通り魔に襲われたけど、顔がタイプだったから結婚を申し込んだ。

とりあえず 鳴

第1話 襲われたんだが?

 別れはいきなりやってくる。


 昨日まで元気だった両親だって、次の日にはいなくなってしまうかもしれないのだ。


 実際俺、一条いちじょう 万里ばんりの両親もいきなりいなくなった。


 特にやりたいことがなく、大学に行かず、就職もせずにフリーターをしていた俺を何も言わずに実家に置いていてくれた両親だった。


 きっと言いたいことはあっただろうけど、放任主義で何も言われることはなかった。


 だからなのか、いなくなると大切さがわかるとよく言うが、葬式や諸々のことが終わった今でも何も感じない。


 嫌いだったとかではないが、話しかけられたら話す程度で、ほとんど交流もなかった。


 親不孝なのだろうけど、よくわからないのだから仕方ない。


「行ってきま」


 今日からバイトに復帰するので、今まで一度も言ったことがない挨拶をしてみたが、今更必要でもなかった。


「挨拶って相手がいてなんぼか」


 誰も居ないとわかるといつもしないようなことをしたくなるのはなんなのだろうか。


 自分は自由だと思うと何でも出来てしまう気がしてしまう。


 何でも出来るなら就職をしろという話だが。


「寒っ」


 復帰一発目が朝一というのも酷い話な気がするが、別に文句はない。


 朝が早ければ帰りも必然的に早くなるのだから。


「帰ったら何しよ。とりあえずシャワー浴びて晩ご飯か」


 朝が早いので周りには誰も居ない。


 だからこうして独り言を言っていても不審者にはならない。


「湯豆腐が食べたい。きっと帰る頃には違うものが食べたくなってるだろうけど」


 今は無性に湯豆腐が食べたいけど、帰る頃にはカレーが食べたくなっていてもおかしくない。


 だから今決めても意味はないけど、暇つぶしにはなる。


「その後は──」


 何をしようか考えようとしたが、前から人が歩いて来た。


(朝から散歩ですか? すごいな)


 フードを目深に被り、手はポケットに入れている。


 まるで俺みたいで親近感が湧く。


 違うのは、俺はこんな朝早くに外に出ることはありえない。


 バイトがなければもう少し寝ていたかった。


(俺のエデン。お布団に帰りたい)


 出来ることならこんな寒い朝に布団から出たくは無い。


 だけど働かなければいつかは貯金も尽きる。


 その為に俺は朝早くからバイトに出かける。


(お散歩お疲れ様です)


 向かってくる人とすれ違う為にズレようとしたらどうやら車道側を通ってくれるようなので俺は歩道側に寄った。


(ん? 頭がおかしい人か?)


 困ったことに俺が抜けられるだけの隙間を空けてくれなかった。


 だからといって俺が車道側に行くには間に合わなそうだ。


 さすがにすれ違う時にはズレてくれることを信じてそのまま進む。


 そして……。


「ごめんなさい」


「は?」


 すれ違う瞬間、少しズレてくれた。


 だけど謎の謝罪と、謎の腹部への痛みがやってきた。


「……マジですか」


 俺の腹部からナイフが生えていた。


 結構痛い。


「ちょっとごめん」


「え?」


 逃げられると色々とめんどうなのでその子(声的に女)の手首を掴む。


 そして逆の手でスマホを取り出す。


「アドレナリン出てる間に終わらせないと」


 とりあえず今やらなければいけないことをやる。


 まず第一に。


「もしもし、一条です」


『どした? 今日からだけど何かあった?』


「ありました。腹からナイフが生えてきたんですよ」


『お前と言えど両親が亡くなるのはショックだったか』


 やはり一番最初にやるべきことはバイト先に知らせることだ。


 後十分ぐらいでバイトで、今日から復帰なのに無断欠勤なんで出来る訳がない。


 だから先に準備をしている上司、上野かみのさんに連絡を入れる。


「ショックかはわからないですけど、後で写真送るんで判断は任せます。腹からナイフ生えた状態で仕事していいなら無理して行きますけど、病院行った方がいいですよね?」


『マジなやつ?』


「俺嘘言ったことないですよ?」


『普通はそれが嘘だけどお前はほんとに嘘つかないんだよな……』


 正確には『つけない』だ。


 嘘をついてバレた時がめんどうだから嘘をつくのが好きではない。


 それと、どう嘘をつけばいいのかわからないのもある。


『お前のことだから救急車呼んでないんだろ?』


「だってこっちが最優先でしょ」


 俺だって一応社会人だ。


 仕事にいきなり穴を空けるのが駄目なことぐらいわかっている。


 だから次は……。


『代わりを探そうとか考えるなよ。お前はさっさと救急車呼んで病院行け』


 上野さんはそう言って電話を切った。


「ぶつ切りですか。優しさと受け取りますよ」


 上野さんならわかってくれてるだろうけど、一応俺の腹部をスマホのカメラで撮って上野さんに送っておいた。


「いきなりこんな画像送られてきたら驚くだろうな」


 だからこそ先に話したのだけど、知ってても驚きそうだ。


「さて次こそは救急車呼ばないと怒られるか」


 本当は代わりを見つけなければいけないが、そんなことをしたら上野さんが本気で怒る。


 だから仕方なく救急車を呼ぼうとするが、ふと気になった。


「なんで俺を刺したの?」


「あ、それは……」


 多分話しかけられるなんて思ってなかったのだろうけど、ちょっと気になった。


 目的が俺なのか、誰でもなのか、はたまた間違いなのか。


「誰でもよかったやつ?」


 フードの女がコクリと頷く。


「逃げる素振りがないとこを見ると、捕まる気ではあるよね?」


 この子は一切逃げようとしない。


 確かに俺は手首を掴んでいるが、振り解けない程強く掴んではいない。


 それに逃げるつもりなら、俺を刺してすぐに走り出しただろうし、何より……。


「刺す時に謝ったってことは、俺を殺したいって思ってた訳でもない?」


 また頷いて答えた。


「それはまためんどうな」


 要は誰かを刺さなければいけないが、自分の意思ではやりたくない。


 つまり誰かに命令されてるということになる。


「全部を信じるならだけど。とりあえず顔見せて」


「駄目です!」


 もしもの時の為に写真を撮っておこうと思ったが、今までの反応とは違い本気の抵抗だった。


「す、すいません。絶対に逃げないので顔だけは許してください」


 フードの女が頭を下げてきた。


「俺を刺したのに俺に命令?」


 ちょっとした意地悪だ。


 写真というのは建前で、ちらちら見えるこの子の顔が気になっていた。


「どんなことでもします。だか──」


 フードの女が顔を上げた瞬間に俺はフードをめぐり上げた。


「……やっぱり」


 フードの女が慌てて空いている手で顔を隠した。


 傷や火傷だらけの顔を。


「ひど、いなんて言える立場でないのはわかってます。でも……」


 女はフードを被ってうずくまる。


「酷い顔ですよね。見られた私より見たあなたの方が嫌な気持ちになりましたよね」


「……」


 何か言ってるのはわかるけど何を言ってるかがわからない。


 そろそろ死ぬのかもしれない。


(どうせ死ぬなら……)


「名前を聞いてもいい?」


「それなら、私は矢島やしま 胡桃くるみです」


「矢島さんね。俺は一条 万里」


 俺は名乗りながら矢島さんと目線を合わせる為にしゃがむ。


 これが結構辛い。


「矢島さん、もう一回顔見せて」


「嫌です」


「お願い、もしかしたら俺死ぬかもだから冥土の土産的なやつで」


「それなら早く救急車を呼んでください」


「ごめん無理」


 俺はそう言って矢島さんのフードを捲り上げた。


 するとまた矢島さんが顔を隠す。


「ちゃんと見せて」


「嫌です」


「ほんとにお願い」


(そろそろやばいから……)


 どうしても見せてくれそうにないので、無理やり矢島さんの手をどけ、引き寄せる。


「いや……」


「やっぱりだよ」


「私は散々言いましたよ、醜いって。罰ですか、確かに私はそれだけのことを──」


「綺麗だ」


「……はい?」


 矢島さんがやっと俺に顔を向けてくれた。


 確かに傷や火傷の痕はすごいあるけど、それでも矢島さんは綺麗で可愛い。


「そ、そんなことを言っても私には何も出来ないですよ?」


「でもさっき顔を見せる以外なら何でもするって言ってなかった?」


「して欲しいことが?」


「結婚しよう」


「………………へ?」


(キョトンとする顔も可愛い)


 確かに唐突だったけど、時間も少ないから仕方ない。


 俺は矢島さんに人生初めての恋をした。


「一目惚れってやつは実在したんだな。今度謝らないと」


「ちょっと待ってください。結婚ってどういう意味ですか?」


「そのままの意味だけど? あ、もちろん最初はお付き合いからということで」


 人を好きになったこともなく、だからもちろん付き合った経験もないから手順がばらばらになってしまった。


 だけどこの気持ちだけは本物だ。


「え、でも、え?」


 困ってキョロキョロする姿も愛おしい。


「とにかく俺は矢島さんが好きになった。矢島さんが俺を嫌いでないなら考えて欲しい」


(出来るなら後数秒で)


 そろそろ自分を誤魔化すのに限界が来そうだ。


 普通に辛い。


「でも、私は……」


「ごめん時間切れだ」


「え……」


 俺の意識はそこで途絶えた。


 意識が途絶える直前に矢島さんの膝枕を不可抗力で味わえたので悔いは無い。

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