訳あり公爵と野性の令嬢~共犯戦線異状なし?
ねこたま本店
第1章1話 野生の令嬢と始まりの奇縁
ニアージュ・ラトレイア侯爵令嬢は、正当な侯爵令嬢ではない。
クロワール王国に属するラトレイア侯爵家の当主が、屋敷の使用人に戯れで手を付けた末に生まれた、婚外子だ。
しかし幸いな事に、夫の女癖の悪さと、夫が密かに愛人を何人も囲い、外で幾人もの婚外子を儲けている事実を以前から知っていた侯爵夫人は、生まれた子供の存在を公にしない事と、今後母と同じ使用人として教育する事を条件に、ニアージュの存在を黙認した。
だがその黙認は、ニアージュが生まれてから日が経ち、ぱっちりと目を開いた瞬間に無効となる。侯爵と同じ赤銅色の髪だけでなく、同じ青い瞳まで持っていた事が、侯爵夫人の不興を買ったのだ。
当然ながら使用人である母もまた、侯爵夫人からの覚えが悪くなった。
全く持って理不尽な事だ。
そもそも、ともすれば子が生まれるような行為を、ニアージュの母に強要したのはラトレイア侯爵であるし、ニアージュが侯爵と同じ色の髪と瞳を持って生まれた事も、母の責任ではない。
しかし相手は侯爵夫人。
残念ながら、そんな理屈が通じるような存在ではなかった。
そして最終的にニアージュは、王都より遠く離れた片田舎にある、小さな別荘の管理人に任ぜられた母に連れられて、王都を出る事になった。
そこは遷都以前の土地に建てられた、数百年前の小さなぼろ屋敷。
もはや侯爵一家も足を向けぬ、打ち捨てられたも同然の土地へ母子は向かう。
ほとんど身一つに近しい状態で。
ニアージュが2つだった頃の話である。
世間から見れば、それは不運な女と不遇な娘の不幸話でしかないだろう。
だが、ニアージュの母は公爵家からの仕打ちに心を痛め、打ちひしがれる事はなかった。
むしろ彼女は喜び勇んで、新たな生活を受け入れた。
その様たるや、水を得た魚の如く、である。
元々ニアージュの母は、王都の郊外にある田舎町の出身で、きらびやかな都会の暮らしより、素朴な田舎暮らしの方が肌に合っていたのだ。
彼女にとって、これは追放でもなければ放逐でもない。
むしろ栄転である。
楽園への移住である。
もはや最高のご褒美であった。
かくして母子の生活は、絵に描いたような順風満帆さで始まった。
別荘のすぐ側に小さな村があり、そこの住人達と交流を持てた事も大きかったと言えよう。
人好きで親切な村人達との交流は、母子2人での生活と、何よりニアージュの成長に、大変いい影響をもたらした。
村の村長夫妻は、日々の仕事で忙しい母に代わって、幼いニアージュに字の読み書きと世の成り立ちや常識を教え、薬師は薬草と毒草に関する知識や、食べられる野草、キノコなどの見分け方を教えた。
そのうちニアージュが成長し、身体が大きくなってくると、今度は農夫が基本的な畑仕事のやり方や、作物の育て方、コツなどを教え始め、猟師は安全な山林の歩き方、獲物の狩り方と解体の仕方を教えた。
そして、村の片隅で隠居生活を送っていた、元王城勤めの騎士だった老人は、貴族の血を受け、見目よく育ったニアージュを心配し、護身術や剣、槍の使い方を教え、後学の為にと、貴族社会の話なども語って聞かせた。
ニアージュは、周囲の大人達の教えを真綿が水を吸うかのような速度で吸収し、知能を育み、知識を蓄えていく。
そうして、ラトレイア侯爵が母子の暮らす僻地に、ただの一度も顔を出す事のないまま時が流れる事、13年。15の歳を数えるに至ったニアージュは、とても立派に成長した。
見目麗しく、たおやかで気品ある淑女――
ではなく、見目麗しくも逞しい野生児として。
だがあくる日、世界の運命は麗しき野生児ニアージュを、自由気ままに田舎で暮らす生活から突如引き剥がした。
ニアージュが16の誕生日を迎えたひと月後、今の今までニアージュ達母子を放置していたラトレイア侯爵が突然別荘へやって来て、ニアージュの身柄を寄越せ、と言ってきたのである。
ラトレイア侯爵は、少しでもニアージュ達の前で偉ぶりたいのか、持って回った言い回しや小難しい物言いを多用しながら話していたが、要するに、臣籍降下した元王太子の公爵と結婚し、種無しだった現王太子の代わりに王家の血を受け継ぐ子供を産め、と、ニアージュに言いたいらしかった。
はっきり言って、ラトレイア侯爵が持ってきた話は、ニアージュにとって迷惑千万以外の何物でもない。
元王太子だか誰だか知らないが、一体何が悲しくて、顔も人間性も全く分からない男の元に交際0日で嫁に行った挙句、そいつの子供など産まねばならないのか。
一応、結婚から3年経っても子ができない場合は離縁となる、とも言われたが、侯爵家の娘としての矜持がどうだの、
相手が侯爵でなかったら、この時点で2、3発は頬を張っている所だ。
いや、むしろ本当は元騎士である師匠から受け継いだ技を如何なく発揮し、ラトレイア侯爵をフルボッコにして王都に送り返してやりたかった。
しかしながら、ニアージュとラトレイア侯爵との間にある、埋めようのない立場と身分の差がそれを許さない。
何より、初めてまともに顔を合わせた種馬男――もとい、自身の父であるラトレイア侯爵は、その性根の汚さと卑怯さが、無駄に造作のいい顔と態度から滲み出ているように見えた。
今ここで下手に歯向かえば、母や村に住んでいる友人知人、恩人達が、この下半身ユルユルのクズ野郎に何をされるか分からない。
ニアージュはそう直感したのである。
ゆえにやむなくニアージュは、ラトレイア侯爵に言われるがまま住み慣れた田舎を後にして、王都にあるラトレイア侯爵邸へやって来た。
侯爵家へ来てすぐ、取ってつけたように侯爵令嬢の身分を押し付けられたニアージュを待っていたのは、ラトレイア侯爵夫人やその娘達から向けられる白い眼と、酷く遠回しで婉曲なイビリ。
そして、半年にも及ぶ窮屈で辛い淑女教育だった。
詰め込み教育もいい所である。
しかし、それでもニアージュは耐え抜いた。
どんな手を使ってでも、そのナントカいう公爵と白い結婚を貫き、3年後には大手を振って故郷へ戻ってやる、という、強い決意と意思を胸の中に滾らせて。
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