第37話 その後の2人

 ハーネット令嬢の父親が捕縛され、ハーネット令嬢はもっとも明るい刑務所と呼ばれる、他国の修道院に送られることとなった。


 そして、アイシラ・イェールランド公爵令嬢、ルルーシェ・スヴェンソン侯爵令嬢、ケリーニャ・アウグスタント侯爵令嬢、マリアンヌ・アインズゴーン侯爵令嬢たちは、全員本人たちの希望通り婚約破棄となった。


 アイシラ・イェールランド公爵令嬢は、かねてから文通していた、他国の王子と婚約することとなった。結婚式には私たちを全員招待してくれるとのことで今から楽しみだ。


 それにより廃嫡され、王太子ではなくなるどころか1代貴族の臣下になってしまったトリスタンさまが、アイシラ嬢にしつこくつきまとっていたけれど、王妃さまに成敗されていた。しばらくは他国で鍛え直すそうだ。


 ルルーシェ・スヴェンソン侯爵令嬢は、読書クラブで親しくなった伯爵令息を婿養子に迎え入れて、家を継ぐことになった。


 もともと将来の宰相候補の1人とされており、家柄だけで実力不足だった、元婚約者の抜けた穴を塞いでくれそうだ。


 ケリーニャ・アウグスタント侯爵令嬢は、卒業後は騎士団に入ることになった。元婚約者宅で知り合ってから、ずっと慕っていた副団長に、先日プロポーズされたとのこと。


 スペルミシア学園を退学させられ、父親である騎士団長に騎士団でしごきまくられているという元婚約者は、副団長に差し入れにくるケリーニャ嬢を見て、大泣きしながら非難した為、訓練が追加されたとか。


 マリアンヌ・アインズゴーン侯爵令嬢は、なんと幼馴染の従者と国外に駆け落ちしてしまった。一度してみたかったのですわ、という手紙が私たち全員に届いていた。大胆!


 元婚約者さまは、公爵令息にも関わらず、新しい婚約者が決まらない為、遠縁から遠からず後継者を迎える運びとかなんとか。


 ルイ・ランベール侯爵令息はそのまま婚約者と結婚するのだそうだ。もともと堅物で有名だったランベール侯爵令息がおかしくなったのは、ハーネット令嬢のせいだからね。


 婚約者の方は、健気にもずっとランベール侯爵令息のことを信じて待っていたのだそうだ。ハーネット令嬢を諌めることもしなかった彼女に、すっかり感動してしまったランベール侯爵令息は、今では甘々に婚約者を甘やかしているのだとか。人って変わるものね。


 そして、私たちはと言うと。

「はあ〜……。やっと食べられるよ。」

 嬉しそうに私の手作りクッキーを頬張るアドリアン王子──いや、アドリアン王太子。


「そんなにがっつかなくても、まだたくさんありますよ?また作りますし……。」

 美味しい、美味しい、と嬉しそうに食べるアドリアン王太子に恥ずかしくなってくる。


「私は彼女に操られながらも、意識ははっきりとあったからね。地面に散らばったクッキーを、私がどれだけ拾いたかったかわかるかい?この世で1番食べたかったものだよ。」


 そんなに喜んでくれると、また作りたいなって思えてくる。それにしても、アドリアン王太子は輪郭がシュッとして、頬にお肉があんまりないから、食べる時だけリスになる。


 ちょっと食べ物を口に含んだだけでも、ぷくっとほっぺが膨らむのが、正直だいぶ可愛いんだよね。ふふ。長いソファーに並んで座って横顔を眺めつつ、思わず笑ってしまう。


「なにを笑っているんだい?」

「なんでもありません。」

「ふうん?君は食べないの?

 美味しいよ、ほら、あーん。」


 いつかのように、クッキーを差し出してくるアドリアン王太子。

「じっ、自分で食べられますよ!」


「そう?なら、私に食べさせてくれよ。

 ほら。」

 そう言って、ヒナのように口をあける。


「も、もうイチャイチャする必要はないんじゃないんですか?」

「アデルはまだ、能力が安定していないんだろう?なら必要じゃないか。」


 そう。あの日完全開花したと思っていた私の力は、あれ以降また不安定になってしまったのだ。これでは星読みの聖女として、他国の聖女たちと肩を並べることが出来ない。


「君の体が、イチャイチャが足りてないって反発しているんじゃないか?そういうことなら、夫として協力しないとね。」

「な、なにを……!?」


 突然私を軽く抱き上げたアドリアン王太子が、私を自分の膝に乗せて、左手で妖しく腰を撫でさすってくる。


「兄上に触られたのは、ここ?」

「ちょ、ちょっと……、駄目……!」

 トリスタン王子の時は気持ち悪かっただけだけど、なんか……変な気分になっちゃう!


「あの時は本当に、血液が沸騰して、脳みそが頭から出て来るんじゃないかと思ったよ。

 おかげで一瞬だけでも、彼女の支配から逃れられたのは良かったけれどね。あのまま兄上がアデルに触れていたらと思うと……。」


「助けに来てくれて、私も嬉しかったです。

 王妃さまがおっしゃってました。魅了の支配から逃れるには、強い意思が必要なんだって。強い気持ちで、私のことを思っていてくださったんだなってわかったから……。」


 私は恥ずかしくなって目線を落とした。

「ああそうだね、君に届かないとわかっていても、心でずっと呼んでいたよ。そんな私にいつになったらご褒美をくれるのかな?」


「ご褒美?」

「彼女の呪縛から逃れようと、戦ったご褒美だよ。くれないのかい?」


 甘い目線で私を見つめてくるアドリアン王太子に、ドキドキしながら尋ねる。

「クッキーをお持ちしましたけど……、なにだったら嬉しいですか?」


「……私が兄上と同じことをしても、アデルが逃げないってこと、かな。」

 トリスタン王子と同じこと?

 あ、この体勢って、あの時の……。


 てことは……。

 アドリアンが、じっと私を見つめてくる。

 後頭部をグッと掴まれて、ゆっくり顔が近付いても、私は唇を隠したりはしなかった。


 唇が触れた瞬間、私の体がパアッと光る。

「予知……、見えちゃったんですけど。」

 しかもなんでこんなとんでもないものを?


 マイルス公国の側妃殺害未遂事件、しかも犯人として疑われるのが、留学中のアドリアンの弟である第3王子ってどういうこと!? 

 私はタラリと汗を流す。


 アドリアンはニヤリと笑うと、

「さあ、今見た予知の話をしようか。」

 と言った。


END


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