栄光のブイサイン

とろり。

第1話 怪我


(ふぁーあ。試験勉強で夜更かししちゃった。眠たいなぁ)

 眠たそうに瞼をこすりながら階段をのぼる。

(1段、2段、3……段、4……段……。いけない、眠すぎる。5段、6段、7……段、8……段……)

 ふらっ。

 体が急に軽くなり、宙に浮く。意識が一時的になくなり、ようやく意識が戻った時には辺りが騒然としていた。

京介きょうすけ! 大丈夫か! 京介!」

「ち、血が出てる……」

「誰か先生呼んでこい!」

きょうちゃん……。なんで……なんで!)

 踊り場で座り込んでいる私を同じクラスの加藤春菜かとうはるなは無理矢理立たせた。

「なんで京介があんたを助けたか知らないけど、京介がバスケの大会に出られなくなったら、あんた、責任取りなさいよ!」

「京ちゃんが……私を……?」

 まだ思考が正常でない頭をフル回転させ状況を理解しようとする。

 事の顛末はこうだ。階段から落ちそうになった私を、京ちゃんが助けてくれた。しかし京ちゃんは階段から落ちてしまったと。

「『京ちゃん』って……。あんた幼馴染みだからって調子に乗ってるんじゃない? ちょっとこっちに来なさいよ!」

 加藤に腕を引っ張られ踊り場のかどに投げ出される。加藤といつも一緒にいる川野かわの小林こばやしもやって来て、私を取り囲んだ。そして加藤は蹴りをくり出す。だが、先生がやって来て、それを止めた。

「暴力はいけませんよ、加藤さん」

 加藤はしぶしぶ先生の指示に従い、その場を後にする。

「大丈夫ですか、作山さくやまさん」

「大丈夫です、先生。それより京ちゃんは……?」

「石川先生が保健室に運んでいます。大丈夫ですよ、心配しないで」

「でも……」

 しばらくすると救急車のサイレンの音が聞こえてきた。

「先生……私、どうすれば……」

 しばし考えた後、「明日、佐藤君の病院に行ってみてはどうでしょう」と私に提案してくれた。


 翌日、私はお母さんに連れられて京ちゃんの病院へ。

 私は待合室で足を止めた。

 ふと待合室を通り過ぎていく看護師に聞いた。看護師が言うには左肩周辺の骨が折れているそう。1週間は入院が必要だそうだ。その後はリハビリをして……。

(バスケの大会、間に合う……のかな……)

「あ、あの! 京ちゃん、約1ヶ月後にバスケの大会があるんです。それに間に合いますか?」

「うーん。なんとも言えないかな。本人の頑張り次第かもね」

「そ、そうですか……」

 看護師が去って行った後も私は、待合室に居続けた。

 京ちゃんに会わせる顔がなかった。

 そのまま、空は夕焼けに染まる頃、視界に入ってきたのは……。

「きょ、京ちゃん!?」

 私の隣に京ちゃんが座った。

「……」

 何も言わない。ただただ無言。でも、その無言が今はなぜか暖かい。小さい頃からずっと隣にいたからだろうか、京ちゃんの隣はとても落ち着く。

「京ちゃん、ケガは?」

「……」

 無言のままブイサインをこちらに向ける。

(全然ブイじゃないよー)

 そこに京ちゃんを探し回っていた看護師が到着。

「佐藤さん! 勝手に動き回らないでください! さ、病室に戻りますよ!」

 そしてケガ人を病室に連れていこうとする。私はそのふたりの背中をじっと見ていた。すると「あっ」と京ちゃんは言って振り向いた。

「おまもり!」

 そう言って何か小さいものを投げた。私はあたふたしながらもキャッチして、それを確認する。それは京ちゃんがいつも大事にしているバスケットボールのキーホルダーだった。

(京ちゃん、これ……)

 京ちゃんはブイサインを私にしてから病室に戻っていった。

 なくさないように、大事にしようと私はそれを鞄に付けた。



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