『初めての交流』
軽く中型犬くらいのサイズはあったでしょうか……それはまるで見たこともないほど大きなグミのようで、私の隣にちょこんと並んでいました。
それに目がついているのがはっきりと分かりました。と言って、眼球というような生々しい代物ではありませんし、先述グミのようなと形容したように、その全体の姿形からしてグロテスクなところはどこもなく、目もまた同様、どちらかといえばひどくディフォルメされた黒い縦線のようなものが二本、顔と思われる表面についていて、その二つの目で、まさしくこちらの様子を伺っているように見えるのでした。
とっさに古くから続くRPGの最初に出会う、いわゆるあの魔物を想起しましたが、危険はまるで感じられなかった。それどころか、私は一目でその形状やぷるぷるとした質感や、二つの目に覗かれる愛くるしさに見惚れていました。
じっとこちらを興味深そうに見る様……意思疎通のできない状況において早計だとは思われたものの……には、しかし敵意らしい敵意も感じられず、私はそっと手を伸ばしてみました。
すると、びっくり。
大人しかったこの物体……やはり皆さんがよくご存知であると思われる〈スライム〉と命名することにして……スライムは立ち所にどこから生えているのか、白い歯を剥き出しにして、私の手に噛みつこうとしたのです。
私はとっさに腕を引いて事なきを得ましたが、心臓はこの衝撃に突如思い出したようにどくどくと激しく戦慄き始めました。
本当に驚いた。
スライムの挙動もそうですが、私の心臓が動いている、ということに。
死んだはずの私は、確かに今、ここで生きている……?
そしてそれが皆さんよくご存知の通り、そして私自身もまたよく知っているように正常に、言い換えれば元いた世界の認知と変わりない活動と効果を持っている、ということは、ここは元いた世界と同じ物理法則で動いている可能性が高いということの手掛かりでもあるのでした。
すると、やはり魔法はないのかしら。
例えば元いた世界でも自然発火現象や落雷、瞬間凍結など、我々がよく知る魔法の効果と似たような現象は数多確認されています。
しかし、何の種もない手のひら、もしくは指先から、瞬間的にその運動を生じさせるような、そんな現象はそれこそ未知の物理法則、あるいは量子力学の発展による未来の技術でもなければ叶わない。
すなわち、観たところ未来の技術があるようにも思えない現状の周囲を鑑みるに、もともとの世界で道具を用いずに魔法を使えなかった私が、すぐに使えるようになる、ということはないだろうという洞察でした。
古代の特殊な兵装なり見つかれば、また話は別ですが。
残念な結論ではなかった、と言えば嘘になりますが、腕を出しては引いて、さながら実家の猫を相手取るようなその交流を繰り返しながら私は反対の手を頬にやって、そんなことを考えていました。子供の頃からそんな風に薬袋のないことをぼんやりと考えては、ぼーっとするな、と目上の方々から叱られていた私ですが、生まれ変わった今なお治っていないようでした。これはアイデンティティの証明につながります。生まれ変わっても、私は私なのです。しかしそれなら、生まれ変わりとはいったいなんでしょう? 生まれ変わるということは、私が別の私に再編集されることではないのかしら?
そして、突然ふと思い至り、スライムを観ました。スライムは驚いたようにぴくっと静止しました。
というのも、食料はどうすればいいのでしょう。
生きているなら飲み食いしなければ遅かれ早かれまた死んでしまいます。そんな節操のないことはできるかぎり避けたいもの。
恥ずかしながら私は胸の高鳴りと安心感、それに加えてスライムの出現と交流と同時に、お腹の空き具合も思い出していたのでした。
でも、これだけ自然が広がっているのだもの。きっと食べ物だってその辺から取ればいいに違いない。体力や力そのものに自信がなくても、それなら果物を取ればいい。川や海岸を探せば、そこで魚が取れるかも。火くらいなら私だって起こせるだろう。やり方は頭に入っています。
それに、その時はまず出口を探すのに必死だったのであまり気にしなかったのですが、先ほどの森の中で、それらしき物体や小動物の飛び立つ音や声も感じていたことを思い出して、私は楽観的に考えることにしたのでした。
それにいざとなれば……、考えながら、私は再度隣のスライムを見ました。その目がひくっと再び震えます。
唇に人差し指の第二関節を当てながら、今度は私がスライムをじっと観察する番でした。
この子は食べても大丈夫なものなのかしら。こうして動いているからには内臓もあるのでは? 動くということは筋肉もあるはず。内臓がダメでも筋肉や皮は案外歯応えがあっていけるかも? くらげのようなものかしら……味付けはあとで調味料となるものを探せばいい。口があるようだからそこから臓物を絞り出して、乾燥させれば干物にして非常食にもなるかもしれない……。
いくつか手段を思い浮かべたところで、結局のところ、そもそも私にこんな可愛らしい生き物は殺せない、という結論に行き着き、私はふっと息をついて思考を打ち切りました。
すると、スライムもまた隣で同じように一息つくのでした。……どうやら肺器官はあるようです。
頭を切り替え、次に改めたのは、ここはどこなのだろう? ということ。
それは世界的に考えて地球なのか、それとも? というよりは、この世界の中のどの辺りなのだろう? という考察でした。
というのも、辺りに広がるのは自然ばかり。それは幸いなのですが、一向に人やその他の生物の生活の気配がまるで感じられません。
人の集落があればそこに混じって原始的な営みの中に回帰もできるのではないか? そう思って丘に立ち上がると、地平に目を走らせました。
けれども、見渡す限り、そのような足跡は一向に見えません。私は遊んだことのある似たようなゲームの知識から煙を探してみたのでしたが、それもどこにも見当たりませんでした。
私は胸を撫で下ろしながら考えました。
そこまで文明の育っていない世界に飛ばされてしまったのかしら。
しかし一方では徐々にそんな不安が大きくなってきて、気持ちに焦りも生じます。
足元のスライムくんに惜しみつつも別れを告げると、少し早足で私が出てきた祭壇の森へと一度、踵を返すのでした。
中は湿気に満ちていて肌寒さを感じ、どこまでも薄暗く奥に行くほど光が遠くなり、心細くもなる場所でしたが、うろ覚えで来た道を辿ると、記憶の通り、形や香りの良い果実が成っているのを見つけ、私はそれらをもぎとると、いくつかの種類を揃えて、再び森の外へ。
丘の上に戻って、収穫した獲物を並べていると、また先ほどの個体でしょうか。スライムくんが近寄ってきました。私は思いつき、彼にも手伝ってもらうことにします。
いわゆる毒味役。もちろん私自身でも匂いを嗅いだり、肌につけてみたり、そうして試したのですが、最後には彼に食べさせてみて、仮にも生き物である彼が進んで口にするのなら私が食べても問題はないだろう、という考えに踏み切ったのでした。
そもそもスライムと人間である私で、比較になるかは一旦、横に置いて。
すると、彼か彼女かも定かではありませんが、とにかくスライムくんは一つ一つ匂いを嗅ぐと、また歯茎を剥き出しにして果肉を食べていきました。……嗅覚がある。スライムくんはまたぴくっとしましたが、気にせず食べていきます。
一方、気に入らないものは頑として口にしません。
それを見て私は、果物を選り分けていき、いよいよスライムくんも食べたものを口に入れてみたのです。
これはブドウ? りんごのような香りもする。
と思えばこっちは花のような香りが広がる。
どれも一長一短ありましたが、どことなく覚えのある甘い味わいが広がって、私はホッと一息。
残ったほうはとりあえず食べないでそのままにしておくことにします。
捨て置くなんてとんでもない。
これから先、この世界で生きていくことを考えたら、自給自足が原則になりそうなのは前述のとおり。スライムくんが避けたものだって、煮たり、焼いたりすれば食べられるかもしれないのです。
とすると、今度はそれらをまとめる袋や箱のようなものが必要に思われました。あいにく私が地球から持ってこれたのはこの身一つに、身につけていた衣服とサバイバルには役に立たないアクセサリだけ。バッグの類はビルの屋上に残してきてしまったようでした。自殺するのにナイフも持たないなんて、私はとんだ間抜けのようです。
衣服のポケットなどもありましたが、果汁でべたべたにするのはなぁ……としぶり、一先ず使えそうな自然物が見つかるまでは、この丘を拠点として、残った果物は置いておくことにし、私は近場の探検に繰り出しました。
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