第9章:澄野 優

第43話 正答

 自分がまちがっていないことに気づいたのは、帰りの電車を下りる間際だった。

 帰りの電車は来るときと違って順調に走った。それどころか、遅れを取り戻すためだろう、たぶんふだんよりも速く走っていた。特急待ち合わせの駅でも、特急はすぐに来て追い抜いて行った。

 その窓の外を、雪をかぶった街や田んぼや畑が通り過ぎて行った。大きな道路はいつもどおり車が走っているようだったが、枝道はもうすっかり雪に覆われている。

 最初は、どんな顔をして家に帰ればいいだろうと、そればかり考えていた。

 あのひととは違う。

 あのひとは、できていても、できていなかったような顔で家に帰ってくる。それで許される。

 でも、自分はどうだろう?

 いつもどおり、自信のある顔を装うことができるだろうか。

 そう思いながら眠りに落ちかけて、頭のなかで、放物線を描いて、その三つの点をとって、三角形を描いてみる。

 その両側に、問題の指示どおり線を引いて、三角形を作る。

 左側の三角形は、直線の傾きから言って直角三角形になるから。その直角三角形を折り曲げて三角錐を作る。

 「あれっ?」

と思った。

 体積はすぐわかる。問題は表面積で……。

 「わかった!」

と、ゆうは声を立てそうになって、目が覚めた。

 後ろの席のうるさい子たちが答えが整数になると言っていたのは、三角錐のすべての面が直角三角形になると考えたからだ。

 でも、そうはならない。すべての面が直角三角形では三角錐にならない。

 なんだ、わたしの答で合ってたんじゃん、と思う。

 思ったところで駅に着いた。

 危ないところだった。駅にはお父さんが迎えに来ていた。もし電車を降りる直前に気がついていなければ、優は、試験に落ちたかも知れないという顔でお父さんに会わなければならなかった。

 あのあいのように不景気な顔で。しかも、愛の不景気な顔は家族も見慣れているけれど、優が不景気な顔をしていると、どう思われるかわからない。

 その事態は避けられた。

 お父さんの車に乗せてもらって家まで帰る。

 車に乗せてもらったことはこれまで数え切れないほどあるが、チェーンをつけた車に乗るのは何年ぶりだろう。来るときに乗ったバスと同じで、がたっ、がたっと揺れる。スピードは上がらない。ときには横滑りする。運転しているお父さんはそれどころではないだろうけれど、ジェットコースターでも体験できない動きで、車に乗っていてこんなにおもしろいと思ったのは久しぶりだ。

 そのこともあって、優は機嫌よく家に帰ることができた。

 時間も遅かったので、すぐに晩ご飯ということにした。

 試験のことはほとんど話さなかった。あのひとからもらったチョコレートと焼き菓子をお母さんに渡す。

 優のぶんがひと箱別につけてある。そう言えば、あのひとはそんなことを言っていたとようやく思い出す。わざわざ「優へ」と手書きで紙に書いてその紙を結んである。

 ああ、よけいなことはしなくていいのに!

 あのひとがチョコレートをくれたおかげで、あのひとが元気そうだったかとか、あのひとが寮でどんな暮らしをしているのかとか、そういう話になった。寮でどんな暮らしをしているかはわからなかったが、駅前の洋菓子屋さんのことも知っていたこと、満梨まりさんというお店の人と仲良しになっていることなんかを話した。

 「あの愛がねぇ」

とお母さんは言う。

 「引っ込み思案だとばかり思ってたけど、楽しくやってるんだね」

 いまでも引っ込み思案なことには変わりなさそうだ。

 でも、今日、優が落ちこんでいたときに見せた、あの決めつけぶりはどうだろう?

 しかも、決めつけたことがぜんぶ当たっていた。くやしいけど、事実だ。

 あのときの愛は引っ込み思案なんかではなかった。

 おばあちゃんは、自分がチョコレートが得意でないのを覚えていてくれたことと、離れて暮らしているおじいちゃんにもお菓子を買ってくれたことを、とくに喜んでいた。

 この反応は、あのひとに電話かメールか何かで知らせてやってもいいと思った。

 それで、お父さんとお母さんとおばあちゃんの話は、優が受験に行った話より、優がお姉ちゃんに会ってきた話に集中して終わった。

 家族が家族の話で持ちきりになるのは、正直、うざったいと思う。でも、ものごとが思い通りに行かなかったとき、家族での話でこういうふうに話がれるのはありがたい。

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