チュートリアルにこそ死にゲーの絶望がある
『最早、遠い記憶になってしまった。
このガレルランドが神々の望む地と呼ばれたことなど。
緑萌ゆる地、生命の絶頂、星々の天蓋、地を満たす祝福、黄金の時代。
腐っちまったんだ、儂らは。
降り注ぐ祝福を貪り、肥え太った醜い様を神々がお許しになるもんかね。
全て、失った。
人は、儂らは既に終わっちまったんだよ。
あぁ、だけどお前さんは行くのかい。
神々が残した最後の光。
眉唾な空の玉座を目指して。
虚しいことさ。
だけどそうさな、そうするしかない奴もいるんだろう。
精々祈っておくさ。
あんたがこれから築き上げる無数の屍が、せめて意味あるものであることを』
ゆっくりと揺れる視界がぼやけた像を結んでは解いていた。
自分は寝ているのだろうな、という感覚がフワフワとした意識の中で妙にハッキリとしている。
途切れ途切れの意識の中で、黒々とした重苦しい水を小さな小舟が掻き分けていく。
水面には波がなく、ただ船が動いた痕だけが揺れを作っていた。
(なんか、この景色…見たことある気がする)
ぼんやりとそう考えた時、皺枯れた、しかしどこか威厳のようなものを感じさせる声がすぐ隣から聞こえて来た。
(ガレルランド…この台詞、オブリビアント・ガレルランドのオープニングか)
(そうだこの景色、これもオープニングのムービーだ)
(揺れる小舟に乗って微睡む主人公が物語の舞台となる【果ての台地】へと渡っているんだよな)
オブリビアントシリーズはその物語をあまり丁寧に描写しすぎないように意図されたゲームだった。
物語の根幹となる要素だけを説明し、後はNPCとの会話やアイテムのフレーバーテキストからプレイヤー自身が拾った情報とその解釈によって物語を補完することを推奨されていた。
その為、恐らくは製作者にとっては明確な理由がある描写も、プレイしている側からしたらよく意味を汲み取れないシーンも数多くあった。
その最たるものの一つがこのオープニングだった。
主人公はキャラクリの段階で様々な出自を選べる。
例えば貴族の出自を持つキャラも野盗の出自を持つキャラも一様に何故【果ての台地】に向かったのか、大地に向かう前にいた場所はどこなのか、そしてこの船でオープニングの語りを行っている老人は何者なのか。
その全てが謎なのだ。
(寝る前にあんな掲示板見てたから、ガレルランドの夢を見てるのか?でもそれにしては…)
肌にあたる水気のある空気、僅かに揺れる視界。
夢見心地ではあるが、何処か異様なまでのリアルさがある様な。
「じゃあな、お若いの。儂はここまでだ。…アンタはなれるかねぇ、王って奴に」
突然、掛けられた声がはっきりと鼓膜を叩いた。
ハッとして、思わず手に持っていた何かを取り落とした。
-ガランッ、カラン!-
「うわっ!?」
落とした何かが足元を叩く音に意識が覚醒する。
いつの間にか岸辺に掛かった桟橋の穂先に立っていた。
慌てて振り返ると襤褸を着た人物が漕ぐ船が暗い水を掻き分けて離れて行くのが見えた。
呆然とその光景を見ていると足先に固い何かが当たる感触があり、視線を向けると妙なものがそこにあった。
「何だこれ…棍棒?」
そうとしか表現できない。
手元はやや細く、先に向かう毎に膨らんでいる木製の棒。
つまりはちょっと原始的な棍棒である。
拾い上げて、気付いたのはこれはさっき自分の手から滑り落ちたものだと言うことだ。
「え、いやどういう状況?…ってか、寒!!えっ?何で俺こんなもの着てんだ?」
そこで自分がほとんど全裸であることに気付いた。
上半身はモロ出しで、下半身にはギリギリ局部が隠れる程度のボロ布を巻きつけているのみで、靴すら履いていない。
「え、何これ。というか妙に体がスマートと言うか、筋肉質じゃね?」
ぺたぺたとむき出しの体を触るがもはや違和感しかなかった。
自分は太っているわけではないが平均的な身体つきをしており、お腹周りなんかはちょっとぷにぷにしているのだが、今自分の体は脂肪が薄く薄らと腹筋が割れている。
混乱が加速していくが、それに比例して焦りからかぼんやりとした思考は吹き飛び意識はくっきりとしている。
その時フラッシュバックするように記憶に引っ掛かりがあった。
『-参加してくれるなら嬉しいわ。注目しとくから頑張ってや-』
それはほんのお巫山戯みたいなものだったはずだ。
そんな訳ない、そんな事が現実に起こるはずがない。
そう言い訳するように考えながら、恐る恐る桟橋から身を乗り出し真っ黒な液晶じみた水面を覗き込んだ。
「…おいおい、そんな馬鹿な」
そこに写っていたのは紛れもなく自分がクリエイトしたキャラクターの端正な顔だった。
「マジなのか、これ?え、本当にこんな事あんの?異世界転生って奴なのか?」
数分後、俺は未だ覚めやらぬ混乱の中取り敢えず動こうとしていた。
周囲を見渡せば、成程先ほどまでは気付かなかったがその光景には見覚えがある。
ここはオブリビアント・ガレルランドでプレイヤーが最初に降り立つ場所、チュートリアルステージである【果ての台地の関門】である事が分かる。
島の入り口であるここは断崖に通じる細い入江だ。
背後には黒々とした海があり、緩やかに登る一本道が眼前に見える巨大な門を携えた城壁のような高い壁に通じているのだ。
一本道は崖の谷間になっておりその高い崖はとてもでは無いが人間が登れるものでは無い。
「どうすんだよ…これ。マジで、ガレルランドじゃん。え!?マジで?マジのガチでこの地獄で戦わなきゃなんないの?」
ぶつぶつと現実を否定する言葉を口にしながら、谷間を頼りない棍棒を両手で握りしめ恐々と歩く。
ゲームでは感じることのない肌を舐めるような湿気を孕んだ風が緩く動くたびに寒気を感じる。
ああ、もう直ぐいるはずだ。
ゲームではここはチュートリアル。
雑魚とすら呼べない緩慢な動きでこちらを襲ってくる敵『欠けた者共』の一匹が。
それはコントローラーを握り画面を挟んで見るには余りにも緩慢で、敢えて受けてみようとも思わなければ当たりもしない攻撃をしてくる相手だ。
操作確認のためだけに存在する敵だから二、三回攻撃したら倒れ、少しの時間の後霧となって消えるはずの相手。
「流石にあいつらなら俺でもいけるか?」
取り敢えず、やれる事は進むことだけだ。
そして来た。
そこから少し進んだ先に見えたのは幅が広がった空間。
腰ほどまで積まれた石が散見される広場のような道の先ににそれは居た。
黒いぼろぼろの布を頭から被り、ふらふらと、或いはゆらゆらと体を燻らせながら直立するそれは人の形をしている。
しかしぼんやりとした月明かりに照らされるその顔は肉がなく骨に皺枯れた皮膚が張り付いた骸骨のような相貌をしていた。
乾いた土のような皮膚はひび割れていて、右手には錆びた片手剣をダラリと下げている。
そしてその名の表す通り、そいつは全身至る所が虫食いの様に欠けていた。
まさにゲームで見たままの姿。
欠けた者共はチュートリアルを含むゲーム序盤のエリアに多く見られる雑魚敵で、元はこのガレルランドの一般市民である。
神々がこの世界から去り地上から祝福が遠のいた事で世界中で祝福の奪い合いが起きた。
即ち他者を殺してその祝福を強奪するのである。
そうして果てない殺し合いと略奪を繰り返して死と生の連環に魂が壊れ理性と思考を失い微かな祝福を身に残すだけとなった化け物、それが欠けた者共だ。
「うっ…、やばい。震えてきた。剣なんて初めて見た」
両手に握る棍棒がなんとも頼りない。
そして奴が動き出す。
来た!
人が歩く速度とそう変わらない、ゆったりとした動きでしかとその落ち窪んだ目でこちらを見据えて歩いてくる。
「はぁ、はぁ、よし!来いよッ!!くるなら来やが…ヴッ!???」
ドン!
ぶるぶると震えて気炎を吐いていたところで何かが背後からぶつかってきた。
想定外の方向から想定外の衝撃に頭がショートする。
だが、それよりも。
そんなことよりもこれはなんだ?
な ぜ お れ の は ら か ら こ ん な も の が つ き で て い る ?
ぬらぬらと真っ赤な液体に濡れた大ぶりのナイフ。
或いはそれは、この世界では短剣と呼称されるもの。
訳がわからず首だけで後ろを振り返る。
そこにはもう一体の欠けた者共の顔が至近距離にあった。
ありえない。
こんなところにこんな敵はいない。
ゲームでは、ゲームの中ではここは操作確認のためで、
操作確認だから、
だから、こんな騙し討ちみたいなことは、周囲のオブジェクトでしかない石の影に隠れてるなんてことは。
ソイツが後ろから刺してくるなんて…ッ!!
「がああああああーーーー!!ぅあうあいだぃあーー!!」
思考が走るよりも痛みが襲う。
短剣が突き刺さった腹が焼け付くように熱い。
絶叫が絶え間なく口から溢れ出していた。
混乱が、溢れる涙が、焼けるような痛みが思考を焼き尽くす。
グリっと、腹に突き入れられた短剣が捻りを入れられる。
張り裂けるような叫びが喉を飛び出す。
押し広げられた傷口から血が吹き出す。
−痛い痛いイタイいたい、いたいいたいいたいいたいいたいあついあついあづいあづいーーー!!!−
ざぐり。
今度は正面から、胸のど真ん中に鋭い痛みが走った。
正面から来ていた欠けた者共の一匹が高々と掲げたその錆びた片手剣を俺の胸に突き刺していた。
もはや声が出ない。
心臓が貫かれているのを感じる。
口からごぽりと血が零れ落ちる。
突き刺した剣から手を離した正面の欠けた者が俺の喉に齧り付いた。
ぶちぶちという肉を引きちぎる音が内からも外からも鳴り響くのを何処か遠くに感じながら、俺の視界は真っ暗に染まっていった。
〜THE END〜
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