第4話

  突然の出来事に叫びそうになるが、小春さんの手によって、開きかけたわたしの口が塞がる。


「しー、大きな声出さないでね。お母さんが起きちゃうから」


 それでも、一度叫びかけたエネルギーが爆発しそうになる。


「静かにできるよね?」


 彼女の鋭い声に従い、もごもごしていた口が落ち着き弱々しく頷く。


「はい、よくできました」


 わたしは、本能的にこの人に逆らえないんだと悟る。


 シャワーの水音が静かに部屋に響き渡り、このあと何が起きるんだろう?とモヤモヤを抱く。


「なんで一緒にシャワー浴びるんですか?わたしが、浴びたあとでもいいと思います」


「一緒のほうが水道代節約できるでしょ?」


「本当にそれだけですか?」


「もちろんそれだけじゃないよ。鏡見てみ」


 言われた通り鏡を見ると、裸の小春さんとわたしが写っていた。


 小春さんの体だけじゃなくて、わたしのも見えることで、一気に現実感と羞恥心を覚える。


「顔真っ赤で可愛い」


 そんなこと言わないで!!恥ずかしさのあまりに、鏡越しの視線から顔を反らす。


 そして今さらになって手で大事な部分を隠す。


 小春さんは、スレンダーでスタイル抜群で羨ましい。それに比べてわたし…


「お前の体もキレイだよ」


 優しく体に触れ、まるで心を見透かしたように言う。


「そういえば、名前をまだ聞いてなかったな。教えて」


「小鳥遊唯です」


「へー可愛い名前じゃん。似合ってるよ」


 急に褒められて少し照れくさい。


「でも小春さんのほうが可愛いです。わたしも、小春さんのようにナイスボディなら…」


「なんだよその反応。好きなやつでもいんのか?大丈夫だって、唯は今のままでも可愛いから」


「そ、そんな人いないです!!」


「そいつは男か?それとも女か?」


「どうしてそこで女の子が出るんですか!?」


 急な質問に戸惑う。たしかに女子高なら、女の子どうしの恋愛が存在するって聞くけど。


 わたしに限って絶対ない。わたしより可愛い女の子がたくさんいるし。


「どうしてって?だって…」


 その瞬間、目の前が影で覆われた。ビックリして思わず目を閉じてしまった。何が起きたかと、目を開くとなんと壁ドンをされていた。


「こんなことされても、拒否しないじゃん」


 一瞬ドキッとしたが、その思いを隠して小春さんを腕で押し退け距離をとる。


「あまりふざけたこと言わないで下さい!!」


「ごめんね少しイタズラがすぎたね。でも顔が真っ赤だよ?」


 これ以上は心に余裕がなく、浴室から飛び出した。


 その後ろ姿を見て彼女は、やりすぎたなと思いながら

「学校にいく楽しみできたかも」


 と小さく呟いた。


――


なんなのあの人!人の心を、もて遊ぶかのようにからかって。


 はぁ…思わず飛び出してしまったけど、ここどこだろう?


 街中ってのは分かるけど、普段出かけたりしないから分からない。


 しかも、いま着てる服小春さんのなんだよなぁ。わたしの服は置いてきたままだし。


(戻らなきゃ…)と思いつつも、どんな顔をして戻ればいいのかがわからない。


 いきなり何も言わず飛び出したし、怒っているのか、心配しているのか、それともただ驚いているのか。考えただけで、ますます頭が混乱する。


 やっぱり怒ってるかなぁ。


 わたしはその場に立ち止まり、一度大きく深呼吸をする。


 それにしても、服がダボダボで歩きづらい。なんか、彼シャツみたい…


 そう思いながら、袖の部分に顔を近づける。


「あっ、いい匂いする…」


 …ってなんで、あんなことがあったばっかりなのに、キュンキュンしてんの!?


 思わず自分の行動に呆れてしまう。


 ふと街中を見渡すと、夏休みを楽しむ人たちで溢れていた。


「一旦、家に帰ろ」


 そう思いスマホを取り出すと、充電が切れていた。


 どうしよ?これじゃあ帰れないよ…周りの人に聞けば駅までの道が分かるかな?


 周りを見渡すと、自分と同じくらいの年齢の子を見つけた。


 勇気を振り絞って、声をかけようとする。


「あ、あの…」


 声が小さかったのか気づかれなかった。

 もう一度さっきより大きな声を出す。


「あの!」


 するとイヤホンを外しこちらに気づいた。


 しかしそれ以上勇気が持続することはなく、目があった瞬間たじたじになってしまう。


「な、なんでもないです!!すみません」


 そう告げ、また逃げ出してしまう。


 逃げた先は、自然と人通りが少ない場所だった。この調子なら一生帰れないかもと落胆する。


 一生帰れないかも、という最悪のシナリオを想像し、膝を抱え悩んでいると


「どうしたの?」


 と声をかけられた。見上げると、スーツをバシッときめた2人のOLがいた。


 親切な人だ!この人たちに助けてもらう!!


 まるで神と出会ったかのように、涙を浮かべ起き上がる。


「あの実は、」


 今のわたしの状況を伝えると、快く教えてくれた。


「ありがとうございました!!」

 と感謝を述べ、その場を後にしようとすると


「ねぇ、まだ帰るには早くない?」

「お姉さんたちといいことしない?」


 な、なんだろう?


「親切にしてもらって申し訳ないのですが、疲れちゃってはやく家に帰りたのですみません」


 嫌な予感がし、そう言い逃げようすると、力強く腕を掴まれた。


「お姉さんたち、いい休憩場所しってるよ。そこで休んでいきなよ」


「あの…」


 怖くてそれ以上言葉が出なかった。


 どうしよう…力がでない。誰か助けて…!


 日も落ち徐々に暗くなり、不安と恐怖が心を支配する。逃げようとするが周りには助けてくれる人もいない。


 力強く腕を掴まれたまま、わたしはその2人のOLたちに、知らない場所に連れていかれた。


 ――


「着いたわよ」


 お城を彷彿させる建物と、辺りをピンク色に照らすライト。


 全く知識がないわたしでも、なんとなく分かる。


「あの、本当に休むだけですか?」


 震えた声で聞く。


「もう分かってるくせに」


 2人はお互い見合ってクスクスと笑っていた。

 2人の反応で確信に変わった。


「ちょっと待ってください。わたし本当に帰りたいんです!」


「ここまで来てそれは無理でしょ」


「嫌な思いはさせないから。あなたはわたしたちに、身を任せるだけでいいわよ」


 彼女たちは笑みを浮かべながら、わたしを引っ張り込もうとする。背筋に悪寒おかんが走り、鼓動が激しく高鳴る。


「やめてください!!離してください!!」


 と声を張るだけの弱々し抵抗をした。

 それも通じることなく、泣きそうになる。


 ふと小春さんから借りた服が目に入り咄嗟とっさ


「助けて小春さん…」


 と涙と共にポツリと言葉をこぼす。


 すると、


「おーい唯なにしてんだ?」


 今1番聞きたかった声が聞こえる。


 振り返ると、小春さんがそこに立っていた。


「小春さん!!」


 小春さんは周りを見て状況を理解する。


「すいませんね。そこの女わたしの女なんで。欲求不満なら2人でそこのホテルで、楽しめばいいんじゃなんすか?」


 そう告げると彼女たちは、苦虫を噛み潰したかのような表情で去っていった。


「あーあ久しぶりの上玉だと思ったのに、あんたが怖がらせるからこうなるのよ」


「女がいるなら最初に言いなさいよね」


 後ろ姿から、そのような会話が聞こえた。


 完全に姿が見えなくなり、その瞬間に緊張の糸がほどけその場に座り込んでしまう。


「どうして、ここにいるって分かったんですか?」


「急に飛びだしから心配で、すぐに追いかけたんだよ。お前ってチョロそうでどっか危なっかしいからな」


「なんですかそれ…でもありがとうございます。本当に嬉しかったです。あの恥ずかしながら、1人で歩けそうにないので、おぶってもらっていいですか」


 そう言うと「しかたねぇな」と言いたげそうな表情でおんぶした。


 落ち着ける場所に行きたかったので、一旦小春さんの家に向かうことになった。


 ――


「あの、あとどのくらいで家に着きそうですか?」


「あと少しだと思うぞ」


 ヤバい…おしっこ漏れそう。そういえば、今日は一回もトイレに行ってない。


 まだ体が震えて力が入らないし、おんぶされてるから、歩くたびに振動がピンポイントに響く。


「あのな、わたしだってあちこち走りまわって疲れてるんだよ」


「いいから急いでください!!大変なことになるので!!」


「ワガママなやつだな。分かったよ急ぐよ…あっ家が見えてきたぞ」


 本当にヤバい。ここで漏らしたら小春さんの背中にぶちまけてしまう。


「ほら着いたぞ」


 その瞬間、この我慢地獄から解放されるという喜びから、わずかに残っていた力が緩みダムが決壊する。


「小春さんごめんなさい」


「はっ?いきなりなんだ…ん?なんか背中が温かい」


 その温かさの正体に気づいた小春さんは、今日1番の大声をだした。


 わたしはひたすら、手で顔を隠しながら「ごめんなさい」の一言を連呼していた。


 ――


「お前のせいで2回目のシャワーなんだけど」


「本当に申し訳ないです」


 こうして波乱の1日を終えた。



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