【彼を知る者】


 春斗と陸が話しているのと同時刻。

 昼休みということで、自分の席で持参していた弁当箱を鞄から取り出していた時、雪奈に話しかけてくる一人の女子高生がいた。

 

「それで? 実際どうなのよ?」


 雪奈は話しかけてきた女子生徒。

 茶色の巻き髪に気の強そうな目元。彼女の名前は"綾月遥"といって、雪奈とは小学校からの友人で未来でも親しい関係にあった人物だった。

 

「ん? 何が?」


 雪奈は何となくその言葉の意図を察しながらも、そうではない可能性に掛けてとぼける。

 しかし――。


「何が? じゃない。朝の相手、もしかしなくても河野くんじゃないの?」


 遥はそう言うと、髪型と雰囲気を変えた春斗を見た。

 

 ――ま、そうなるよね~。


 雪奈は想定していた通りになったと心の中で溜息をつく。

 しかしながら同じタイミングで髪型を変え、同じように遅刻してきた春斗との関係を怪しむのは当然の流れで……。


 それも遥と、ここには居ないが莉穂には朝、人を待つと言ってしまったのだ。

 これらの要因を鑑みて、遥が春斗と雪奈の関係を疑うのも仕方のない話だった。


「……違うって言ったら信じてくれる?」

「いーや、無理があるね。それに……ほら、私が何かする前に明らかになるかもよ」


 遥はそう言うと春斗と話している陸を顎で指す。

 そして肩を竦めると言葉を続けた。


「陸は口が上手いからね~。普通に時間の問題じゃない?」

「……本当に何もないんだけどなぁ」

「まぁ、隠す隠さないは自由だけどさ。莉穂を相手にするなら協力者の一人や二人は必要じゃない?」


 ニヤニヤと笑う遥。

 行動的なお節介であり、必要とあらば野次馬根性をこれでもかと発揮する今を生きる女子高生の莉穂。

 若さが残っている分、未来の彼女よりも厄介なのは目に見えて分かった。

 それを一人で相手にする。それは骨の折れることだと誰の目を見ても明らかで……。


「……はぁ~。ま、遥なら良いかな」


 遥のことは未来での関わりもあり、信用できると判断した雪奈は観念するように息を吐く。

 春斗が陸に口を割られるのも時間の問題というのもあっただろう。

 とにかく、今の状況を深読みされ、莉穂に荒らされるという事態だけは避けなければ、平穏な学校生活を送ることができないと判断した雪奈は未来の事を隠しながら、遅刻した原因は春斗と話していたことを遥に伝えることにした。


「――ってことで、朝に話をしてたのは河野くんだけど、特に変な意味は無くてただ用事があっただけだよ」

「ふーん。髪型を同じタイミングで変えたのは?」

「それは本当に偶然。私もビックリしたよ」

「……そっか。まぁ、一旦。一旦は納得してあげるけど……河野くんか。どんな人なの?」

「ん? どんな人って?」

「いや、河野くんって同じクラスだけど普段あんまり話さないじゃん? 大人しいっていうか、クールって言うか……。私も数回は話した事はあるけど、どんな人なのかは分からないっていうか」


 遥はそう言うと、顎に手を添えながら首を傾げる。

 そんな遥の態度に雪奈は本当に時間を遡ってしまったという事実を強く再認識した。


 ――そっか……未来では仲良かったけど、高二の頃だとハルと遥は……。


「イマイチ何を考えてるか分からないし、何が好きで何が嫌いかも分からないからさ。雪奈から見て河野くんはどんな人なの?」

「んー、どんな人……か。強いて言うなら…………遥と似てるかもね」


 思い返すのはここから数年後の未来での記憶。

 雪奈は僅かに微笑むと、自分と似ていると言われ、頭上に疑問符を浮かべている遥に対して上がった口角をそのままに言葉を紡いだ。


「まずね、遥と河野くんはライバルだった……いやライバルだよ」

「……ライバル?」

「うん。遥って海外のサッカー好きでしょ?」

「それは……まぁ」

「実は河野くんも好きなんだよね。それで河野くんの好きなチームが……」


 もう言葉はいらないと言わんばかり意地悪そうな表情を浮かべる雪奈。

 それに対して遥はといえば、ハっとした顔をすると震える声で何か大切な事を確認するように雪奈に問いかけた。


「まさか……レッズファン?」

「詳しくは知らないけど、確かそうだったかな? 赤いユニフォームを着てるチームだったのは覚えてるけど」


 雪奈の言葉に殺気立つ遥。

 そして徐に近くにあった椅子に手を伸ばすと、ボソっと小さく呟いた。


「……ちょっと殺してくるわ」

「ちょっ! ステイ! ステイ!」

「いーや、待たない! ブルズファンの天敵、レッズファンが同じ教室に居たなんて……なんて不覚!」


 キっと春斗を睨む遥。

 このやり取りは未来で何度も見た光景だった。

 レッズとブルズ。その両チームが戦う伝統のダービーが行われる日は決まって、春斗と雪奈の家に遥が来ては試合を観戦しながら喧嘩のような言い合いをしていたのだ。

 

「それにね、それだけじゃなくて好きな食べ物だったり、虫が出た時の驚き方とかもそっくりで――」


 そこまで言った雪奈は、自分がまるで好きなことを語っている子供のように自分の口が軽くなっている事を自覚した。


「……えーと。本当に河野くんと何もないんだよね?」


 遥の怪しむような視線。

 雪奈は顔を背けた。


「はい。何もないです。ただのクラスメイトです」

「雪奈がそんな楽しそうに話してるの初めて見たんだけど……」

「そんな事ないよ。とにかく! 遥と河野くんは良い友達になれると思うよ!」

「……レッズファンとは相まみえることは……多分無いと思うけどね」


 見たことも無い雪奈の態度に気圧される遥。

 奇怪なものを見る目がさらに鋭くなると、その場から逃げるように雪奈は席を立った。


「ちょっとお手洗い行ってくるね! 先に食べてて良いから!」


 背中から感じる視線を一身に受けながら、教室から出る雪奈。

 そしてピシャっとスライド式のドアを締め切ると、大きく息を吐いた。


 ――危なかった……でも、まぁ二人が仲良かったのは本当の事だし……莉穂と違って遥なら大事にはならない……よね。


 雪奈は行きたくもないトイレに向かいながら、先程の自分の姿を思い返しては、やらかしてしまったことを反省する。

 そして洗面所でリフレッシュするために顔を洗うと、未来であった春斗と遥のやり取りを今一度思い出し、そして……これから変化していくであろう春斗と遥の関係について、一人心の中でこう呟いた。


 ――ハルのことを……ハルの人柄を一番最初に理解したのは遥……だったんだよね。


 ここで言う未来。

 今から約一年後、春斗や遥が高校三年の時のこと。

 何があって、いつ仲良くなったのかは分からないが、雪奈の知らない間に春斗と遥は友人になっていた。

 その時の雪奈は春斗のことなんて当然知らなくて……ただのクラスメイトで遥の数少ない男友達だとしか認識していなかった。

 今思えば二人の性格上、ほんの些細なきっかけ一つで仲良くなるのは当然だと分かる。


 これは嫉妬ではない……と思うし、そもそも春斗の事を理解しなかった、しようとしなかったのは雪奈……自分自身だ。

 ただ……それでもつい思ってしまう。


 ――ちょっとだけ、ちょっとだけど羨ましいな……。

 っと。 

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