第49話 冒険の観察
新人冒険者パーティの、「迷宮の知恵」とダンジョンに潜ることとした。
このパーティには、地球でスカウト(?)した弟子のハルもいることだし、たまには何か教えておいてやらねばなるまい。
地球側でも、俺とハルの間に師弟関係があると知られているらしく、ハルにも配慮がされている。
ならば、多少は面倒を見ておかなくては逆に問題になるだろう。
ハルは、相変わらずのっぺりとした、長過ぎる黒髪で目を隠した女だ。
だが、最初に会った頃と比べると、身体に脂肪と筋肉が少し増えていて、「痩せぎす」から「痩せ気味」くらいにはなっていた。
洒落っ気がないのは相変わらずだが、まあその辺りはこの女の反骨精神の表れなのだろう。売春婦の母親や、自分を虐めてきた不良女など、着飾った女に敵愾心があるから、自身も着飾ろうとしないってことだな。
そろそろ大学生になるのに、そんな格好で大丈夫なのか?とは思うが、まあ本人に直接言うのは可哀想なので言うまい。誰か親切な人に教わると良いんじゃないかな。
「サターン様っ!」
長い前髪から覗く爛々とした瞳に、俺の姿を映す弟子。
地球人の女子高生、荻野ハル。
情愛と崇拝が入り混じった、ドロドロと蕩けるような視線を向けてくるが、問題ない。
軽く頭を撫でてやり、最近のことを褒めてやる。
「よう、頑張っているらしいな。偉いぞ、うちの店を任せられる日もそう遠くはないな」
「ーーーッ!はいっ!私、頑張ります!サターン様の為に、頑張りますっ!!!」
意気込みは大変よろしいが、意気込みだけでどうにかなるほど社会もダンジョンも甘くない。
まあ、やる気はないよりはある方がいいのは明らかなこと。
とりあえずはそのやる気を誉めつつも、空回りしないようにと軽く嗜めて落ち着かせてから、俺はパーティのリーダーたるピーターに言った。
「ピーター、それで、俺の助言がない場合はどんなことをするつもりだった?」
「『森林領域』で『大蜘蛛』を狩って虫甲殻を剥いで、『ダンジョンベリー』や『月見草』を採取して売ってるかな。中々儲かるんですよ」
ふむ、確かに。
当然の如く、ダンジョンは食料以外の殆どを自給している。殆どのものがダンジョンから産出するから。
食料もダンジョンから得られるが、麦や芋には、ダンジョンに入るという危険を冒してまで取ってくる価値があるものではないというだけで、あるにはある。
そして……、その素材は、冒険者達が使うことも多く、輸出もしているので、とにかくあればあるだけ買い取るとギルドが豪語するくらいには需要があった。
低階層の虫の甲殻も、モンスターのそれには特殊な軽量金属が含まれており、魔法の炉で融解させ叩いて伸ばすと、『虫鉄』などと呼ばれる低級金属になる。
低級であれ、民間人が農具や包丁として使うには充分な強度があり、重ね合わせて分厚くすれば、低ランクの冒険者の胸当てなどの防具にもなるのだ。少なくとも、単なる鉄よりは良い素材だな。
実際、このパーティの前衛であるテルマは、この虫鉄製の黒光りする胸当てとガントレット、グリーブ、兜を装着していた。合計してAC-8ってところか。
これに木製の円盾と本人の練度が少しついて、諸々でACは0くらい。前衛として充分な防御力だろう。
「あ、装備か?サターンさんに習った通りに装備を整えてからというものの、冒険は上手く行ってるぜ!」
そう言ってテルマは、虫鉄製の片手斧を掲げて見せた。
丹念に油を塗り込まれて、刃が磨がれている。
「よく手入れをしているな、良いぞ」
「へへっ!武具の手入れはサボっちゃダメだもんな!」
見れば、他のパーティメンバーの装備も充実しているな。
テルマとピーターの革鎧は、草原領域の強敵である暴れ牛……『ビッグホーン』の革を使ったものになっている。ビッグホーンの革は、普通のそれより強い赤みがあることが特徴で、煮しめてハードレザーにすれば、ちょっとした金属並みの堅牢さを誇るのだ。
テルマは少し豪華な鋼の剣を、ピーターは大型のククリナイフを持っている。鋼はこの世界では加工難度的に希少なものらしく、鋼製というだけで鋳造の乱造品ではないと分かるな。
僧侶のディナと魔法使いのハルは、このビッグホーンの革のローブを身に纏っている。しかし、動きやすいように下半身の部分は前側が大きく開いており、裾も短めで、ローブと言うよりかはジャケットに近い。あ、もちろんズボン履いてるぞ。ダンジョンでスカートとかありえないんでな。
ハルは純粋な後衛のため、後は魔力を集積させる補助具であるトネリコの杖とマジックアイテムの指輪くらいしか持っていないが、ディナは格闘攻撃もするらしく、小型の盾とフレイルを持ち、革製のリストバンドとコルセットをつけて身体を守っているな。
防具を揃える冒険者は良い。
格好つけて武器から更新する奴が多いんだが、重要なのは防具だ。
初級の冒険者の持ち物で一番高価なのは命だからな、それを守るものに一番金をかけるのは正解以外の何物でもないだろう。
「ふむ……、装備面は問題ないな。じゃあ早速、ダンジョンで実際の動きを見せてもらおうか」
そんな訳で、ダンジョンへ向かう。
ギルドの受付に、受ける依頼書を提出して、サインをして。
それから、「◯◯に向かう」と言い残してから、移動開始だ。
こうして行き先や依頼内容を言い残しておくことで、死んだ場合も死体回収人に回収してもらえるのだ。
前々から言っているが、冒険者の蘇生を一手に担うアネアス寺院はとんでもない業突く張りで、蘇生の代金に金貨を要求するような連中である。
生半可な冒険者は、一度死んだら借金漬け!なんてこともよくある話……。
とは言え、死んでそのままにされては、本当にそれで「終わり」だからな。払わざるを得ない。
金に代えられない筈の命を、高値とは言え買えるのだから、まあ買うべきだよな……ってことだな。
なので、高くつくのを承知で、ギルドの受付に頼んでおくのだ。
もし死んでいたら、死骸を回収して蘇生してください!と。
その手続きが済んだら、ギルドを出て、守衛達が守っている『ユピテルの大門』へ向かう。
この街の中心にある、666mもの大きさのとんでもなく大きい門だな。
門と言っても、扉があるわけではなく、四角く切り取られた風景に、暗黒と紫の渦がある感じだ。
まずは、一般人のダンジョン侵入を防ぐ守衛に冒険者証を見せて……。
そして、その渦に足を踏み入れる……。
感触などはない。ただ、闇の道に渦があって、それに飛び込むと……、いつのまにか草原に立っているのだ。
振り返るとそこには、同じような渦があり、そこに入ると帰還できる、と。
そういう仕組みになっていて、誰もどうなっているかは分からない。
ただ、この手の「神がもたらした」系の事物は、この世界にはいくつもあるからな。
天空神の飛行大陸とか、愛の神の聖なる泉とか。
なので、あまり原理とかは気にされないようだ。
とにかくそうやってダンジョンに踏み出した俺達は、盗賊(斥候)であるピーターの先導に従って、先を進んでいった……。
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