第十四話 アフタービートを考える

「音楽を聴くとき、小節頭や歌頭を取らずに、アフタービートだけを取ってみましょう。出来るようになったら、自分の歌で試してみましょう。この時カウント1拍目は、絶対に取らないこと。頭をそろえると、アクセントが出来なくなってしまいます」


「音符を優先してはいけません。必ず歌詞を音符に優先するようにしましょう。歌詞には本来独自のリズムがあります。歌詞が活きるように、メロディも付けてあります。これを無視してメロディ重視にするのは、音楽を生半可にしか知らない、という事になります」


「もし歌いながらアフタービートをやるのが、やりにくかったら、歌は頭の中で歌って、アフタービートを手で取るなどしてみると良いでしょう。アフタービートは2拍4拍のみならず、3拍目や、それらの裏で取っても良いでしょう。繰り返しやっていると、その内にリズムが見えてくるでしょう」


「体を揺すってみると、リズムを裏で取ろうとしていることが分かります。本来の自然な感覚なのでしょう。タイミングは一定ではありませんが、心臓で言えば「ドックン」の最初の「ドッ」ではなく「ク」の部分を感じる事が大事です。電話で言えば、呼び出し音の鳴っている部分でなく、サイレンスの部分でしょうか?電車なら「ゴットン」の「トン」、水車なら「コットン」の「トン」の部分を感じるのがコツでしょう」


「この時はね、表の拍はテヌートで突っ込んで引っ張り、裏拍はスタッカートで短く歌いましょう。これを『ジャズのイディオム』と言います。スタッカートの後の余韻の長さも、端折らずに感じましょう」


 日中のジャマイカは、曇りなのに眩しい。白い雲と真っ白い砂浜に日の光が反射して、どこもかしこもきらきらして見える。ビーチから岩場に行く道すがらに、集落があって、そこでみやげ物を売っている。近寄ると売り子が集まってきて、あっという間に囲まれる。緑と赤と黄色の原色が、この光の下では美しい。真っ黒な顔の中から覗かせる、真っ白な歯もやっぱり眩しい。


 集落を抜けてしばらく行くと、カフェがあって、警備員が立っている。どうも地元の人が誰でも、入れるわけではなさそうだ。そういえばホテルのビーチでも、地元民の立ち入り禁止区域があって、波打ち際から手招きをする。何だろうと思って行くと、必ずジュースや果物などの物売りだ。波打ち際の通行は大丈夫だが、ホテルの敷地には入ってはいけないらしい。保護された自然の中に来たようで、世界の貧富の差を感じる。


 カフェから岩場に降りて行くと、そこには波で穿たれた洞窟があって、くぐり抜けるとカリブの海だった。青い目をした、ドイツ人らしき女の子たちが、水着なしで真っ裸で集まっていて、人の気配を感じると、次々に海に飛び込んでいった。まるで、アンデルセンの人魚か何かみたいだ。


 岩場から見る海はエメラルドグリーンで、シュノーケルを付けて水中眼鏡で海を覗き込むと、魚というよりは、鳥になって空を飛んでいる気分だ。ここは珊瑚礁の中なので、波が静かだ。このゆったりとしたチャポン、チャポンという波の音が、どうもレゲェの、アフタービートのカッティングに聞こえる。



 ジャマイカやアメリカ南部一帯には独特の楽器がある。洗濯板のパーカッションやバケツベースがそれだ。バケツベースはバケツをひっくり返して穴を開け、糸を通して、棒を立てた先に糸を張ったものだ。ジャグバンドで使われる。

 ネグリルの浜辺で、ホテルの敷地には入れないので波打ち際で、お父さんがバケツベース、お兄ちゃんがコルネット(トランペットのようなやつ)でリズムを刻み、弟がバケツの上をブラシで叩きながら、歌を歌うそんな親子がいた。ジャマイカではこれは立派なビジネスで(彼らはそういう)、生活の糧なのだろう。

 小さい子は幼いマイケル・ジャクソンを思い出させた。歌は“No Woman No Cry”、でもマイルスには“No Jamaican No Cry”とも聞こえるようだった。

 沈み行く夕日を背にして、3人の影が砂浜に長く伸びて、何とも言えない哀愁を感じた。

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