絶対ヒーロー チョメチョメマン!?
マコ
第1話 小石を蹴り飛ばすまでの日常試練
「ヒェ~、こちらに名の知れぬ蚊は飛んでくる、待って、待つのだァ~!」
傍から見て一人のヒーロー気取りの男が蚊の羽音の脅威に負けており、ノロノロと逃走劇を繰り返し続けてばかりいた。
黄色い戦士服に赤いマントと派手な格好井出達だが、彼の放つオーラの強さにははっきり言って貫禄が伝わらなかった。一見して声も貧弱だし、いいところを探すことさえ至難で哀れなヒーローだった。しかし、この男には自分の弱さという運命が限界だと受け入れ切れてなどいなかった。こんなところへ生き倒れてしまう運命だと受け入れ切れない信念が、彼の想いを次場面まで進行させる原動力へ繋がっているはずだ。
しかしそれだが、カツッと足を躓かせて転ぶところをすかさず飛んで追ってくる蚊は、彼の血液を求めて襲い掛かってきた。
「グゥへェ~!!」という断末魔のような情けない声でその男は弱々しく叫び上げる。
周辺者から何やら不審そうなものを見る気配は、辛くもこの男の関心期待度合いは低い反応である。この男が抱える“弱さ”に呆れてものさえ言えない情けない展開だし、この男には大した興味や同情などが持てそうなふうに思えない。何時しか、歩きながら電柱に気が取られて近づいてそこへ頭をぶつける程度の気弱さの人物だからだ。
……だが別に彼は誰よりもワザと弱々しく振舞って演技しようとも思えなければ馬鹿なわけでもない。威圧とかが弱い以外に普通の人間が持っている人一倍くらいの常識力、身に着けていると自負はしている。そうでなければ、この惑星へ派遣されるヒーロー一人を選ばれていないからだ。
「ググ、おのれェ、俺が、もっともっと強くあれば……なんて地球上の生命共は皆強いのだ。俺の故郷の星とは、段違いの強さだ……」
この哀れなヒーロー男の在り方は、意味もなくヒーローとして気取っているわけではない。
彼の故郷の母星からでは最強無敵超人として謳われるほどの抜群の強さを誇っていたはずだった。そして今、この地球上にやってきたわけとは、より強い者と渡り合えたら身も心も格段に成長達成することができると期待があったからだ。ここでしっかり鍛え上げられたら彼の強さを故郷へ持ち帰り、その母星を何者からでも守り切れる強さを欲しかった。安全な惑星として母星を守り続けたくて敵の宇宙人と太刀打ちできるほどの強さを求め出している。だが、この地球と言う惑星の試練のレベルは銀河中にでも最難関の修行場の一つであり、その定住者の生命の強さは、残酷なまで容赦なくこのヒーロー男の非力さや脆さを突き付けてしまうものだった。
「この俺の強さに関わらず地球移住テストに偶然合格したから移り住めて良かったわけだが、果たして運が良かったのか、悪かったのか……ていかんいかん、ネガティブに考えていたら、この惑星に住まう闇の者たちの思うつぼではないか! せめて傍からして最低な男にまで成り下がってはいけないのだ!」
こんな貧弱な戦士でいても唯一最大の心の芯の強さとは、人間として最低なタイプの男にまで成り下がってはいけないと思う反骨精神からだった。地球定住試験面接官たちは、こうした彼の強く胸に秘められるプライドに気付けてもらったから認めてくれた。この男が本来もっと強ければ何も申し分ないくらいだ。たとえ地球到達後の弱さの醜態晒し露呈でも期待を寄せ続けてもらえたのだ。だからそんな彼がこの辺境惑星にいる文句など何も持たない。もちろん、この地球という銀河辺境惑星に今も尚住み続けられるのは、まさに奇跡的としか言いようがない幸運に寄る特権があるのかもしれない。
「この俺の想いを受け入れてくれた者たちのおかげで、俺はこの惑星で修行できるんだ」彼は一人で言った。「本来ならば、地球定住試験面接官たちに感謝しなくてはならない。この惑星へ来たことを後悔なんてしないのだから!」
そんな想いの最中でも、彼には相変わらず意識が身に入ってこなかった。
野次馬たちから薄い期待のヒーローは今、弱々しくふらふらしながらよくある民家通りのコンクリート塀へ身体側面を体重で傾けたりして、何度もぶつかったりしつつ重い足取りで歩き出していく。
「それにしても、この星にいると途端意識がくらくらする。人間の殺伐とした“気”が行き交っているせいじゃないか……。俺の平和な母星では、こんなことなどあり得なかった。さすが修羅場の辺境惑星地球様じゃないか。良くも悪くも、何もかも力強く堂々して感心させられてしまうな。まだ母星の感覚のままだから慣れ切れていないせいもあるはずだが」という彼では僅かながら強がりを自分の胸内へ言い聞かせておき、弱い自分の気分を紛らわせようと試みてみる。
「あー、母さん、あれってチョメチョメマンじゃない?」
そこでふと辺りから誰かの明るい声が聞こえてきた。
自分の名前を知っていてくれた少女の方を、チョメチョメマンと呼ばれたその男では顔を輝かせて見つめ返した。
「駄目よ、そんな名前、どこで覚えたの?」少女の母親は言った。「あんな浮浪者みたいな人に成ってはいけません、さあ行き来ましょう」
女の子の連れの婦人は、彼女のつないだ手を引っ張って、そのまま何事もなかったかのように歩き去ろうとする。
「ちょっと、待ってくれ、その言い草はあんまりじゃないか?」
「あの人、いい人だよ、悪い人なんかじゃない」
「いいから行くのよ。あんな男から得る者なんて何もないのよ。さあ、行きましょう!」
なんだかんだ言って今度こそ母親と連れ子の少女が、その場からスタスタ歩き去ってしまった。
「ハッハッ、この母星最強の俺が浮浪者か。はぁー、空しい……」
そして、ため息交じりにこの男が何気に蹴飛ばした小石は、どこまで飛んでいくのか。まさか、そこが偶然とも闇権威の力発生源だったため、闇側が得ていた小石の力がこの男に宿って正義の銀河最強戦士になるなんて信じられないことだった。
「今日は、何とか家に帰って風呂入って寝よう。今はまだ昼だけど、それだけで夜の九時まで掛かるだろう。それまで、何の日常試練がまだ俺に待っているか……」
そしてこの男と強さは移り替わりで闇の主導者は弱体化していき、いずれ地球上どころか全銀河系の世界は闇の脅威から救われ出すのかもしれない。この一人のヒーローは、強さが入れ替わった相手の権威が存続できないほどの弱さに耐え兼ねてきた“強さ”が備わってあるのかもしれない。
もしそれが知らずの内に、母星へ帰る以前から最強へ至った真実を誰かから告げられて、全銀河史上へ名を残す英雄として崇め立てられることもあったらいいものかもしれない。
彼では何も考えず自宅の道を目指し出す。
万が一彼にそんなチャンスがあっても、存大な態度を取るつもりなんて持たないのだろう。何かの手違いがあってもそんな未来像にまで想像は及びそうに思えない。
……アパートの家の中で自分の布団を寝たら、その後から正にその通りの運命だったことに誰かから教えられて驚かされてしまう逆転運命が待ち構えていたりするのかもしれない。万が一この男がそうなる運命だとしても一発逆転なんて起こり得そうにないことだし今彼のイメージからは浮かばないだろう。
「今日もまだまだ計り知れない日常の試練が、俺を待っているはずだ。それを何とかしよう」
そう言って一人空しくも寂しくも卑下な自己意識を持っていたようだった。
だが、その予測は大きく外れることになる……。
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