第50話 新人達の戦い

ダンジョン。


数々の異次元……例えば岩山、例えば河川、或いは火を吹く火山から極寒の雪原まで、様々な場所に繋がる異世界だが……。


その、基点。


ユピテルの門を超えて、最初に足を踏み入れる場所は、確定で決まっている。


それが、ここ。


難度は1〜3相当の……、『草原領域』である。


このパーティの平均レベルは4だから、問題なく探索できるだろう。


「このダンジョン、実は不思議のダンジョン方式じゃなくって、マップは固定なんだよな。ただ、バカみたいに広いだけで……」


「ふ、不思議のダンジョン……?」


「ああ、入る度に構造が変わる!とか、そういうタイプのダンジョンではないってことだ」


「そんなダンジョン、あるんです?」


「そうらしい。なんでも、『風来の』と渾名される有名な冒険者は、そういったダンジョンに好んで挑むとか」


「はえ〜、知ってるか?ハル?」


「えっ、風来のシレ……いや、うん、はい。そんな話を……、聞いたような……、気が、し、しますぅ?」


「そうなのか。やっぱり、サターンさんと同郷なんだなぁ」


「ただ、恐らくダンジョンは無限に広がっていて、その各所に別の領域へと飛ぶ門がある訳で。それを考えると炭鉱夫のゲーム的な話になってくるな」


「た、炭鉱夫……?」


「要するに、ダンジョンの広さは無限大で、端っこがあるかは分からないんだ。外の世界と違ってな」


「な、なるほど!俺も聞いたことがありますよ、世界は丸くなっていて、端まで行こうとすると、一周して元の場所に戻るんですよね?」


「ふむ、そうだな。一応、惑星だし。少なくとも、亀の背中の上にある皿に〜……とかではない。ファンタジーなのに」


「ああ、そんな話、ありますよね。今でも老人達は、世界は亀や象の背中の上にあるとか言ってて……」


俺はこの草原領域を、ピーター率いる「迷宮の知恵」パーティと歩いていた。


雑談をしながら、ゆっくりと。


気を抜いているように見えるが……、武器を固く握り血走った目でキョロキョロ目線を動かすのは素人だな。


実際はこうして、軽く会話なんかをしながら、肩の力を抜いて行動するのが良い。


仕事中に私語は完全禁止!みたいな企業が儲かっていると思うか?そういうことだよ。


実際のところ、ダンジョンでは長期間の……それこそ、月単位での長期アタックもあり得る訳で。


そんな中、限りある集中力をすり減らして、警戒ばかりしているのは間違い。


気を抜きながらも、警戒する。


これができなきゃ駄目だ。


「おっと……、そこの草むらの向こうからコボルトが来る!息遣いからして……、四匹!」


俺と談笑していたピーターが、少年らしい無垢な笑顔から、引き締まった戦士の顔に一瞬で早替わり。


腰の後ろから大振りなククリナイフ、長さ的にはショートソードと言えなくもないか?とにかく、湾曲した刃物を抜いて構えた。


俺の話を聞いて朗らかに笑っていた二人の女戦士、テルマとルイーズも、武器を抜いて構える。


魔法使いのハルと僧侶のディナは、手持ちの杖を持って、前衛三人の背後に退がった。


「コボルト四匹くらいなら、俺達が仕留める!魔法は温存しろよ!」


「う、うん!」「わかった!」


第一から第七までの階位がある魔法は、その階位一つごとに、どんなに魔力が高くとも最大で九回しかその日に使うことはできない。


ハーフデビルやセレスティアンのような、魔法に優れた上位種は、呼吸と共に魔力を体内に取り込んで回復する術を生まれつき持っているのだが、只人には無理であるからして……、魔法の使い所はしっかりと考える必要があった。


「グオオオ!!!」


ガサガサと揺れる草薮を突き破るようにして現れたのは、コボルト。


この草原領域において、最も一般的で数の多い雑魚モンスターだ。


とは言え、群れを作る習性がある為、複数体で現れる。


子供並の身体能力しかないと侮れば、複数体に集られて囲んで棒で殴られる……。


雑魚は雑魚だが、油断して良い相手など、ダンジョンにはひとつもないのだ。


……因みに、この世界のコボルトは、トカゲではなく犬人間タイプだ。どうやら、元祖ファンタジーTRPGの世界とは異なるらしい。


「アタシに任せなぁ!うおおおおっ!やあああっ!!!」


テルマが、ラウンドシールド(円盾)の縁の金属部で、横薙ぎに一体のコボルトを殴って遠ざけ、右手の斧で素早くもう一体のコボルトの肩を砕いた。


一つのターン(手番)に二度の攻撃。レベルが上がると、そういうこともできる。


「はあああっ!!!」


ルイーズは、鋼のバスタードソードを大きく振りかぶり、全身のバネを使って振り下ろす。


こちらは一撃のみだが、その分威力が高い。


上位の冒険者が使う「スキル」の一種である、「強打」の萌芽だろう。


花ひらけば、その時は強力な手札となる。剣士として一人前と認められるだろう。


新人冒険者にしては鋭い斬撃を真正面から受けたコボルト。受けようとした粗末な石斧は、貧弱な腕力では支えきれず、弾き飛ばされ……。


バスタードソードの刃が、肋骨を砕いて更に腹部まで達し、内臓を破壊しつつ脇腹を通過。袈裟斬りの形、即死だ。


「うりゃあ!」


一方でピーターは、ククリナイフの先端の遠心力と、腰の回転、手首の返しを利用して、三度の連撃を放つ。


一撃目は、コボルトの持つ粗末な石の穂先がついた槍に受けられるが、素早く刃を引いてもう一撃。それで、コボルトの武器を持つ指を何本か切り落とした。


「ギャン?!!」


苦痛に悲鳴を上げ、武器を取り落としたコボルトに、素早くもう一撃。


「ギャッ!」


それは、コボルトの肩を浅く斬る程度だった。


しかし、盗賊として、敵一体の足止めをしている時点で上等だ。ピーターが戦いで敵を仕留める必要はない。


むしろ、指を落として弱体化させただけでも充分で、盗賊なのにある程度戦えていると評価できる。


盗賊の戦闘能力なんて、同じレベルの戦士からレベル二つ分は落ちる訳だからな。よくやっている方だ。


一方で、ハルとディナは指示された通りに杖を構えて待機している。


戦いの場で、戦う力があるのに待機をするのは、実は戦うのよりも難しい。


こちらを殺すつもりで武器を振り回す存在の前で、仲間を信じてぐっと堪える……。言葉にすると簡単だが、素人には意外とできないものだ。


冒険者のあるある話では、素人の後衛がパニックになって前衛ごと魔法を放って敵諸共焼き殺した!なんて話をよく聞く。


戦いの場で興奮し過ぎない、戦う力があっても相手の様子を窺って軽挙をしない、だなんて、物語などでもよく聞く話で、当たり前のように感じられるが……、実際、そういう場面になってみると、そう上手くはいかないものだ。


しかし、この後衛の二人は、一年程度の経験を積んでいるからな。それなりに慣れている。


緊張しながらも、堪えていた。


余計なことをしないのも、援護の一つだよ。いやマジで。


そうして、次のターン。


怯んでいるコボルト達に、トドメをさしていく……。


テルマが、先程盾で弾き飛ばし転ばせたコボルトの、武器を持った方の腕を踏み砕く。


「ギヒィイイ?!!」


苦痛の悲鳴を上げるコボルト。


やり方としては間違っていない。


金属の武器なんてすぐに劣化するからな。生き物の骨は意外と硬いし、脂は刃を鈍らせる。


可能ならばこうして、踏みつけなどで武器の摩耗を抑えることも肝要だ。


テルマの、十代半ばの女とは思えないくらいに太い脚、その筋肉に力が込められて膨らみ……、もう一度解放される。


「プ、ゲッ……」


コボルトの頭が踏みつけられ、頭蓋骨が陥没したようだ。即死だろう。


その間に、ピーターが弱らせていたコボルトの背後から、ルイーズが剣を突き刺す。


モンスターとの戦いに、卑怯もクソもないからな。これは冒険者として正しい。


最後に、倒した後の死骸を、念の為に踏みつけて首を折って、終わりだ。


ふむ……、雑魚相手の戦闘は危なげなくこなすな。鉄級のパーティとしては、良い方だろう。手際も、心構えも。


「……追加の敵はいない!コボルトの牙を回収したら、先に進むぞ!」


素材を回収し、端金の素を得て、先へ進む……。

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