生にしがみつく絵

@hineyuri

第1話

 「父親(ちちおや)がまた顔を出すまでしばらくかかるか。」一人アトリエの前で呟く男は国中のだれもが知るほどの画家の息子であった。

 新作を画廊で出せば必ず売り切れ。宮廷に呼ばれ、皇族の肖像画を描く。そして、ぜひ宮廷画家へと打診を受けるもそれをけり、自由に絵を描く男。……の息子。

 この男は幼いころには筆を持ったこともあったが、国内最高の画家である父親に「二度と筆を持つな。」と言われ、それ以来父親専属の運転手をしていた。

 子供と言われていた数年前までは足の長さが足りず、運転がおぼつかないこともあったが、近年は足も伸び、車の運転が安定してきてからは父親の仕事道具の買い出しの足として使われることも多くなった。

 「行ってくるよ。母さん。」男は今の母親ではない、実の母親の若いころの肖像画に言葉を投げ、くたびれた服のままドアを開け家を出た。

 「アンクルだ。」まだまだ小さい子供が母親と手をつなぎながら男を指さす。

 「あなたはお父さんの仕事を継いであんな風にならないようにね。」アンクルにも聞こえる声量で顔を醜くし、手をつないでいる子供に言う。

 アンクルは足を止めることなく町の上の方を目指す。

 「出来損ない。」

 「使えないものの方がまし。」

 「ごくつぶし。」

 「この町の恥。」

 声は町の上の方、スラムが近づくにつれて少なくなっていく。

 スラムにさらに近づいて行っているにもかかわらずアンクルの表情は柔らかくなっていく。

 遂にアンクルはスラムと呼ばれている場所に入る。

 アンクルはスラムに入ってすぐの大きめのレンガ造りの建物のドアを開く。

白髪交じりの豪快な髭を生やし、目に拡大鏡をつけ、眉間には見事なしわをつけた男に聞いた。

 「オヤジ、今日もここを使わせてもらっていいか。」

 「自由に使え。」アンクルのことを一瞥し、作業の手を止めることなくぶっきらぼうに言う。

 アンクルはオヤジと呼ぶその男に感謝し、建物内に入る。

 作業道具の入ったブリキ缶、材料の入ったブリキ缶を取り、オヤジと呼ぶ男の横の机に置く。

 アンクルは椅子を引き、座ってブリキ缶を開ける。

そして目に眼鏡型の拡大鏡を付け、作業を開始する。

 アンクルはこの無言の時間は嫌いではなかった。


 オヤジと二人して同じようにバラバラになった歯車を組み立てる。

 金属と金属が触れ合う小さな音だけ。

 ここらはオヤジのシマだから外では誰も騒がない。

 この静けさで俺の今の現状など気にすることもなく作業だけに集中できる。

 俺はいつものように時間を忘れて歯車を組み立てた。

 ふと手を止め、時計を見ると4時になっていた。

 「もうこんな時間か。」

小さくつぶやいた。

 「最後まで組み立ててからでも遅くないだろう。」オヤジが俺の言葉に返す。

 「でも、この最後の部品だけわからんのよ。」

 「それは、規制レバーっちゅう部品だな。」

 オヤジに取り付け方を教えてもらい、完成した。

 完成した歯車機構は完璧な音を立て、すべてがうまく噛み合い動く。

 あまりの美しさにため息を漏らす。

 「好きだねぇ。歯車。」完成した歯車機構を眺めているとオヤジに呆れられたかのように言われる。

 「だって、この地球は歯車で動いてるんよ?」

 そう。今俺が立っている惑星は人工的に作られた惑星。らしい。

 それが判明したのもつい150年前で、この国よりも北の大国がこの地球の下に何があるのか調べるために5キロほど垂直に掘ったらしい。すると大きな歯車の機構が現れた。

 その話は周辺諸国めぐり、衝撃を与えた。

 この国も本当のことか調べるために地面を掘った。すると北の大国の話が本当だったと判明した。

 このことから歯車機構のすべてを理解することができたらこの惑星を掌握することが可能だという噂も広がった。

 だが、下手に触ると都市の機能が陥落する危険性もあるため、この惑星の歯車機構の研究は進んでいないのが現状であった。

 「確かに、この惑星は歯車で構成されとるけど。」オヤジの顔に支配するなどできないだろうと出る。

 「まぁ、ロマンだよ。」

 「はよ帰れ。」ため息をつかれた上に、呆れたような顔で言われる。

 帰宅を急かされ、すごすご道具やらを片付ける。

 「また今度ね。」オヤジに向かって言う。

 オヤジはそれに鼻を鳴らすだけだったが、いつものことだったから気にしなかった。

 後は家路につくだけだった。

 オヤジの工房から少し離れたところから何やら争っているようなもめ声が聞こえた。

 ここらはオヤジのシマだから揉め事なんて聞いたことが無かった。

 だからこそ、興味が出てしまった。いったい誰がオヤジという驚異的な抑止力のあるところで揉め事なんて起こしているのだろうかと。

危険だなんて分かってはいた。

だけど、一歩興味を持ってしまったら止められないんだ。

揉め事の音源では、もう争う声では無くなっていた。

高度歯車機構が大破した時に出る潤滑油のにおいと音。それと二人の男の声がその空間では存在していた。

異常な空気を感じ、俺はすぐの曲がり角があるところで息を潜め、様子を盗み見た。

「抵抗するな!」

大柄なスキンヘッドの男が人型歯車機構(アンドロイド)から部品をもぎ取っている。

「いやだ。停止したくない……」人型歯車機構は不完全になってしまった声帯部品を震わせ、音を発し、男から逃れようとする。

だが、やはり抵抗もむなしく、人型歯車機構は次第に物言わぬ歯車の塊へと化してゆく。

両腕がもぎ取られ、その次は足へ。そのまた次は頭部のパーツを。

パーツを取られるたびに人型歯車機構は自分の死期が近づくのを感じ、泣きわめき、情けを懇願した。

ものの数分もすると人型歯車機構は袋に荒く入れられ、男によって持ち去られてしっまった。

俺はしばらくその場から動くことができなかった。

恐怖などではない。

人型歯車機構が最後に自らの自我を出したことだ。

本来人型歯車機構は自らの意思などを出すことが無い。

あの機体も凡庸型の2HP―G5という人型歯車機構のはずだ。

だったらなぜ。

気づくと俺は帰宅し、いつの間にかベッドにいた。

帰宅してからのことは何も覚えていないみたいだった。

その次の日も何も手につかず、ひたすらボーっとしていた。

街へ出ても気分が悪くなるばかりだから、町へ繰り出す気もなかった。

そしてまた、俺は気づいたらオヤジの工房にいた。

「気づいたか。」オヤジが俺をのぞき込んで言う。

「うん。」

「お前さん、目が死んでたしな。何があった?」久々に見たな。オヤジの心配顔。

俺は昨日あったことをオヤジに説明した。

 「あぁ、俺のシマでは禁止しているがほかのシマではよくあることだ。歯車を売るためにやるやつがいるんだ。お前は初めて見たんか。」

 「ここ以外ではよくあることなのか?」

 「そうだ。スラムではな。人間なんてそんなもんだ。」

 俺は昨日の人型歯車機構の生にしがみつく姿が頭からこべりついて仕方がなかった。

 生にしがみつく様子はこのスラムに住む人間と何ら変わりはなかった。

 どれほどみじめでも生にしがみつき、必死に生きようとするのは人間と何ら変わらないのではないか。

 それを悟った”私“はこれまでとは違った。

 世の中にも悟ってほしいと願った。

 私はすぐに行動に移した。

 「オヤジ、ちょっと付いてきてくれないか。」そう言ってオヤジとともに画材屋に行った。

 当然、私のことを知っている画材屋は私に画材を売ろうとしなかった。

 だが、オヤジがおはなしをしてくれたおかげで私は画材を格安で手に入れることができた。

 「お前さん、絵は描かないんじゃなかったのか?」

 「今なら描ける気がするんだよ。」根拠のない自信だった。

 「わかった。俺にできることならなんでも手伝うぞ。お前は俺の息子みたいなもんだからな。」

 俺はオヤジさんの工房を毎日のように借り、絵を描いた。

 絵の完成は3か月ほどかかった。

 「完成だ。」

 その絵は、私の人生の中での一番の傑作で、頭にへばりついたあの光景を落として、そのまま映したような絵になった。

 生に必死なために、他を傷つける男と、歯車が散り、パーツを取られつつも生に必死な人型歯車機構。そんな絵。

 オヤジに真っ先に見てもらう。

 オヤジは数秒停止した後、「誰だよ。お前に絵の才能がないとか言ったやつは。この国の誰よりも……。」と言っていた。

 絵を見た後のオヤジの表情は、私が今まで見たことのない表情だった。

 「この絵をどこか、大きく出したいんだけど、何かいい方法知らない?」今まで画家として活動をしてこなかった私はまたオヤジに頼るしかなかった。

 「それならこうするのはどうだ。」オヤジはいたずらをたくらむ子供のような顔をして私に提案する。

 「それいいね。」

 

 決行は早朝に行った。

 まだ人がまばらで太陽も少ししか顔を出していない。

 そんな朝に、オヤジの知り合いの手を借りて、絵を最新の写真機というもので写し、複製したものを新聞に挟み込み、そしていつものように新聞を配ってもらった。

 私は絵を見た人の反応をよく観察した。

 ある人は立ち止まり、絵に穴が開くぐらい見つめ、その絵を手帳にしまった。。

 またある人はその絵を見て、憤慨しビリビリに破いた。

 またある人はその絵を見て踊りだした。

 絵を見た人の反応はとてもいろいろあった。

 人がこれで何か目覚めればいいと思い、俺は活動を広げた。

 国中で絵を配った。

 私はとても大々的に活動をした。

 そして私は……活動を大々的にしすぎたのか、逮捕された。

 元々目を付けられていたのか、連中の動きは素早いものだった。

 裁判に即日かけられ、もちろん、死刑となった。

 なんと私の実の父親も来ていたのだが、父親は検察側の証人として来ていた。

 もちろん、私が不利になるようなことを盛って話していた。

 茶番のような裁判に思わず笑ってしまい、裁判官の顰蹙(ひんしゅく)を更に買ったのもあるかもしれない。

そして私は今、処刑台にいる。思ったより処刑されるのは早かったな。そんな考えも出てくる。

私の前には何万人もの民衆がいる。最前列には私の実の父親がいた。薄ら笑いを浮かべているようだ。

 もうすぐ私は死ぬ。見世物として私の死が披露される。

 「最後に何か言い残すことは?」処刑人が言う。

 「人間なんてそんなもんだ。」そう言い、目を閉じる。

 処刑人が斧を振り落とす。

 その瞬間、私の思想、イメージ、希望、絶望、私の持つものすべてが世界中に飛び散り、芽を出した。

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