イリュージョンでディナーを

@kibun3

ショートショート版

 ここは、とあるホテルの一階にある広いレストラン。ディナータイムのため、客席はほぼ満席に近い。

 突然、ドカドカとドラムの音が鳴り響き、正面のステージが明るく照らされる。食事中の客たちは、何だろうとステージを眺める。

 ジャーンというシンバルの音とともに、ステージの幕が開き、軽快な音楽に乗って口髭を生やしたタキシード姿の小太りの男が袖から登場する。

「何が始まるのかな?」と誰かの呟きが聞こえる。客席からパラパラの拍手。

 短いステッキを手にした男は、にこやかに笑うと、ステージ中央に置いてある丸い小テーブルを意味ありげに指さす。小テーブルには黒い幕が被せてある。男は歯を見せてニヤリと笑う。得意顔で男が幕をさっと引くと、逆さまになった黒いシルクハットが出てきた。客席は白けたムード一色になる。

「なんだよ、今時、帽子の手品なんて退屈すぎるよ」と呟く声がする。

 それに動じることなく、男はにこやかに笑いながらシルクハットをステッキで得意げに軽く叩く。そして、いきなり両手を中に突っ込んだ。すると、シルクハットの側面がボコボコと撓んでいる。男は「はいっ!」と掛け声を発して、両手で白いモコモコしたものを掴み挙げた。それは、ウサギだった。客席から「おお」と軽い驚きの声が上がる。

「あのウサギ、どう見ても帽子の中に収まりそうもないぜ。いったい、どうなってんだろ」と誰かが呟く。

ウサギはステージの床の上に置かれると、ピョコピョコと楽屋の方へ去って行く。

 客席が少しざわめく。

 男は気を良くしてステッキでシルクハットを叩くと、また両手を中に突っ込んだ。今度はシルクハットが更に大きく撓み、男が「はいっ!」と掛け声を発すると、またもや両手で白いモコモコしたものを抱えて掴みだした。今度は白い中型の犬だった。男は白い犬を得意そうに持ち上げて観客に見せる。

「スピッツじゃないか」

「どんなトリックなんだろ?」

「きっと、テーブルの下は目の錯覚を利用しているのさ」

様々な呟きが客席に広がる。スピッツは床に下ろされると「ワン!」と一声吠えてから、足早に楽屋へ去って行く。観客はステージの上の男に次第に釘付けになる。

 男は得意満面の表情で客席をじっくり眺めると、再びステッキでシルクハットを叩いた。そして、ちらりとシルクハットの中を覗いて、大袈裟に驚いた身振りをする。

「焦らさないで早く見せろ!」

「ライオンでも居るってのか?」

様々なヤジが飛び交う中、男は大袈裟な仕草で両手をシルクハットの中に突っ込んだ。軽快な音楽が止み、ドラムがドカドカと鳴る。

固唾を飲む観客。ジャーンというシンバルの音を合図に、男はいかにも重そうに勿体付けてゆっくりと両手で担ぎ出した。それは、大きな白い鳥であった。一抱えもありそうな胴体に長い尾羽と鋭い嘴の付いた長い首が伸びている。

「おお……何だ、何だ」とどよめく客席。

男が白い鳥をステージの床に下ろすと、スポットライトが当たり、鳥はいきなり尾羽を広げて震わせて見せた。

「わあ、孔雀だ!」

「白い孔雀は珍しいな」

「凄いトリックだ。どこに隠してたんだろ?」

孔雀は目一杯、尾羽を広げて揺すって見せた。

 拍手が細波のように客席から広がり、やがて万雷の拍手に変わる。ヒューヒューと賞賛の口笛が鳴り響く。男は笑顔でうやうやしくお辞儀する。

「ヤン・デヨン、とうとう見つけたぞ。そこを動くなよ!」

突然、低音の良く響く声がどこからか聞こえて来た。

 男はびくっとして、急に不安な表情になる。

「我々は時間警察だ。貴様は完全に包囲されている。二十一世紀に逃げても無駄だ」

男は怪訝な顔で、キョロキョロと辺りを見回した。

「ははん、ここからコントが始まるんだな。凝った趣向だな」と客席の誰かが呟く。

 客席の通路に白い煙の柱がもうもうと立ち込めている。

「何か、凄い演出だな……」

客席に響めきが湧き上がる。

 男は急に顔面蒼白になり、後ずさる。もうもうとした白煙の中から何かが形を現す。やがて、煙が晴れて出てきたのは、雲を衝くような背丈の巨漢の人間だった。巨漢は漆黒のレザースーツ姿に、頭には銀色のヘルメット、顔には青いレンズのゴーグルを付け、腰に流線型の大きな銃をぶら下げている。そして、のっしのっしとステージに近づいて来る。

男の顔が凍り付く。

「ヤン・デヨン。貴様を歴史改変罪ならびに、ワームホール不正使用の容疑で逮捕する。抵抗は無意味だ」

と巨漢は言った。

「ひえっ!」

と悲鳴を発すると、男は逃げ場を探してステージの上をキョロキョロと見回したが、ステージ両サイドに二体の新たな巨漢の姿を認めてすくみ上がった。目の前の巨漢は男に銃の狙いを付けている。

「動くな!」

男の額の真ん中に赤いレーザー光線の照準ビームが当たっている。男は蛇に睨まれた蛙のように動けない。ステージ両サイドの巨漢二人も近寄ってくる。男の額から一筋の汗が流れ落ちる。

 すると突然、男は笑顔になり、ステッキを手にした。

「ふっふっふ」と男は笑う。

それを見た巨漢は、首を傾げながら銃の照準ビームをいったん切った。その隙に、男はシルクハットに近寄ると得意げに叩いて見せた。

「ふっふっふ。私は手品師。刑事さん、見くびらないでくださいよ。今夜のネタはまだ終わってません。これからがクライマックスです」

と不敵な笑みを浮かべると、男は両手をシルクハットの中にスルリと突っ込んだ。

 巨漢はそれを不思議そうに眺めている。

「ふっふっふ」と不敵な笑い声が響くと、引き抜いた男の手に吸い寄せられるように、シルクハットの中から白いホースのような物がすーっと上に伸びてきた。

「ほーら、ほーら」と意味ありげな言葉を男が唱えると、白いホースのような物に続いて、巨大な白い団扇と大きな目が空中に出てきた。それは耳と頭だった。

「何だ、何だ」と客席が響めく。みるみるうちに巨大な白い胴体が空中にするりと現れると、「キャー」と女性客の悲鳴が上がる。客席の誰かが、指をさす。

「あ、ゾウだ! 嘘だろ、白いゾウだ」

「白いゾウは神の使いと言われているな」

ゾウが、ステージの床にずしりと降り立つと、ミシミシと床が悲鳴を上げる。ゾウは長い鼻をくねらせて「パオン」と一声鳴いた。

 唖然とする巨漢は銃を下ろす。

 男は白いゾウの鼻に自分の足を支えられ、押し上げられると、ゾウの背中の上に乗った。そして、手にしたシルクハットを自分の頭に被ると、「はいっ!」と掛け声を掛けてゾウの胴を足で蹴った。ゾウは男を乗せてゆっくり歩き出す。

 ステージ両サイドの巨漢二人が銃の照準を男に当てようとする。

「止めろ! 万が一、ゾウに当たったら拙いことになる」と巨漢が叫ぶ。

「ふっふっふ、流石は時間警察の刑事さん、良くお分かりですね。このゾウは絶滅危惧種のアフリカゾウです。このゾウの未来の子孫は何十万頭でしょうね。つまり、このゾウを殺したら、ゾウは地球上から絶滅してしまうかもしれないのです」

 男はそう言うと、ゾウの胴を足で叩いて促した。ゾウはミシミシと悲鳴を上げるステージの階段を器用に降りると、客席に降り立った。

「では、皆さん、楽しい夜を!」

ゾウの背中から男は言い放った。ゾウはレストランの通路をのしのしとゆっくり歩き始めた。

「どうするんだろ、あのゾウ」

「まさか、あのまま街をのし歩くのか?」

客席に戸惑いの声が聞こえる。ゾウは悠然と通路を歩いて行く。

巨漢は腕の小さな通信機に向かって、「容疑者ヤン・デヨンが白いゾウに乗って逃亡する。至急、対応を」と告げた。「了解!」と通信機が即答した。


 ゾウは、男を乗せて通路をのしのしと歩き、ホテルのフロントの方に向かって行く。銃を持った三人の巨漢が後を追う。

 すると、急にゾウの体が白煙に包まれた。三人の巨漢は立ち止まり、互いにニヤリと笑い合う。白煙が消えると、ゾウは跡形も無く消えた。そして、跡にはシルクハットを被った男が一人床に座り、キョトンとしている。

 通信機が、「ゾウを元いた時空に転送完了!」と告げた。「了解、容疑者を確保します」と巨漢が返答した。

 二人の巨漢が呆然とする男に近付くと、男ははっと我に返り、慌てて被っているシルクハットを床に置いた。そして、いきなり両手と頭をシルクハットの中にスルリと突っ込んだ。巨漢三人は、それを不思議そうにただ眺めている。

「ふっふっふ」と不敵な笑い声が響くと、男の体がグニャリと曲がり、中に吸い込まれていく。みるみるうちに、男の体はシルクハットの中に消えた。

 唖然とする巨漢は腕組みをして言う。

「この期に及んで、馬鹿な奴だ。向こう側も完全に包囲されているのに」

 巨漢は床の上のシルクハットに近付くと、丸太のような右腕をシルクハットの中に突っ込み、グルグルとかき回し始めた。暫く掻き回していると……。

「ほら、来た」

 巨漢が右腕を引き出すと、その手の先に襟首を捕まれた猫の子のように情けない姿の男の体がスルリと出てきた。タキシードはビリビリに破れ、メソメソ泣いている。すぐに、二人の巨漢が近寄り、泣いている男を拘束して両手に手錠を嵌めた。

「逮捕完了!」と巨漢が通信機に告げると、男はがっくりと肩を落とした。

「さあ、貴様のステージはこれで最後だ。客に挨拶くらいしろ」

巨漢はそう言うと、踵を返してステージに向かって歩き出した。二人の巨漢が男の両脇に付いて、男を無理矢理歩かせる。

 男はメソメソ泣きながら、三人の巨漢と共にステージに上がった。そして、横一列に並ぶと、四人揃って客席に向かって恭しく会釈をした。拍手と歓声が巻き上がる。

「任務完了! 帰還する!」

巨漢が通信機に向かってそう叫ぶと、ステージ上の四人の体が白煙に包まれた。

 そして、全てが跡形も無く消えた。

「ブラボー!」

「なんて鮮やかな手品だ」

「最高のディナーショーじゃないか」

幕が下りても、客席では割れんばかりの拍手が続いていた。【終】

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