第5話 契り

「男前になったもんだな……」


 真冬の祝言姿を見て斗馬は染み染みとそう言った。スラリとした立ち姿に身内でも惚れ惚れするほどである。


「やめてよ、惚れないで? この後の主役に」

「いやいや、俺は彼女一筋だから」

「そこは惚れようよ」


 斗馬の惚気話に付き合う気は無い。

 相槌を打ってもいないのに話し始める斗馬を見て、真冬は視線をずらし、横に立つ豊を見る。


「……兄さん」

「ん、なに?」

「彼女のこと、幸せにしてあげてね」


 今にも泣きそうな豊の姿を見て、真冬は微笑んだ。優しく頭を撫でて、涙腺崩壊した豊を抱きしめ、安心するように言葉を交す。

 時間は着々と過ぎていき、そろそろ花嫁が家に来る時間だ。祝言であるため、誓いを交わすのは身内になる人々にだけ。

 結婚式であるならば神様に誓いを交わすのだが、真冬たっての希望でまずは祝言を上げることにした。


「……兄さん、来たよ」

「ああ、……綺麗だね」


 ゆっくりと歩いてきた、視界の先にいるのは花嫁となるべき人物の、女性である。

 白無垢姿の彼女は誰が見ても美しく、清らかな花嫁だ。

 そんな彼女を見て誰よりも嬉しそうに、悲しそうに笑っている豊に真冬は一言呟く。


───安心して。


「え……」


 ニコリと笑いかけた後、真冬は花嫁の隣に立ちしゃんと背を伸ばす。

 両親からの祝辞や、改めての新郎新婦入場等を行うと、次にくるのは三献の儀である。これは三度お神酒を酌み交わす、祝言でいう第一の誓いであった。

 これを飲めば、晴れて二人は婚約を交わす。

 一番おめでたいその瞬間に、突如空から蒼色の光が降り注いだ。光の雨のように降りきらめくそれを見て、周りは困惑し、けれどその美しさに目を輝かせる。


「これは……」

「誰かからのお祝いだろうか?」

「わあ、綺麗」


 後ろから聞こえる言葉は幸せなもので溢れていた。それはそうだろう。晴れやかでおめでたい祝言なのだ。

 村人を誰よりも大切に想うあの人が、不安と狂気に溢れたことをするわけがない。


「──っ来ると思ってましたよ!」


 突然叫んだ新郎の言葉に、蒼色の光を見つめていた他の人々は驚いて前を見る。

 すると先程まで二人並んでいたはずの場所には誰もおらず、真冬が投げたのか、花嫁は彼の弟、豊の元に。

 真冬自身は降り注ぐ蒼色の光の元に駆け走っていた。

 足を止めることなく進んだその先に手を伸ばし、真冬は光の後ろに隠れていた愛おしい彼女の腕を引く。


「ほら、姿を見せて。俺の本当の花嫁さん」

「……っ真冬……!」


 真冬が差し伸べた先の空から姿を現したのは、誰も見たことがない「誰か」だけれど、その存在だけは生まれた瞬間からその身に刻み込まれていた。

 人生で一度だけ見た子供らも、狐の面で顔を隠していたため本当の姿は見られなかった。しかし今、この場にだけは、守り神様は狐の面を付けずに舞い降りる。


「あれが……守り神様の姿」


 ポツリと呟いたのは、真冬と同じく伴侶候補であった斗馬である。あの時逃げ出した事を、後悔していると言っていた。

 真冬が引き寄せると、葵はされるがままにその腕の中に抱き寄せられている。

 ずっと伴侶を求めず、独りであることに諦めていたこの村の神様を、身内の一人が救い出したのだ。

 真冬にぎゅうと抱きしめられている守り神様は、とても嬉しそうに、幸せそうに笑っている。


「真冬、お前は、あそこの花嫁の……っ」

「あそこにいる花嫁は、弟のお相手です。とても綺麗な人ですから、俺以外に想う人ができたんです。……でも貴女は駄目だ。貴女は俺のものです。貴女だけは、誰にも譲らない」

「……今日は、お祝いをしに…」

「蒼色の光を見せたのに? 悲しかったんでしょう、辛かったんでしょう、俺が他の誰かと結婚すると聞いたから。本当にお祝いするつもりなら、貴女は誰の目も邪魔せずとも光を放つ、白色の光を見せるはずだ。あの蒼色の光の雨が、俺への想いの証拠です」

「私は、ずっと……、……一人で…」

「もうさせません。俺が側にいます。もう悲しい思いをさせないために、貴女の側にいさせてください」


 葵が涙を流すのなら、真冬はそっと受け止める。葵が手を伸ばしたのなら、真冬がその手を握り返した。

 肩を抱き、額を寄せる。

 真冬が愛おしそうに微笑むと、葵は顔を赤らめて笑みを浮かべた。今までずっと隠されていた笑顔をようやく堪能できる。

 そっと手のひらを葵の頬に置くと、真冬はゆっくりと口元を近づけていく。葵は一瞬驚いたように目を見開き、けれどすぐに受け入れて、瞼を下ろす。

 明るい日差しが差し込む。森の方からは鳥の鳴き声が聞こえた。この世の誰もが祝福しているように感じる。

 これは神様への誓いでもなければ、身内への誓いでもない。二人だけの誓いの印だ。

 

──ずっと解かれてきた想いがようやく結ばれたことを表現するように、二人の唇が重なり合った。

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リンと鳴らせ〜〜初恋の相手は神様でした〜〜 ささみ @no_mag

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