<第四章:ピリオロイド:モラトリアム・ゾンビ> 【02】


【02】


『先ずは、コサメさんの体調回復に努めてください。栄養不足な上、こちらの指示では食事を行わない。あなたが責任を持って食べさせるように』

 周囲を見る。

 食料に手は付けられていない。転がってる包み紙は、最初にやったチョコバーだけ。

『さしあたって、6日分の栄養食を送りました』

「待て。どこに送った?」

『ここですが何か?』

「アホか」

『アホとは何ですか、これでも立派に大学出ていますけど?』

 あ、中に人いるんだな。

 さておき、立ち上がる。

 脇腹の傷が気絶しかけるほど痛い。腹の傷は厄介なのだ。どう動いても傷を刺激してしまう。

『安静にした方が良いのでは?』

「奪われる」

『はい?』

「物資だ。当たり前だろ」

『え? そんな報告は受けていません。ポイント利用の規約にも、他人の物資を奪ってはいけないと明記されています』

「お花畑かよ。誰がそんなの守ってる」

『ウソでしょ。で、でも、ドローンの運搬を目撃されなければ』

「監視してる連中がいるんだよ。ここも安全じゃなくなった」

 急ぎ、バックパックに散らばった物資を戻す。

 うるさいタブレットも入れようとする。

『カメラから現状を確認します。起動したまま外に出してください』

 タブレットは、師匠と並べてベルトから下げる。

「入れ」

 コサメをバックパックに入れ、背負った。

「ぐっ」

 人1人分と考えたら軽いけど、腹に響く重さ。

「荷物はいつ届く?」

『20秒後、このアパートの入り口に到着します』

 槍を手にして玄関に移動。

 静かに鍵とチェーンを外す。

『10秒』

「黙ってろ」

 音に全神経を集中させた。

 ドローンのローター音が聞こえた。

 重い荷物が落とされる。

 足音が近付いてきた。

 数は、よくわからない。2人か3人、足音を消すのが上手い奴がいる。

 荷物が漁られる音。

 話し声も聞こえた。

 若い声が2つ。それに話しかけられている人物が1人。そいつは動いていない。恐らく、周囲を警戒している。

 もうしばらく様子見。

 静かに、近付いてくる足音があった。

 槍を構えた。

 ドアノブが、ゆっくりと動く。

「よう」

 扉の隙間から覗く目に、僕は声をかけた。

 人間面白いもので、一声あると動きが鈍るのだ。

「あ?」

 と、言う男のガスマスクの口に、槍を深く刺し込んだ。

 フィルターと肉を貫いて延髄を砕く感触。男は、ガクガクと痙攣して手にした鉈を地面に落とす。

 玄関を蹴り開けた。

「は? は? はぁぁぁぁ!?」

 叫んだのは、声の若いガスマスクを着けた男。鉈を拾って駆け、その男に体ごとぶつかる。

 馬乗りになり、喉と心臓を刺して殺す。

 残った1人は、無言で逃げていた。

 賢い。

 だが、遅い。

 今殺した男の手斧を奪う。

 振り上げると、脇腹の傷が大きな痛みを発した。

 落ち着け。

 一息入れる。

 変異体に槍を投げ付けた時は、もっと距離は離れていた。しかも、真っ正面で反撃のリスクもあった。比べたら余裕だ。

 風が鳴る。

 手から離れた手斧は、くるりくるりと逃げた男の後頭部に吸い込まれる。

 男は倒れ、動く様子もない。

 最初に殺した男から、槍を回収。

 周辺を警戒。

 他に敵はいない。

「コサメ。大丈夫か?」

 背後を見る。小さい手がバックパックから伸びていた。

 無事らしい。

『うろろろろろろろろろ!』

 タブレットからゲロを吐くような声がした。

「うるせぇな」

『あ、あなた! 何をしているんですか!? 感染者とはいえ、未発症の方々ですよ!』

「え、何を言っているんだ」

 意味不明。

『暴力的な傾向にあるのは知っていましたが、先ず警告するなり他に手段があるでしょうに』

「話合いが通じる相手なら、ドローンの荷物なんて狙わねぇよ。どう考えても相手ぶっ殺して物資奪う輩だろ」

『あなたの思い込みでしょ!?』

「経験則だ。あんた………本当にOD社の人間なのか?」

 今更、こんな馬鹿なこと言われるとは思わなかった。

『人間よ。あなたと違って』

「………………」

 タブレットの電源を切ろうとする。

『あ、いや、すみません。失言でした。報告とあまりにも違う状況だったので混乱を』

 音声が絞られる。

(大体、私は子供のケアと健康管理に呼ばれただけなのに、なんでこんなグロ画像を見せられてるのよ。資料とまるで違うし、聞いてないわよ。どうなってるのよ)

「聞こえてるぞ」

『そっ、そういえば、感染者は聴覚が鋭いのですね』

「そうだ」

 死体からバックパックを奪い。投下された物資を漁る。

 拠点にあるから水はいらない。食料と医薬品を、適当に詰めれるだけ詰める。

「多いな」

 半分も持っていけない。

『あなたの分も含まれていますから』

「優先する物資は?」

『RUTFを』

「あーるゆー、なんだ?」

『治療用の食品です』

「変なもん入ってるんじゃないのか?」

 OD社のマークが付いてる食品は、全部ゴミのように不味い。

 文字通り、死人でも食べない不味さ。

『社とは関係のない流通品ですよ。失礼な』

 見付けた。

 赤白のビニールのパッケージに、大きく『RUTF』と記してある。

 1つ開けて食べた。

 ピーナッツバターみたいな見た目と味。いやこれ、ほぼピーナッツバターだろ。

 もう1つ開けて、後ろに回す。

「おい、コサメ。食え」

「う」

 身を乗り出したコサメは、ピーナッツバターを手にして食べ出した。

「美味いか?」

「う!」

 てしてしと僕の後頭部を叩いた。

 美味そうだ。

『何故、あなたが渡した物は食べるのでしょうか? 私が言っても食べなかったのに』

「僕を、アニメキャラと勘違いしてるからだ」

『何というアニメですか?』

「どきどき何とかエンジェル。何とか軍曹ってキャラクター」

 うろ覚えである。

『調べておきます。なるほど、アバターの問題ですか』

「お前んとこのキャラクター。割と最悪だからな」

 子供には絶対受けない。

『それについては同意です』

 同意なんだ。

 物資のペットボトルの蓋を開け、周辺に投げて捨てた。

 死体の衣服を剥ぎ、残った物資にかける。

 ライターで火を点けた。

『この行為に、どういう意味が?』

「僕の物資だ。他人に取られるくらいなら燃やす方がいい」

『なるほど、あなたが少しわかりました』

 イラつく。

 タブレットを死体に近付けた。

「よく見ろ。こいつらを殺したのは僕じゃない。お前だ。お前が、子連れの怪我人のところに物資を送り付けたから殺しになった。そもそも僕が殺さなきゃ、ここに転がってたのは僕らだぞ。何なら、ガキはもっと酷い目にあっていたかもしれない。死体見るより酷いことだ」

『………そうですか』

「ま、死人が死人を壊しただけ。ここじゃよくあることだ。でも、危うく“人間”が1人死ぬところだった。それだけは忘れるな。引き受けた手前、ガキは守るが邪魔はするな。わかったよな?」

『ええ、はい』

 これで、しばらく静かになるだろう。

 コサメが、後頭部に抱き着いてきた。着ぐるみの耳部分を掴むと安定するようだ。

「なんだ? もう1つ食べるのか?」

 ピーナッツバターを取り出そうとする。

「う!」

 ぺしぺしと叩かれた。

「なんだ?」

 わからん。

 子供はわからん。

 とりあえず、久々に家に帰ろう。

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