夏休み編

第1話

 キーンコーンカーンコーン


「それではケガや事故・事件に気をつけて、楽しい夏休みを過ごしてください」


 先生の退屈な話が終わり、夏休みを告げるチャイムが鳴る。


 周りの子は友達と、夏休みの計画を話し合って盛り上がっている。


 夏休みはビッグイベントなので、そわそわする気持ちは分かる。


 だがわたしは違う。とにかく家でダラダラしたい!!効率的にRTA並みの動きを見せ、最速で帰る準備をする。そして、速攻で教室を飛び出し帰宅する。


 ――


「熱くて溶けるかと思った…」


 帰宅してすぐ、ベタついて気持ち悪い体を洗い流すため、シャワーを浴びる。


 シャワーヘッドに握り、曇った鏡を流すと鏡にわたしが映った。そこには、いたって普通の女の子が映っていた。


「なんでわたしみたいな、モブBがチヤホヤされてるんだろう…」


 まさか、ドッキリや罰ゲームとかで接してくれてる訳じゃないよね?


 鏡の向こうのわたしに触れても、冷たく全く魅力を感じない。


「もっとキレイに映してくれてもいいのに…」


 ため息を一つこぼす。


 そのあとダラダラしていると、時間はあっという間に過ぎ、夜になっていた。


 ベッドで寝転びスマホを手に取ると、陽葵さんからのメッセージが、目に飛び込んできた。


「夏休みは3人でたくさん遊ぼうね」


 陽葵さんからグループにメッセージが届いていた。


「たくさん思い出を作りましょう!!」


 本音は家にずっと引きこもりたいけど、たまには遊ぶのも悪くないかな、と思い返信をする。


 転校して数週間はずっと空気みたいな存在だってけど、そこから一気にクラス最上位の2人と友達に。


 そしてあっという間に夏休み。自分にとって、怒涛の展開すぎて疲れる。


 夏休みぐらいは平和に楽しく過ごしたいな、と願いを込め眠りにつく。


 ――


「よく寝た。もう10時か、寝すぎちゃったな」


 眠くてだらけてる体を動かすと、違和感を覚える。


 毛布の中に、わたし以外になにか温かくて、柔らかいものがある気がする。


 毛布を恐る恐るめくると、


「あれ唯ちゃん起きたの?おはよう」


 天使のような笑顔…かわいい…


 そんなこと思ってる場合じゃない!!


 急激に脳が覚醒し目覚め、飛び起きて一階にいる母のもとへダッシュする。


「お母さん!なんか知らないうちに、ベッドに美人が寝てるんだけど!?」


「お友達の陽葵ちゃんでしょ?遊ぶ約束があるって言ってたわよ」


 あれ?そんな約束してたっけ?


「とんでもなく可愛い子ねぇ。大切にするのよ。あとクッキー焼けたから持っていって」


「わ、わかった」


 混乱しながら、クッキーとお茶を持って部屋に戻る。


「ごめんね。わたしのせいで起きちゃったでしょ」


 姿勢よくベッドに座る陽葵さんがそこにいた。


「全然大丈夫ですよ。たぶん陽葵さんがいたから心地よくて、いつもより寝すぎたちゃったくらいですよ」


「そう?それなら今度はわたしがいることを、意識しながらもう一回一緒に寝てみる?」


 なぜか急に、陽葵さんからとてつもない色気を感じる。


 思わずゴクリと唾を飲み込む。


 友達として楽しい空気にするために、ふざけて言ってるだけだよね?


 それなら、わたしもそのノリに乗っからないと。


 わたしはいつまでも陰キャじゃありませんよ!!この数週間で成長しましたから。


「分かりました!一緒に寝ましょう」


 そう言ってドンっと寝ころび、ポンポンとベッドを叩き誘う。


「え…」

「どうしたんですか?わたしは準備できましたよ」


 自身に満ちた顔で陽葵さんを見ると、恥ずかしそうにモジモジしていた。


 未だにわたしはそういうノリだと思って誘う。


「唯ちゃんが悪いんだよ…」


 そうボソッと言って赤面しながらわたしの横に寝転ぶ。


 そうそうこれでいいんだよ…


 陽葵さんからなにか、ツッコミがあるのかと思い様子をうかがう。


 しかし、陽葵さんはなにもせずわたしと一緒に、温もりを共有しているだけだった。


 あれ?なんでわたしたち普通に寝てるんだろう。


 そこは、「冗談に決まってるじゃん」ってなるところだよね?


 なんでずっと黙ってるの陽葵さん!!


 なんか、とてつもない雰囲気を感じるのわたしだけ?


 なんかいやな予感がする。


 ――


 わたしは、どこにでもいる普通の女子高生、小鳥遊唯です。


 なぜかいま、クラスの委員長を務め、見た目ゆるふわ系美少女の陽葵さんが、わたしの家にいます。


 しかも陽葵さんは、赤面しながらわたしと一緒にベットで寝ています。


 理解できませんよね?わたしも理解できません。


「唯ちゃんぼーっとしてるけど、どうしたの?」


 いつもより距離感が近いからか、彼女の息遣いが耳元で感じられ、くすぐったさが胸を掻き立てる。


 近すぎて匂いも分かる。陽葵さんの匂いは、それはまるでヒマワリ畑にいるような爽やかな香りで、雲一つない晴天と夏の風を思わせる。


 こんな夏が似合う女の子なんていますか?そんな彼女がなぜか、わたしのベットで眠ってます!!


 心地よい夏のイメージに浸っていると、一気に現実に戻される。


 陽葵さんが、そっと足や手をわたしに絡めてくる。


 わたしたちの間に何が起きているのか、理解できないまま、ただ驚きと戸惑いが募っていく。


「ねぇ一緒に寝てるんだから、わたしのこと見てよ」


 そういうと体をぐいっと密着させる。


 や、柔らかい。温かくていろいろと柔らかい!!


「一緒に寝ると気持ちいいでしょ」


「は、はい気持ちいいです!!」


「そう…じゃあこの先のこともしてみる?」


 この先ってなに?いまから何が始まるの?


 一緒にベットで寝て、この先に起きることって…もしかして…もしかして!?


「この先ってなんですか?」

「もう、唯ちゃん分かっているくせに」


 耳元でささやくと、小悪魔風に笑いかける。


 一気に体に熱がこもる。心臓がハチ切れそう。


 そういうことだよね?心の準備ができてないよ!?


 ガッチガチに固まったわたしの体に、彼女が手をそっと添える。


「じゃあ、始めるね」


 その瞬間に緊張がピークに達し、意識を失ってしまう。


 大人の階段を踏むんだ、とわたしの意識が薄れていく。


 数分間寝ていると、体がポカポカ温まるのを感じた。


 腰や太ももに違和感を覚え、一気に意識が目覚める。


 目を開くと視界が真っ暗で、タオルが覆い被さっていた。


 すると、腰や太ももに程よい刺激を感じる。


 わたしはそれが快感だと気づく。


「はっ…、ん、ぁっ!…そ、そこっ…、きもち、い…」


 自然と声が漏れてしまう。


「って、なにをしているんですか!!」


 体を起こして、陽葵さんに視線を送る。


 あれ?そこに映し出された光景は、ただ普通にマッサージをする陽葵さんの姿だった。


「なにってマッサージですよー」


「で、でも気持ちいことって…」


「どんなマッサージを想像したんですか?もしかして、あんなことやこんなこと考えてたんじゃないですか」


 わたしの顔が燃え上がるように熱くなる。なんかわたしが、ちょっと期待しているみたいじゃないですか!!


 陽葵さんの顔が見れずに、ずっとうつむいていると


「えっち…」

 と耳元で囁いてきた。


「唯ちゃんが、こんなえっちな女の子とは思わなかったなぁ」


 散々言葉責めにあい、恥ずかしかったので


「今日はもう帰ってください!!」


 とクッキーを袋に詰めて渡し、陽葵さんを部屋から追い出す。


 扉の向こうから「また来るねー」と返事が聞こえてきた。


 人をからかって遊んで!陽葵さんは酷い人です。


 わたしも雰囲気流されて、えっちなこと考えちゃったよ。


 モヤモヤしていると、スマホから音が鳴りメッセージが届いていた。


 確認すると、「もし、本当にそういうことがしたかったら、いつでも言ってね」と書いてあった。


 もう!またわたしをからかって!!


「冗談はやめてください」


 と返信し、まくらに顔を埋めた。


 帰り際にきたメッセージが冗談なのか、本音なのかまだ小鳥遊唯は知らない。



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