第7話 選ばれし恋人たち
「神聖国に聖女はいない。あくまでも聖女が全員集まって式典をおこなうのみだ。」
「なるほど。」
それなら集まっていることに違いはない。
「わあ……!」
聖教会支部は、観光に来る人たちもいる地域なので、それ目当ての出店やら、観光客がたくさん集まっていてきらびやかだ。
王都とはまた違った華やかさがある。なんていうか、常に毎日がお祭りかのような、そんな楽しい雰囲気がそこにはあった。
大道芸人がいるわ!お芝居をやってる!
なにあれ!凄い!もっと近くで見たい!
ああ〜。あれ美味しそう〜。
だけど馬車はその横を素通りして行く。
後ろ髪をひかれる思いで、馬車の窓にオデコをつけてそれを見ていると、アドリアン王子が、そんな私を見てクックックと笑う。
「帰りに今日のお礼に立ち寄ってやろう。
出店で買い物もしてやろう。
どうだ。嬉しいか?」
「はい!」
そう言った瞬間、口にたまっていたヨダレが一瞬つっと口の端を伝ってこぼれおちる。
はっ!!
気付いた時には既に遅かった。
色気より食い気の娘だと思われたかしら。
笑いを噛み殺しているアドリアン王子にそっぽを向いて、ハンカチでヨダレをぬぐう。
聖教会支部は、荘厳な建物だった。
1階しかないのに背が高くて、窓にはきらびやかで美しい、色とりどりのガラスがはめられて、それが1枚の絵になっている。
神さまたちや、お告げを受けている祭司さまなどを模しているのだという。
私は憧れの聖教会支部に来られて、こっそりドキドキ、ワクワクしていた。
それはここにある特別な水晶が理由だ。
ここで結婚式をあげるのは本来貴族だけだけど、まれに平民もおこなうことがある。
教会に置いてある水晶に恋人とともに手をかざして、その水晶が光った場合、神さまに選ばれし祝福された存在として、結婚式をあげることが許されるというものだ。
だから教会で祈りを捧げる人たちの他に、常に若い恋人たちが、水晶に手をかざしに来る、有名なデートスポットでもあるのだ。
もちろん我が家は仮にも貴族なので、ここで結婚式をあげる権利はあるのだけれど、神さまに選ばれて祝福される恋人たち、なんていうエピソードに憧れないわけはない。
貧乏貴族として結婚式をあげるより、選ばれし恋人たちとして結婚式をあげるほうが、女の子として憧れる夢というものだ。
聖教会支部の教会の中に入ると、若い祭司が本日のご用向きは?とアドリアン王子にたずねている。
アドリアン王子が、魔力判定をお願いしたい、と若い祭司に告げると、少々お待ち下さい、とお辞儀して、祭司が去って行く。
その間に、若いカップルたちが交代で、祭壇の前の水晶に、つなぎ合わせた手をかざしているのを、遠目にじっと見つめていた。
当然というか、なんの反応も示さない水晶だけど、それでもカップルたちは幸せそうにしている。……いいなあ。いつか私も。
素敵な恋人を作って必ず来たい!
思わずそれが口に出ていたらしい。
羨ましそうにカップルを眺めていた私に、
「なんだ、やってみたいのか?」
とアドリアン王子がこちらを見てくる。
「え!?あ、はい、まあ、いつかは。
水晶が光ると記念品が貰えるらしくて。」
「──?別に今やってもいいだろう。
やってみたらどうだ?」
「アレはそういうものじゃないんです。
ああいう風に、相手と一緒におこなわないと、意味のないもので──。」
「ああ、相性占いみたいなものか。
なら私が一緒にやってやろう。来い。」
「え?い、いいですよ、それにアドリアン王子とやっても無意味で……。」
「どうせ待っている間暇なのだ。
時間つぶしの余興としてはちょうどいい。
ほら。」
アドリアン王子が手を差し出してくる。
トリスタン王太子殿下は俺さまだと言われているけれど、なかなかどうしてアドリアン王子も強引な人よね。
こうなるともう、私の意見なんて、あってないようなもの。王子さまの時間つぶしに付き合う以外の選択肢は存在しないのだった。
私はしぶしぶアドリアン王子の差し出した手に手を乗せて、エスコートされる形で水晶の列に近付いて行った。
ちょうど私たちの前のカップルで、人の列が途切れたようだ。
「どうすればいいんだ?」
アドリアン王子が祭司にたずねる。
「手をつないだまま、反対側の手を水晶にかざしてください。光った場合、あなた方は神に祝福された存在ということです。」
「ふむ。なら手はこのままでよいな。
さあ、君も手をかざしたまえ。」
「はあ……。本来これは、恋人同士でやるものなんですよ、私たちがしたって……。」
なんで恋人でもないアドリアン王子と、こんなことをしなくちゃならないのか。
私の将来の恋人と、ここに来る夢が……。
本来恋人たちの為の神聖なイベントに、私たちが参加することが自体が間違っているのだけれど、アドリアン王子が暇つぶしにやりたいと言ってきたことに意見など不可能。
王子の気まぐれで乙女の夢をひとつ潰したという事実に、彼は気がついていないんだろうな。私はため息をつきつつ、アドリアン王子と手をつないだまま水晶に手をかざした。
「!!──こ、これは!!」
「見て!水晶が光ってるわ!」
「運命の恋人たちが現れたぞ!」
「え?え?ちょ!?」
水晶に手をかざした途端、強烈な光で目を開けていられないくらいに光りだす水晶。
嘘でしょ!?
恋人同士じゃなくても光るものなの!?
────────────────────
少しでも面白いと思ったら、エピソードごとのイイネ、または応援を押していただけたら幸いです。
ランキングには反映しませんが、作者のモチベーションが上がります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます