渚を背に

光星風条

第1話 笑顔

「──2月17日、日本における出生数は700人です。人類の皆さまのご提供により誕生した新たな命は、このように大切にお世話しております」


 壁に映し出されたテレビ画面には、灰色のヒューマノイド型ロボットが生まれたての毛布に包まれた赤ん坊を抱え上げ、顔を近づけている映像が流れていた。ロボットは口角を上げて目尻を下げ、泣きじゃくる赤ん坊にではなく画面の向こう側にいる僕らに対して作り物の笑みを見せつけている。


「テレビを消して」


 僕が言うと真っ白の壁が顕わになった。僕はため息を漏らし、二人掛けソファの中央に深く沈み込んだ。


 こんな報告にいったいなんの意味があるのか。もう誰も生まれてくる子どものことなんか気にしてない。みんな自分のやりたいことをやるので一杯だ。


 僕はソファの背もたれに首をもたげ、右斜め後ろのコバルトブルーのドアを見た。ドアは半開きになっており、ベッドに横たわる父さんの足だけが見えている。もう半年はベッドに寝た切りで起きてこない。そして、きっとで偽物の母さんとよろしくやってるに違いない。


 僕は地下シェルターで最後に見た母さんの笑顔を思い出した。肌は死人のように青白く、頬はこけ、目は白く濁っていた。母さんは震える手で頬を撫でた。僕は泣いていた。母さんは僕を抱き寄せ「だいじょうぶ」と優しく声をかけた。笑顔だった。元気だった頃の面影はなかったけれど、あれは間違いなく母さんだった。


 だけど、にいるあいつを母さんとは呼べない。たとえ、病気前の母さんと見た目も、言葉も瓜二つだったとしても、あの笑顔だけは、絶対に母さんの笑顔じゃなかった。

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