【何度も見た光景】


 ――どうしてこうなった。


 人が多く行き交う放課後のショッピングモール。

 そこで春斗は目の前を歩く四人を見て、そんなことを思う。


 傍から見れば、春斗を含めた学生五人が遊びに来ているようにしか見えないだろう。

 しかし、こと春斗視点から見れば今の状況は、なんとも受け入れがたいものだった。


「あっ! 見て見て! あのお店ってラテが美味しいって有名なところじゃない!?」


 雪奈や遥と比べて数トーン高い声で楽しそうにしている一人の女子。

 フワフワとした茶髪の癖っ毛と、可愛いという言葉がよく似合う顔付き。

 彼女の名前は石崎莉穂といって、雪奈と遥の友人であり、未来でも河野夫婦と親交のあった人物だった。


 莉穂は自分よりも背の高い遥と雪奈の腕を取ると、ラテが有名だというお店に一直線で向かっていく。

 残されたのは春斗と陸の男子二名。


「……で? なんで俺を呼んだの?」


 春斗は今の状況をもたらした陸にそう聞く。

 本来なら放課後は雪奈と今後について話し合う予定だった。

 しかし春斗は陸、そして雪奈は遥からの緊急招集により莉穂を含めた五人で遊びに行くことになったのだ。


「いやー、石崎が行きたいって言い出してな。これでも俺は最初は反対したんだぜ? でもよ、遥がお前は絶対に呼んだ方が良いって聞かなくて」


 頭をポリポリと掻きながら陸は自分は悪くないと言わんばかりに肩を竦める。

 しかし、その浮かべている表情は明らかに言葉とは反していた。


「陸……楽しんでるよね?」

「なんの事だ? 俺としても同情してるんだぜ? 石崎のターゲットになってよ」


 陸はそう言うと、既に店に向かってしまった莉穂の背中に視線を向ける。

 ”石崎莉穂”。

 彼女は未来でも春斗と雪奈の頭を悩ませていた人物だった。


 根は悪い奴じゃない事は、無論二人とも知っている。

 そうじゃなきゃ未来でも関係を持つことは無かっただろう。

 しかし、根が悪くないからと言っても彼女の持つ特性が厄介なことには変わり無かった。


「ターゲット……ね。これからどうなるんだろう……」

「退屈はしないんじゃねーか?」

「……本当に勘弁して欲しいよ」


 春斗はそう言うと、徐に溜息をつく。

 そんな時だった。

 バシっという音と共に強い痛みが背中に走った。


「なに猫背になってんの?」


 背中を叩いたのは、言わずもがな遥だった。

 春斗は痛みを誤魔化すように背中を摩りながら、遥の方を見る。


「綾月……さん。いきなりどうしたの?」 

「どうしたの? じゃない。猫背で沈んだような声を出して……ま、なんとなく見当はつくけどね」

「検討がついてるなら、わざわざ背中を叩かなくても良かったんじゃない?」

「それは河野くんがレッズファンだから関係ない。例え河野くんの背筋がピンと伸ばしていても叩くものは叩くよ」

「ああ、そっか。綾月……さんは――」

「そう。河野くんの好きなレッズのライバル、ブルズのファン。てか、さっきから無理に"さん"付けしてない?」


 遥は苗字を呼ぶ度に言葉を詰まらせている春斗に奇怪な目を向ける。

 すると待ってましたと言わんばかりに陸が隣から会話に割り込んできた。


「それは俺から説明しよう。コイツ……春斗はな、教室では大人しいが、その実心の中ではクラスメイトを名前で呼ぶ面白い奴なんだよ」

「は? 何それ」


 意味が分からないという表情を浮かべた遥は、完全に会話の主導権を奪われ挙動不審になっていた春斗を奇怪なものを見るような……そんな視線を向けた。

 

「そのままの意味。だからきっとコイツにとってクラスメイトに”さん”を付けることは無理をしているっていうことなんだろうな」

「無理してるって……どういうこと?」

「文字通りの意味だ。実際に俺と高野の事を名前で呼ぼうとしてたし」

「……マジ? まぁ、陸は同性だしクラスメイトって事で理解できるけど、雪奈のことも?」

「そうそう。面白いだろ?」


 高校まで学校こそ違ったものの、遥の親の職場が陸の父親が経営している会社ということで、幼少の頃から関わりのある二人は、本人を差し置いて春斗の話をする。

 この光景は未来で何度も見たものだったが、高校時代からこうだったのだと分かると俯きながらも思わず笑ってしまう。

 すると――。


「なに笑ってんだよ」


 困惑したような表情を浮かべる陸と遥。

 

「いや、仲良いなって思って」

「はぁ? まぁ、陸とは昔からの仲だけど……笑うところあった?」

「無かったと思うけど……でもこれで分かっただろ? 周りの評価と違うってさ」


 楽しそうにそう話す陸。

 それに対して遥はというと……。


「ま、レッズのファンってだけで印象は大分変ったけどね。でも……人からの評価って事実と違ったりするっていうのは同感」

「だろ? ところで……お前、高野と石崎はどうしたんだ? 一緒にラテの店に行ったんじゃないの?」

「私、甘いもの苦手だし混んでて待ちそうだったから逃げてきた」

「相変わらずドライだなぁ~。ま、気持ちは分からんでもないけど」


 陸は遥に同意しながらも、彼女の流されることのない態度に苦笑いを浮かべる。


「それじゃ、二人が来るまで待ってるか。春斗はラテは良いのか? 今なら間に合うと思うけど」

「俺も甘いものは苦手だからここで待ってるよ」

「そっか。そんじゃ今のうちに休んどこうぜ。石崎が戻ってきたら大変になるんだからな」

「そうだね――っていうか、そもそも陸が俺を呼ばなければこんな事にはなってないんだけど?」

「……それは、遥から説明してもらった方が良いな」


 陸はそう言うと、手持ち無沙汰を解消するために丁度鞄からスマホを手に取ろうとしていた遥を見た。

 

「ん? 何が?」

「いや、遥が春斗を誘った方が良いって言ってた話。なんとなく理由は分かるけど、どうして誘ったのか本人の口から説明した方が良いかなって」

「ああ、それね。河野くんは私に感謝した方が良いよ」


 遥は春斗ではなくスマホを見ながら、声に起伏を付けることなくそう言う。

 なんとも雑な扱いだとは思うが、それが遥という人物であり、未来でもこういうことは多々あったので、春斗は特に気にすることなく会話を続けた。

 

「感謝?」

「そう、感謝。河野くんは知らないと思うけど、莉穂って色々と面倒なのよ。根は優しい子なんだけどね」

「それは……」


 春斗は遥の言葉で未来での出来事を思い返す。

 それは散々振り回された記憶だ。


 付き合って間もない頃に、当事者であるはずの春斗や雪奈に知らされずに予定を組まれた初デート。

 記念日に勝手に予約されていた旅館とレンタカー。

 

 彼女に悪気が一切ないことは、お節介をする前に必ず行う予算や予定を念入りに確認する事前調査が物語っているが、それでも事実振り回されていることは事実であり、交際した時には既に大人になっていた二人からしてみれば、余計なお世話と言っても良いものだった。

 

 しかしながら莉穂が提案してくれたから初めての旅行にもいけたし、メリハリのついた生活を送ることもできたのは事実で……。

 それに本当に嫌な事を察することができるのも、彼女のお節介を憎めない理由だろう。

 しかし彼女の暴走が脳内に残っていることも確かなことで……。


「その表情を見る限りなんとなく分かってそうだけど、もし今日河野くんが来なかったら、私達の目が届かないうちに何か面倒な事をしでかしてたかもしれないんだからね」

「否定は……できないね」

「でしょ。だから河野くんは私に感謝してね。謝礼はペットボトルの飲み物一本で」

「……はい」


 春斗は変わらず偉そうな態度の遥に対して大人しく財布を取り出す。

 そして近くにあった自販機でお茶を購入して手渡した。


「俺のは?」

「無いよ。っていうか、陸は今の状況を楽しんでるよね? つまりは敵だよ」

「敵って……。そもそも春斗……お前を誘ったのは俺なんだけど?」

「いや、陸は綾月さんに誘えって言われたって自分で言ってたじゃん」


 差し出していた陸の手を払う春斗。

 瞬間、聞こえてくるのは遥の驚いたような声だった。


「本当に……関わってみないと分からないものだわ」


 そう言ってマジマジと春斗の顔を見る遥。


「……何が?」

「河野くんの印象の話し」

「俺の印象?」

「そう。河野くんの印象。今日こうして遊びに来なければ勘違いしたままだったなって」


 ベンチで足を組み直した遥は言葉を続ける。


「もっとクラスで話せば良いのに。私みたいに勘違いしてる人、沢山いると思う」

「勘違いって。別に俺は普通だと思うけど」

「いーや、それは無い。クールなんて言われてるけど、さっきの会話を見る限りただの口下手なだけな気がするし、口調だって優しい。ライバルチームだとしても、同じ欧州サッカーのファンだし。髪もスッキリさせたんだから、これを機にもっと自分から行動してみれば?」

「……自分から話しかけろって?」


 春斗はクラスメイトに自分から話しかけるという事を想像し、そして自分では無理だという心の中で結論付ける。

 陸や遥と普通に話せるのは、未来での関係があるからこそであり、例え今の自分が高校時代よりも精神的に強くなっていたとしても、そもそもの性格上難しい話なのだ。


「そもそもクラスで人気がある陸とも対等に話せてたし、何を話してたかは知らないけど、同じように人気者の雪奈とも今朝話してたでしょ? その二人と話せるんだからクラスメイトくらい大したことないでしょ」

「それは……」


 未来では遥を含めて三人とも仲が良かった。なんて言えない春斗は言い淀む。


「ま、自由だけどね。でも、私個人としては普段の"河野くん"よりも今の"河野"の方が良いと思うよ」


 急に呼び方が変わったことに戸惑う春斗。

 しかし、その呼び方には馴染みがあって……。


「……え?」

「憎きレッズファンのアンタに"くん"付けはいらないでしょ。河野も私のことは好きに呼んで良いから」


 遥はそう言い捨てるように言うと、ベンチから立ち上がる。

 そして背を向けると、丁度ラテを持って現れた雪奈と莉穂の元へ向かって歩いて行ってしまった。


 残されたのは急な出来事に唖然としている春斗と、会話の一部始終を聞いてニヤニヤしている陸の二人。

 

「……アレ、毅然に振舞ってるけど、実は内心恥ずかしがってるぜ?」

「聞こえてるんだけど!?」

「おぉー、こわっ!」


 陸は遥のドスの効いた声色から逃げるように春斗の背中に隠れる。

 それは未来で何度も見たような……そんなやり取りだった。


 陸がおちょくり、遥が怒る。そしてそれを眺めて一緒に笑う春斗と雪奈。

 まさか時間を逆行しても尚、その光景の一部になれると思っていなかった春斗は小さく微笑むと、記憶の中にいる二人よりもずっと若い姿の二人との関係が戻ってきたような……そんな幸福感を一人嚙みしめるのだった。

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