回廊蝶々

松原凛


 電車の窓に蝶が張り付いていた

 触覚はもげて羽だけが標本のように残っている

 飛ぶことも落ちることもできず、ただそこに留まっている哀れな蝶

 車内は満員だった

 乗客たちはみんな蒼白めた顔で立っている

 座席はない

 間もなく押し押され終着駅に着くのを待っている

 電車が停まった

 扉が開く

 人が押し出される

 もう戻ることはできない

 僕は窓に張り付いている蝶を剥がしてやった

 手のひらに乗せた蝶は弱々しく羽を動かし、二日酔いの朝みたいな覚束ない足どりで去っていった

 僕は蝶が見えなくなるまで見送ってから、人の波に戻った

 先に待っている父への手土産がなくなってしまったが、虫好きの父なら許してくれるだろう



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