夢見る乙女の救世記~落ちこぼれ聖女のわたしが美味しく世界を救っちゃいます?~

タンボサン

第1話「旅立ち」

魔法と奇跡により統治される世界、フェリシタシオン。

大陸北部にはビジュー王国、トネール魔法王国、シャリテ竜王国の三王国、大陸南部の半島にはH&S合衆帝国という国々があり、人々はそれぞれに繁栄していた。


フェリシタシオンは古より魔法を基礎とした文明を築いてきたが、H&S合衆帝国の領土である土地は1,000年前の昔に突如、魔法も奇跡も発動しない不毛の土地となり、アンフェールと呼ばれた。


しかし人々は開拓を進め、魔法の代わりに技術を磨き科学にまで高めていった。

蒸気機関の発明により鉄道が開発されたことでその独自の文明はさらに加速し、産業革命を引き起こした。

化繊や鋼鉄、保存食など合衆帝国が大量生産により生み出す新しい産物は三王国との通商を活発化させ、合衆帝国は魔法がないハンデを産業革命で補うことで大いに発展した。


三王国の一つであり、魔法至上主義を標榜するトネール魔法王国は、魔法を軽視し科学に傾倒する合衆帝国に明確に反発した。

一部の過激派は魔法ギルドを名乗り、合衆帝国に対してテロ活動まで行うようになっていた。


奇しくも、新しく合衆帝国からビジュー王国に敷かれた鉄道路線「第8番急行線」が開業し、両国の商人達はそれまで以上にこぞって鉄道貿易に勤しんでいた。

魔法ギルドはそれに目をつけ、ビジュー王国首都ディアマン発、H&S合衆帝国首都ワシントン行きの蒸気機関車を襲撃した。

アンフェールでは一切の魔法行使ができないため、襲撃はビジューと合衆帝国の国境線間際で行われた。

襲撃者の中には有名な魔法使い「雷撃」がおり、その異名に相応しい巨大な雷魔法は鋼鉄製の機関車を砂糖菓子のように粉砕し、多くの乗客の命を奪った。


その犠牲者の中に、若い商人の夫婦がいた。

彼らはビジューでも名の知れた商会の跡取り夫婦であり、一人娘を連れて合衆帝国へ商用に訪れようとしていたところを不運にも襲撃された。

「雷撃」の雷魔法の威力は凄まじく、100人を超える乗客の中で生き残ったのはこの夫婦の娘だけだった。


稲妻が轟音とともに直撃する瞬間、その少女の母親が身につけていた列聖派の聖女のペンダントが奇跡的にも避雷針のように働き、彼女の娘を雷の直撃から守ったのである。

少女は地獄絵図と化した機関車の外に出て、魔法行使によって生み出された曇天に走る雷光と、降り出した大粒の雨に打たれながら意識を失った。


目が覚めると少女は暖かなベッドにいた。

その燃えるような赤い髪を優しく撫でる柔らかな手の感触。

それに刺激されて、少女の鮮やかなエメラルドの瞳がゆっくりと開かれた。


少女が意識を取り戻した様子を見て、傍らに腰掛けていた品の良いおばあさんは、おじいさんを呼んだ。

二人は夫婦のようだった。

この老夫婦はビジューとの国境沿いにある合衆帝国の小さな村に住んでいた。

雷鳴と共に大きな鉄道事故があると聞いて様子を見に行ったところ、倒れている少女を見つけてここまで運んできたのだという。

しかし、当の少女はその話を聞いてもまるで他人事の様に感じていた。

自分の名前、レヴリーという名前以外の記憶を失っていたのである。


レヴリーはひどく怯えており、家から出そうとしても泣いて言うことを聞かなかった。

仕方なく老夫婦はレヴリーが落ち着くまで家で引き取ることにした。


先の鉄道襲撃事件はトネールの魔法至上主義の過激派である魔法ギルドによるものとされ、合衆帝国とビジューの双方が捜査に乗り出していた。

しかし、国境付近で起きたこともあり、合衆帝国とビジューはいらぬ紛争が起きないようにとお互いに緘口令を敷いた。


そうした中でこの幼い娘が唯一の生存者としてのこのこと現れれば、いかに幼子といえども要らぬ疑いをかけられぬとも限らない。

万が一にもレヴリーがこの惨事を引き起こした魔法を使ったのではないかと嫌疑をかけられる可能性がある以上、老夫婦はおいそれとこの娘を放り出すことはできなかった。


それほどまでに合衆帝国で魔法は忌み嫌われており、初代H&S合衆帝国皇帝ワシントンⅠ世の唱えた「純粋魔法批判」と呼ばれる反魔法主義は合衆帝国の根強いドグマだった。


子供のいなかった老夫婦はレヴリーをとても可愛がり、実の子や孫のように育てた。

はじめの1年は部屋から出ることもままならなかったが、おばあさんの明るい人柄はレヴリーを徐々に元気づけ、おじいさんの少し風変わりな振る舞いはレヴリーに笑顔を与えるようになっていった。


やがて3年の月日が経つと、レヴリーはおおよそ14歳くらいに成長していた。

相変わらず記憶は元に戻らなかったが、おばあさんに似てよく笑う、明るく活発な少女に育っていた。


おばあさんは元々、大陸の北部にある竜族とヒト族が共存する国、シャリテ竜王国の出身だった。

シャリテの支配階級である竜族は大変な美食家であり、シャリテ料理はこの世界で一番美味しい料理として知られていた。

おばあさんも類に漏れず料理が得意であり、特にその秘伝のブイヨンはえも言われぬ美味しさで、家のあらゆる料理に使われていた。

レヴリーは、ただおばあさん秘伝のブイヨンを舐めるだけでも良いというくらいに大好きだった。

自然とレヴリーはおばあさんに料理を教わるようになり、いつしか料理当番はレヴリーの仕事になっていた。


おばあさんは料理の達人というだけでなく武術の達人でもあった。

シャリテ流闘殺法の免許皆伝でありレヴリーによく、乙女の道は獣道。常在戦場、迷わず行けよ。行けばわかるさ、と日々稽古をつけていた。


お爺さんは何の仕事をしているのか分からない人だった。

自分は魔法使いなのだと、古ぼけた杖を懐かしげに眺めては目を細めていたが、よく分からない装置のある納屋で日がな一日よく分からない研究をしているようだった。


けれど、村の人々はおじいさんをよく慕っていて、先生と呼んで色々なことを相談しに来るのだった。

実際、おじいさんはあらゆることに精通していた。

医術や算術、錬金術に交渉術まで、物知りなおじいさんは何かとみんなの頼りにされていた。


沢山の分厚い本に囲まれた部屋で、ロッキングチェアに揺られながらおじいさんはレヴリーによく勉強を教えた。

それは基礎的な算術や語学が中心だったが、このアンフェールでは使えない魔法のことも、いつかきっとこの知識が君を助ける日が来るよ、とレヴリーに教えこんでいた。


レヴリーは今ではすっかり村に馴染み、溶け込んでいた。

金物屋の娘ジェーンとは親友で、よくいっしょに近くの川へ水汲みに通っていた。

ベーカリーの息子ジョッシュはわんぱくで、よくいっしょに駆けっこをしていた。


友達はたくさんいたが、一番レヴリーが寄り付いていたのは村でただ一つの食堂、「ヒルバレーダイナー」だった。

そこは気の良い店主の親父さんと、その姪のウェイトレスのお姉さんの二人で切り盛りする、大きくはないが小綺麗な食堂だった。

ハムチーズオムレツが絶品で、子供たちは少ない小遣いを握りしめて、大人たちは明日の生活の活力のため、このオムレツを目当てにダイナーへとやってくるのだった。


料理好きのレヴリーはいつしか、ダイナーの助手として厨房に入るようになっていた。


レヴリーはおばあさん直伝のシャリテ料理を取り入れたメニューを勝手に作り、勝手にお客に振る舞っていたが、親父さんは何も言わず容認してくれていた。

レヴリーの料理の腕を親父さん自身がよく知っていたからだ。


中でもシャリテ特有の、豆を発酵させて作った調味料を使ったソースは好評で、名物のハムチーズオムレツや他の料理とも良くマッチした。

ダイナーを訪れる人たちは物珍しいシャリテ料理のエッセンスに驚きながらも、そのえも言われぬ甘香ばしい香りに舌鼓を打っていた。

そんな日常の中で、将来は料理人にでもなろうかしら、とレヴリーが思っていた矢先、ダイナーの常連客である商人の男がこんな話をしているのを耳にした。


ビジューにはない合衆帝国の特産品を「第8番急行線」で運ぶキャラバンが結成されて、その荷造りに忙しいのだ、と。


合衆帝国はビジュー、トネール、シャリテからなる三王国の南方にある半島をその領土としており、温暖な気候と海に囲まれた立地から農産物と海産物に恵まれた土地のため、これらを主力の商材として三王国に輸出していた。

また、アンフェールでは魔法が行使できないことから科学技術が発展し、化学繊維や電球、統一規格のボルトとナットなどの新しい発明品が「持っていけば確実に高く売れる」新たな主力商材として取引されていた。


こうした新しい商材はこれまでの農産品と違いコンパクトでかさばらず、また、高単価なため小規模な商人にも扱うことができるので、一攫千金を狙う商人たちが急速に増えつつあった。

こうした世相もあり、この常連客の男も例に漏れず近隣の村の商人たちと費用を出し合い品物を仕入れてキャラバンを結成し、ビジューで一山当てるのだと息巻いていたのである。


生まれてこの方レヴリーはこの村の外には出たことがなかった。

正確には記憶を失ってからではあるのだが、レヴリーに残っていた記憶は「レヴリー・マルシャン」というビジュー風の名前と、薄らと瞼に浮かぶ両親の姿だけだった。

それ以外は全てこの村に来てからの記憶だけである。

そのため、レヴリー本人の感覚的にはこの村での3年間が自分の人生経験の全てだった。


優しいおじいさんとおばあさんとの長閑な暮らしや、この村にいる気の良い人たちとの毎日に不満があるわけではない。

けれど、自分が生まれたのだろう土地、フェリシタシオンに行ってみたいという気持ちが、商人の男の話を聞いてむくむくと湧き上がってきたのである。


未だ見ぬ世界への好奇心とも、自分のルーツへの郷愁ともいえるこの気持ちは、レヴリーを強く後押しした。


幸いにして勤勉なレヴリーは、ダイナーでのアルバイトで自由にできるお金をある程度は持っていた。

鉄道はまだまだ庶民には贅沢な乗り物だったが、商人たちとの乗り合いであれば何とか工面できる範囲だった。

レヴリーは早速この村の商人に、今回のビジューへのキャラバンに同行させて欲しいと提案した。

男は商人らしく頭の中で算盤を弾いて、同行者が1人増えれば商品をそれだけ多く持っていけるし、鉄道運賃を考えても相殺して余りある利益になるはずだと瞬時に計算し、荷物持ちとしてならよいだろう、とレヴリーの提案を受け入れた。

ただし、鉄道運賃以外に賃金は出せないがそれでも良いかと告げた。


実のところ、合衆帝国は極端な反魔法主義であり、魔法と奇跡の溢れる土地フェリシタシオンへの個人での渡航を禁止している。

唯一許可されているのが、こうした商用での渡航なのだ。

今回のキャラバンはレヴリーにとっては渡りに船の話である。

現地で数日間過ごすだけのお金はもっているし、何ならこの料理の腕を発揮して現地で稼ぐこともできるかも知れない。

ましてや鉄道運賃も負担してくれるのだという。


こんなチャンスは二度とないかもしれない。


そんな楽観的な考えで、レヴリーは一も二もなく承諾してしまった。


家に帰るとレヴリーはまず、おばあさんにキャラバンに同行してビジューへ旅することを伝えた。

おばあさんは驚きはしたものの、私が叩き込んだ料理の腕と闘殺法があればどこででも生きていけるわ、とレヴリーを抱きしめた。

なんだか大袈裟だなと思いながら、この3年間ですっかりおばあさんの身長を追い抜いたレヴリーは、こんなに小さかったんだなとおばあさんの細い身体をぎゅっと抱きしめ返した。


おじいさんは、納屋からごそごそと何かを取り出してきてレヴリーに手渡した。

それは列聖派の聖女のペンダントだった。

質素なシルバーのチェーンに、ペンダントトップには卵形の琥珀色の宝石があしらわれている。

合衆帝国は移民によって作られた国のため国教というものがなく、また、魔法は忌避されているので、こうした魔術的、宗教的なアクセサリーは珍しかった。

これは君のお母さんの形見だよ。ビジューに行くのなら、君が何者なのかを知る手掛かりになるかもしれない、とおじいさんは優しい微笑みを浮かべながらレヴリーに告げた。


レヴリーには思いもよらないことだったが、なるほどビジューに行けばそうしたこともできるのだ、とまるで静電気が走ったかのようにその赤毛の髪の毛がざわつくのを感じた。

本当に自分のルーツを探すかどうかの決心はつかなかったが、レヴリーはとにかくそれを受け取ろうと手を伸ばした。

おじいさんの大きな厚みのある手は優しくしっかりとレヴリーの手を包み込み、ネックレスを手渡す。

ウインクをしたおじいさんに、レヴリーはとん、と背中を押された気がした。


荷物はそんなに必要なかった。

小脇に抱えられるほどの大きさの革のカバン一つを膝に乗せて、レヴリーは「第8番急行線」列車に揺られていた。


キャラバンは10人ほどのグループで、皆近くの村から集まった顔馴染みの商人たちだった。

彼らは皆、苦労して仕入れた美しい化繊や素晴らしいガラス細工などが、どれだけ高く売り捌けるかの皮算用に盛り上がっていた。


レヴリーはそれを尻目に、硬い木の椅子にちょこんと腰掛けて、流れる景色をぼんやりと眺めていた。

合衆帝国の国境を過ぎて、いまや列車はビジューの領土を快調に走っている。

景色は延々と草原と農地を繰り返しており、合衆帝国とビジューの区別もない長閑な田園風景が続いている。

線路の状況は悪く、ときおりひどい「突き上げ」がお尻を痛めつけるものの、鉄道の旅は至って順調だった。


まだ半日は列車に揺られる予定だったが、早くもレヴリーの気持ちはまだ見ぬビジュー王国に翼を生やして飛んでいた。

「宝石の国」という異名もあるビジューの首都ディアマンは、それはもう豪華絢爛な都市だという。

王宮はもちろん、街の至る所に宝石が散りばめられ、その輝きは夜でさえ街を綺羅びやかに照らし出すらしい。

田舎育ちのレヴリーには想像もできないような世界が自分を待ち受けているのだと思うと、いやが上にも気持ちは高揚した。


キラリと何かの光がレヴリーの視界に入った。

外で湖面か何かが反射したのかしら、と反対側の車窓を覗いてみるが、目の前と同じような長閑な緑の田園風景が広がるばかりである。

その時、背後からガチャガチャと金属音を立てながら近づいて来る足音があった。

後ろを振り向くと、そこには合衆帝国では見たこともないような鎧姿で朱色のマントに身を包んだ屈強な二人組の男が立っていた。

その姿を見てレヴリーはおじいさんから魔法について教わった時に、こんな格好をした男の絵を見せられたことを思い出した。


この男たちは魔法騎士だ!


主に警察や軍隊などの仕事についている魔法使いを魔法騎士という。

鉄道路線にもテロなどに備えてこうした魔法騎士が同乗しているのだ。


彼らの手中には手のひら大の美しい水晶玉が握られており、不思議なことにその水晶玉から一筋の光がレヴリーを射抜くように伸びていた。

先ほどの光の正体はこれだったのだ。


ものものしい雰囲気に、キャラバンの男たちは立ち上がりレヴリーを守ろうとするが、屈強な鎧姿の魔法騎士たちに阻まれてしまう。

相手は魔法使いである。

魔法の使えない帝国民に勝ち目のあるはずもなく、威勢の良さはすぐに萎んで、たじたじになってしまった。


しかし、レヴリーは気丈にも魔法騎士たちの前に立ち上がり、何かご用ですか、と尋ねた。


「マドモアゼル、失礼ですが貴女のお名前は?」


予想に反して神妙な顔つきで男はレヴリーに尋ねた。


「レヴリー・O・マルシャンよ」

「では、レヴリー嬢、貴女を連行します」

「は?」


ガシャンとレヴリーの手首に冷たい手錠がかけられる。


H&S合衆帝国首都ワシントン発、ビジュー王国首都ディアマン行き「第8番急行線」列車の中で、レヴリーは二人の魔法騎士に囲まれて身柄を拘束された。

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