海に解ける旅。
月待 小夜
プロローグ
今僕は、海を目指して歩き続けている。鞄には4219円と小説と1枚の写真。それだけを持って気の向くままに海岸を目指して歩く。
「海月には痛覚や感情がなく、死ぬと海に溶けて跡形もなく消える」
少し埃臭い図書室は僕の帰る場所だった。いつも通り向かうと、たまたま日が落ち始める時刻に本棚の隙間から差し込む光が一筋、その本の背表紙を照らしていた。何となく手に取ったその本は埃を被っていて日に焼け色褪せている。長い間誰の手にも取られていなかったようだった。微塵の親近感を覚え表紙を撫でると、淡く、でも確かに触れた跡が残った。
開いてみると聞いたことのない作家の名前と「海月」というタイトル。興味を惹かれたのは先程の微塵の親近感故なのか、単なる直感なのかはわからないが、読む気になった。
内容は簡単に説明すると、とある少女が海月になる為に海へ向かいそのまま海月になる、という内容だった。その中に少女が海月になりたい理由と共に何気なく書かれた海月の生態に目が止まった。
僕という人間は、色のない世界で味のない日常を食い潰すような生活をしていた。何年もずっとずっと、そんな生き方をしてきた。
輝かしい才能もなければ艷やかな容姿もしていない。挙句最低限の人間関係すら持てない程の臆病者である僕は、僕自身を嫌悪していた。
この物語を読んだ率直な感想は「羨ましい」だった。
どんな形であれ主人公になれる少女に、嫌悪を晴らしに行動できる勇敢な少女に、純粋な羨ましさを感じたのだ。僕にはない、欲しくても手に入らなかったある種の才能の様にも見えた。何一つ持っていない僕にしてみれば、どんな形でもどんな境遇でもこの本の様に埃を被ろうとも、スポットライトを浴びている事が羨ましかった。
小説の世界はどんな事も許される。何故なら作者がルールだから。
この世界はそんなに自由ではない。明確なルールや規則があり、小さくて狭い社会の箱庭で正しく生きる事が人として人権を保つ方法である。なんの才も美も花もない僕は、せめて人を保つ事しか出来ないと思っていた。だから用意された型にハマり続ける。それが、何一つも持ち合わせない僕の生きる方法だったから。
型にハマる事しか出来ない僕が、そんな風に生きる事以外が出来ない臆病な僕が今日初めて
───その型をはみ出た行動に出た───
海に解ける旅。 月待 小夜 @tukimathi
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