯⋯光子が⋯⋯」
月太郎がそう言うと、六助は呆れたように笑った。
「お前、のっぺらぼうと光子ちゃんのどっちが怖いんだ」
「光子に決まってる」と自信満々に答えた月太郎は、ズンズンと竹林の方へ歩き出した。
「本当に気を付けなよ! 暗くなる前に帰ってこい」
振り向かずに片手を上げて返事をした月太郎は、頭の中で想像上ののっぺらぼうと光子を天秤にかけてみた。鬼の光子が、重過ぎて天秤ごと折ってしまった。
「大丈夫、怖くない。光子に比べれば、のっぺらぼうなんか、怖くない」
腰抜け月太郎が妖怪を恐れない筈はない。だがそれでも、竹を取って串を作らねば団子屋が潰れてしまう。いざとなればのっぺらぼうと戦う覚悟で、月太郎は竹林に足を踏み入れた。
竹林の中程には、小振りな岩がある。月太郎はいつもそこに腰掛けて一息ついてから作業をしていた。その岩を見つけた時、月太郎は顎が外れんばかりの驚きの表情を作った。
着物を着た女性が、岩に座っている。後ろを向いていて、顔がよく見えない。まさか⋯⋯。
「あ、あのう、お嬢さん? こんなところで一体何を⋯⋯?」
女性は月太郎の方へ振り向いた。その顔には、目も鼻も口も無い。正しくのっぺらぼうだった。
「あ、あひぃ!」
言葉になっていない声を上げてしまった月太郎は、無意識に腰の左側を探った。
「刀、刀が無い!」
幕末の京都で幾度となく自分を救ってくれた刀はもう無い。丸腰の月太郎は、腰が抜けて尻餅をついた。
「やめてくれ。助けてくれ。俺はまだこの世に未練がある。団子屋で儲けて、美味いもんをたらふく食べて、愛する鬼の光子と皺くちゃになるまで暮らすんだ⋯⋯!」
のっぺらぼうは月太郎に近付いてくる。そして三歩手前まで来たかと思えば、のっぺらぼうは両手を突き出して手を広げ、振り始めた。
「⋯⋯!!」
よく見ると、のっぺらぼうは身振り手振りで何かを伝えようとしている。何やら、一生懸命に手を降っている。
「何だ、どうした。何なんだ!」
今度は、のっぺらぼうは両手を交差させた。
「何だそれ。罰点のつもりか? 何なんだ⋯⋯」
月太郎はまだ怯えているが、のっぺらぼうの雰囲気から察しがついた。
「脅かしたいわけではない、という事か?」
月太郎がそう言うと、のっぺらぼうは大きく首を縦に振った。何度も振った。
「おお⋯⋯。そうか。お前は何者だ。どうしてここにいるんだ?」
その問いにのっぺらぼうは、首を傾げてみせた。
「お前、一人ぼっちなのか?」
のっぺらぼうはまた、首を縦に振った。今度は、弱々しい動きだった。
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