第52話 森林領域での日帰り仕事
森林領域に辿り着いた。
ここが目的地だ。
草原領域に午前に入って、正午前頃には到着する。そのくらいの距離感は、日帰りに丁度いい。
ここで二、三時間ほど巡回して、また二、三時間ほどかけて帰還。休憩時間や、予備時間を含めても日没頃には帰れる計算だ。
ああ、ダンジョンには季節はないが、地上と同じく時間は過ぎて、日が昇りやがて沈むのは変わらない。
深夜にもなると、暗闇でのモンスターの奇襲が恐ろしいため、基本的には冒険者は日帰り仕事になる。
場所の話をすると……、低級冒険者の稼ぎ場としては他にも、岩場、砂漠、荒野、河川などの領域があるが、植物の知識があるならば、森林が一番儲かるだろうな。
岩場なんかは、鉱石が得られるから、力自慢なら重い鉱石を掘って背負えばそれなりに儲かるが……、こいつらはまだ若くて、力もそこまででもないだろう。屈強な男獣人、男ドワーフとかならまだしも……。
河川で手に入るものでは、水産物なんかが高く売れるか。砂漠ならばサボテンなんかが薬品の材料になるし……、荒野には大きなトカゲのモンスターが出るから、そいつを飼い慣らして駄獣にすれば一儲けだ。
何にせよ、どんな領域でも、単なる戦闘能力のみでは儲かるものではない。
貴重な薬草を見分けて採取する知識、鉱石を掘って背負う体力、モンスターを手懐ける技法……。どの世界でも、確かなスキルがないと儲からない訳だな。
何度も言うが、冒険者の仕事は冒険であって、戦闘ではない。
身を守る為の戦闘はもちろん必須なのだが、そうではなく……、儲ける為の能力は別口で必要と言うことだ。
そう言う意味では、「盗賊(シーフ)」などというのは、一般的な冒険者達は軽視するが……必須の存在。
盗賊の仕事は、宝箱の鍵を開けるだけでなく、周辺警戒をして奇襲を防ぎ、薬草や鉱物を見分けて持ち帰る。
底に新宿があるタイプのダンジョンがある世界では、農家(ファーマー)にも値すると言うか、兼ねる存在であることは間違いない。
「あ、待った」
ピーターが、号令をかけて隊列を止める。
「『青イチゴ』だ。味はマズイけど、擦り潰すと気付けの薬になるらしい。少し持っていこう」
どうやら早速、金になる植物を見つけたようだ。
ダンジョン内は階層によって環境が滅茶苦茶に異なり、当然、そこにいる動植物も異なる。
この森林領域では、森にあるものなら大抵手に入る感覚だ。
「……こんなもんでいいか」
「全部採らなくていいのかよ?」
戦士(ファイター)のテルマが言ったが……。
「採り尽くすと、『湧き』が遅くなるんだよ」
と、ピーターが言い返す。
そう、『湧き』だな。
ダンジョン内の動植物……モンスターも含むそれらは、繁殖ではなく、あるところから突然『湧く』のだ。
それこそが、ダンジョンが神の恵みと言われる所以。
生命の輪廻、物理現象、世界の法則が『異なっている』……。
……だが、法則が「ない」訳ではない。
『湧き』……、一定の間隔と条件で、生命が虚空から発生する神秘。
ゲーム的に言えば、「採取ポイント」に無限に薬草が生えている!とか、モンスターがポップする!みたいな話だ。
もちろん、本当の意味での無限ではない。
採取した薬草は、また生えてくるのに数日はかかるし……、そこにある薬草を全て刈り尽くすと、再度の『湧き』には十日はかかる。
他にも、根から抜いた場合や、葉や果実だけを採取した場合は〜……と、色々なパターンがあり、そこが冒険者としての「知識」と言う訳だ。
「……ん?何か来る!」
「「「「!」」」」
その時、ピーターの獣耳がピンと立つ。
藪木の揺れる音を捉えたのだろう。
程なくして、草むらから……、大きな虫が飛び出してくる。
未判定名『大蜘蛛』。
ジャイアントスパイダーが一体現れた!
「一匹だけだ!前衛で処理してくれ!」
「「おう!」」
テルマとルイーズが武器を抜く。
確かに、一体程度の敵ならば、前衛に処理させるのが正解だ。
後衛の魔法使いの魔法は、パーティの切り札なのだから。
「やああっ!」
ルイーズが、鋼鉄のロングソードを素早く振り下ろす。
何の工夫もない一撃。
それは当然、キチン質よりも頑丈な魔法的物質でできた蜘蛛の甲殻に弾かれる。
しかし、気を引くには十分だった。
「任せろ!うおおっ!」
斧を持ったパワーアタッカー、テルマが、ジャイアントスパイダーの横面を殴りつけるように一撃。
虫の複眼が破けて、体液が飛び散る。
『ーーーッ?!!?!』
痛覚のない虫とは言え、大きなダメージを受けのたうち回るジャイアントスパイダー。
これに、ルイーズが更に追撃する。
ロングソードを逆手に持ち、飛びかかるようにして、ジャイアントスパイダーの胴体を狙った!
「ぐっ?!」
無茶苦茶に暴れる為、前脚の引っ掻きを頬に受けるも、ルイーズは見事にロングソードをジャイアントスパイダーの腹部に突き立てる。
ロングソード、本来ならば馬上で使うような長い剣。取り回しが悪く、女の身では片手では扱いにくいのだが、こうして地面に敵を縫い止めるとなると、その刀身の長さが利となった。
素早くロングソードを手放したルイーズは、予備の短剣、湾曲した刃のククリナイフを腰の後ろから抜き放つ。
動けなくなったジャイアントスパイダー、その脚を、テルマとルイーズは冷静に落としてゆく……。
『キシャアアア!』
「死ね」
『ギ?!イィ……』
そして、戦闘能力を失ったジャイアントスパイダーに、テルマがもう一度、強く斧を叩きつけ、完全に抹殺した。
増援がいない、単体の敵にするならば、冷静なで慎重な判断だったな。こちらに被害を出さないようにする動きだ。悪くない……。
「あの、あの、ル、ルイーズさん」
「ハルか、どうしたんだ?」
「頬、切れてる、から、これ……」
「ああ、いつもの『粘着包帯』か。悪いな、貼ってくれ」
弟子、ハルは勤勉だった。
どうやら、こちらの世界の魔法の他にも、地球の医学や応急処置法などを学んでおり、俺が与えたバイト代を使って、ちょっとした絆創膏などを買っているらしい。
その大きめタイプの絆創膏で、ルイーズが先程ジャイアントスパイダーに引っ掻かれた頬の傷を手当てする。
この程度の生傷は、冒険者では当たり前。
回復魔法を使うには勿体無い程度の、小さい傷だ。
……しかし、それはそれとして、小さな傷も放っておくと膿むし、痒む。
応急処置をできるならしておきたい、というのは、当然の思考だった。
ハルは、消毒液をつけた脱脂綿でルイーズ傷を拭い、その後に、大型タイプの絆創膏を貼る。
大分、手慣れているな。
「助かった」
「いえいえ、えへへ……」
そのようなことがありつつも、冒険は続く。
今回の目的は特になく、強いて言えばいつものように、ダンジョンの産物を採取して金を稼ぐこと。
まだ、あまり稼いだとは言えないだろう。
ピーターは手製の地図を開きながら、口を開いた……。
「次はこっちに行くぞ。ヒールルートの採取だ」
「施療院で品薄なんだよ……ね?」
ピーターの幼馴染にして僧侶(プリースト)の獣人少女、ディナが囁くように言う。
「ああ。今は冬だからな、地上ではヒールルートは育たない。でも、ダンジョンの森林領域はいつも春くらいだから、ヒールルートは結構見つかりやすいんだよ」
「ピーター、物知りになったねえ」
「ははっ、こういうことを勉強するのは、俺の役目だからな!」
さあ、まだ冒険は続く……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます