襲撃の黒幕

「ここで敵を迎え撃ちます。前衛は私が。ディラン様はミリウス殿下の保護と戦闘のサポートをお願いします」


 剣の柄に手を掛けながら前へ出て、私は神経を研ぎ澄ます。

相手の音や匂い気配を感じ取るために。

『これより先へ通してはダメ』と自分に言い聞かせる中────黒ずくめの集団が姿を現した。

一本道ということもあって真っ向から向かってくる彼らに、私はスッと目を細める。


「それでは、手筈通りに」


 勢いよく地面を蹴り上げ、一気に加速する私はまず手前の二人を手刀で片付けた。

首裏に強い衝撃を受けて倒れる前衛を一瞥し、今度は後衛の三人へ手を伸ばす。

が、彼らの放ったナイフを目視するなり抜刀した。

狙いは間違いなく、後ろに控えるミリウス殿下だから。

『護衛対象の安全を最優先に』と考えていると、ディラン様が声を上げる。


「こっちのことは気にせず、目の前の敵に集中して」


 『そういう役割分担でしょ』と宣い、ディラン様はグリモワールを開いた。

かと思えば、向かってきたナイフを全て火炎魔術で焼き払う。

見事に灰だけとなったソレを一瞥し、残った炎で壁を作った。

恐らく、結界代わりのつもりだろう。


 あっちは大丈夫そうね。なら、私も自分の役割を果たさないと。


 視線を前に戻して剣を構え、私は一気に距離を詰める。

そして、相手に反抗する隙を与えずに倒した。

剣の持ち手部分を使い、鳩尾を殴打する形で。


「全員生け捕りとは、素晴らしいね」


 炎の壁の後ろからひょっこり顔を出し、ミリウス殿下はニッコリ笑った。

『事情聴取が捗りそうだ』と述べる彼を前に、私は剣を仕舞う。


「ディラン様のおかげです」


「いや、僕は何もしていないよ?」


「いえ、そんなことはありません。ディラン様が後ろに居てくれるだけで、心にゆとりを持てましたから」


 『安心して戦えました』と素直な気持ちを口にすると、ディラン様は赤面する。

グリモワールを閉じて炎の壁を消しつつ、タタタタタッと私の元へ駆け寄ってきた。


「じゃあ、これからはずっと後ろに居るね」


「それはもはやストーカーだよ、ディラン」


 ミリウス殿下は思わずといった様子でツッコミを入れ、やれやれとかぶりを振る。

『本当に重症だな……』とボヤく彼を他所に、私はディラン様の横へ並んだ。


「後ろに居てくださるのももちろん嬉しいですが、私は隣の方が好きです。こうやって、お顔を見れますし」


 横からそっと覗き込み、私はニコニコと機嫌良く笑った。

すると、ディラン様は更に顔を赤くしてコクコクと頷く。


「……ぼ、僕も好き」


 蚊の鳴くような声でそう答え、ディラン様は再度手を繋いだ。

ギューギューと力いっぱい握ってくる彼を他所に、ミリウス殿下は腰に手を当てる。


「とりあえず、この襲撃犯を騎士団本部へ引き渡そうか」


 ────その言葉を合図に、私達は動き出し、人を呼びに行ったり書類を作ったりした。

おかげでかなり時間を取られ、予定がズレ込む。

『帰宅は深夜になりそうだ』と覚悟する中、次の襲撃が。

それにより、また戦闘や後始末を行わないといけなくなり、一向にスケジュールを消費出来ない。

しかも、やっと終わったと思ったらまた……という展開。


 今日一日だけで五回も襲撃を受けるなんて、一体どうなっているの?

権力者だから狙われるのは分かるのだけど、皇城内でこんなに襲われることってあるのかしら?

だって、ここは本来警備が厳重で刺客を送り込む隙なんてほとんどないから。


 『明らかに回数がおかしい』と思案し、私は真っ暗になった空を一瞥する。

と同時に、ミリウス殿下の執務室のカーテンをサッと閉めた。


「あの、ミリウス殿下」


 振り向き様に声を掛けると、執務机に向かっていたミリウス殿下は顔を上げる。


「なんだい?」


「失礼ですが、何故ここまで執拗にお命を狙われているのですか?何か心当たりがあるのなら、教えてほしいです」


 護衛に事情説明なんて必要ないかもしれないが、どうしても気になって質問を投げ掛けた。

すると、ミリウス殿下はおもむろにペンを置いて苦笑する。


「やっぱり、異常だと思うよね」


「はい」


 迷わず首を縦に振ると、ミリウス殿下は小さく笑う。


「グレイス卿は正直だね。駆け引きを知らないというか、なんというか。まあ、そういうところ嫌いじゃないよ」


 サファイアの瞳をスッと細め、ミリウス殿下はゆるりと口角を上げた。

その途端、ディラン様が私の腰を抱き寄せる。


「……あげませんよ、いくら殿下でも」


 これでもかというほど独占欲を露わにし、ディラン様はマントで私を隠した。

野良猫のような警戒心を見せる彼の前で、ミリウス殿下は小さく息を吐く。


「分かっているよ。横取りするつもりなんてないから、安心しておくれ」


「……なら、いいですけど」


 持ち上げたマントをそっと下ろし、ディラン様は独占欲や警戒心を打ち消した。

が、私の腰から手を離すことはなく、ずっと抱いている。

『ディラン様は相変わらず、くっつくのが好きみたい』と思案する中、ミリウス殿下は両手を組んだ。


「それで、私の命を狙われている理由だったね?結論から言うと、心当たりはあるよ」


 『むしろ、ありすぎて困るなぁ』と冗談交じりに言い、ミリウス殿下は少しばかり身を乗り出す。


「君に事情を話すのは構わないけど、そうなると完全に関係者になってしまう。それでも、いいのかい?」


 『知る覚悟はあるのか』と問い、ミリウス殿下は真っ直ぐこちらを見据えた。

どことなく威圧的な雰囲気を放つ彼の前で、私は姿勢を正す。


「愚問です、殿下。私は貴方の護衛任務を引き受けた時点で、関係者のつもりですから」


 『覚悟なら、もう出来ている』と主張すると、ミリウス殿下はニッコリ笑って席を立った。


「そう。なら、全て話してあげるよ。一人だけ何も知らず、仲間外れなんて嫌だよね」


 ────そう言うが早いか、ミリウス殿下は静かに語り出す。

これまでの襲撃を企てた黒幕とその目的、今後の展開などなど……赤裸々に。

平民である私にはあまりピンと来ない話だったが、とにかく凄く危険で大変なのはよく分かった。

『権力者って、苦労が絶えないのね』と思いつつ、私は結局夜更けまで護衛任務をこなす。

そして、一度自宅に帰って仮眠を取ると、直ぐに仕事へ戻った。


「うぅ……眠い」


 廊下で会うなり抱きついてきたディラン様は、私の首筋に顔を埋める。

と同時に、グリグリと額を擦り付けてきた。


「たった三時間の睡眠で、疲れが取れる訳ないよ……スケジュール管理、どうなっているの」


「お辛いようなら、今日は休みますか?ミリウス殿下の護衛は、私の方で何とかしますから」


 たった三時間程度の睡眠でもピンピンしている私は、『ディラン様の分まで頑張りますよ』と意気込む。

が、


「そんなの絶対にダメ」


 と、ディラン様に即却下された。


「昨日の説明、聞いていたでしょう?最近の襲撃は普通じゃない。ミリウス殿下やグレイス嬢に何かあったら、後悔してもし切れないよ。だから、休まず頑張る」


 ゆっくりと身を起こして宣言し、ディラン様は前を向く。

眠い目を擦ってしっかり立つ彼に対し、私は少しばかり目を見開いた。

────と、ここでミリウス殿下の寝室前に辿り着く。


「やあ、二人ともおはよう。朝早くから、悪いね」


 そう言って、扉の向こうから現れたのは他の誰でもないミリウス殿下だった。

白と金をベースにした正装へ身を包む彼は、爽やかな笑みを浮かべる。

と同時に、私達の横を通り過ぎた。


「じゃあ、行こうか」


 目的地である食堂へ足を向け、ミリウス殿下はどことなく張り詰めた空気を醸し出す。

というのも、そこには襲撃の黒幕も居るため。


 さすがに他の人の目もある中で何か問題を起こすことはないだろうけど、一応警戒しておこう。

なんせ、相手は────エタニティ帝国の第二皇子なのだから。


 ミリウス殿下に次ぐ権力者である彼を思い浮かべ、私は気を引き締めた。

『油断大敵』と自分に言い聞かせながらミリウス殿下の後を追い掛け、目的地へ到着。

用意されたテーブルへ着く殿下を見届け、私はディラン様と共に壁際へ立った。

その瞬間、扉が開き、白銀色の長髪を目にする。


 あれ?この人って、もしかして……。


「あっ!おはよう、兄さん・・・


 後ろで緩く結んだ長髪を揺らし、見目麗しい男性はニッコリ笑う。

ルビーの瞳を愉快げに細めながら。


「ああ、おはようサミュエル。毎度のことだけど、呼び方と言葉遣いがなってないよ。いつになったら、正しい礼儀作法を覚えてくれるのかな?」


 ミリウス殿下はわざとらしく肩を竦め、やれやれとかぶりを振った。

かと思えば、トンッと人差し指でテーブルを突く。


「仮にも私の弟なら、もう少し賢く振る舞ってほしいものだよ────第二皇子サミュエル・アルノー・エタニティ」

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