第9話 小さな始めの一歩

「無傷か?」


「「「「はい!」」」」


「じゃあ、ディナの回復魔法を使うような怪我を一回したら、即撤退だ」


「え?な、何でですか?」


とルイーズ。


「ディナは二回しか回復魔法が使えないからな。行きで怪我したら、それを治す為に一回。残りは帰りに怪我した時の為に一回分残しておくってことだ」


「で、ですが、それなら稼ぎが」


「何度も言うが、命より高いものはそう多くない。今でこそ、死んでも蘇生費用は金貨一枚で、死体回収費用も金貨一枚で済んでいるが、レベルが上がれば蘇生費用も膨らんでいく」


「そうなのですか?!!」


そうなんだよね。


だからアネアス寺院は嫌われてるんだよあそこ。露骨に足元見てくるからなー。


「ああ。だから、命を第一に考えた方がいい」


命ほど大切なものはない!とは言わない。


この世界では、命より高価なものも結構あるからな。


と言うか地球でもそう。


はっきりとそう口にする人間は少ないが……、例えば大抵の経営者は、従業員の命より利益の方が大切だと思っているだろう。


俺も、「アフリカの恵まれないコドモタチ」の命より、自分の生活の方が大事だし……。


世の中そんなもんだ。


俺が言いたいのは、浅層じゃ大したマジックアイテムも手に入らないし、下級冒険者が持つ一番高価なものは命だってことだ。それを落とさないようにするのが一番いい。


そう説明を付け加えてやった。


「アンタ、本当にスゲェな……。本当に、ダンジョンのことを何でも知ってるみたいだ」


ピーターが言った。


「ベテランなんでね」


スポーツマンですから、みたいなツラをして言ってやった。




その後も、採取ポイントを三つほど周りつつ、レベル上げをした。


途中、宝箱も出たが……。


「ほら、ピーター。練習だ、開けてみろ」


「え?俺、やったことないんだけど……」


「そうだな。だからこそ練習だ」


「分かった……、ぐわあああ!!!」


毒ガストラップだ。


全員、毒ガスを吸って血を吐いている。


「落ち着いてアンチドーテポーションを飲め」


「ングっ!」「ごくっ!」


「こんな風に、宝箱には罠が仕掛けられていることが多い。不用意に触るとこうなる」


「死ぬところだったぞ!」


「大丈夫、大丈夫。死なないように俺が引率してやってるんだから」


毒のヤバさはここで知って欲しかった。


毒、マジでやばいからな。


この世界の人々、特に下級冒険者なんて、戦士でもHPは100を超えない。魔術師なんて30程度だ。


そんなのが、数十秒ごとにHPを10ずつくらいのペースで失っていくとか普通に悪夢だ。


しかも、毒状態は、四階位の白魔法か、アンチドーテポーションでしか治せない。


これがかなりキツい。治す手段が少ないのはかなり困る。


ついでに言えば、毒状態の時は、内臓が焼けるように痛むなどで集中力も削がれる。良いことなしだ。


「そんな訳で、宝箱に手を出すのはまだやめておけ。ダンジョンでは欲を張った奴から死んでいくんだ」


「「「「わ、分かりました」」」」




そうして、仕事を終えて……。


ギルドに帰還、と。


薬草が四袋、ブルーキノコが二袋。


合計、銀貨二十枚の成果だ。


「銀貨二十枚?!故郷の村なら、二月は暮らせる……!」


「俺達、今日一日でそんなに稼げたのか?!」


喜ぶガキ共。


が、それはまだ早い。


「最後に、報酬の分配の話だ」


基本的には頭割りなんだが……。


「経費を最初に引いた額から頭割りするんだ」


「経費?」


「ポーションの補充の代金や、射手がいるなら矢玉の代金を払ってやったりだな」


「え?射手の矢玉の代金分、報酬がなくなるってことか?それはおかしくないか?」


ピーターが言った。


「いや、おかしくない。例えば、頑張って矢を銀貨三枚分射ってくれたのに、他の奴と分配金が同じ額……とか、そっちの方がおかしくないか?」


「う、うーん……」


「では、『矢を十本分だけ経費にする』とか、そうやって最初に決めておけば良い」


「なるほど!」


「但し、最初に決めた約束は必ず守れよ?報酬の分配で揉めた冒険者がギルドで殺し合いなんて、日常茶飯事だ」


「わ、わかった」


「よし。では今回は、アンチドーテポーションの費用を経費として引いて……、一人銀貨四枚だ」


「「「「わああっ!」」」」


「下級冒険者なら、ギルドの酒場で『ボア肉のステーキ』を頼むのがいつものルートだろうな。ほら、行ってこい。今日は終わりだ」


「「「「はいっ!」」」」




この後も、適当に教導を続けて、一年と少し程度でレベル3に到達した四人。


まあ平均的な速度だな。


普通、一年もあればレベル3にはなる。


レベル5で中層に入れるようになるまでが、個人差もあるが二、三年。


レベル10で深層まで行くには五年くらいか……。


でも、ピーターはともかく、テルマとルイーズにはそこまでの才能はない。


もっと遅くなるだろう。


そんな彼らは正式にパーティを組み、浅層での採取により堅実に稼ぐパーティであると良い評判を得ていった。


テルマとルイーズは、コツコツと稼いで借金を金貨一枚分、つまり半分は返済している。


それだけでなく、テルマとルイーズは、ハリーやその知り合いに頼み込んで剣技や武術を教えてもらうなど、頭を使っていた。


ピーターも、罠の外し方をハリーのパーティの盗賊に聞いていたそうだし、ディナも、解呪の仕方を街の教会の神父から学んでいた。


そうやって着実に実力をつけていき、結果として、鉄級にまでたどり着いた。


「教導はここまでだ。あとは自分の目で確かめてくれ!ってことで」


「「「「そんな!師匠!」」」」


「ええい、うるさいうるさい。いつまでもお前らに構ってられんのだ。しっしっ」


「また会いに来るぜ、師匠!」


「もっと立派になります!」


「お、俺も!いつか、お宝を鑑定して貰いにきます!」


「ステータスも教えて貰いにきますからっ!」


因みに。


そんな彼らのパーティ名は、『迷宮の知恵』だそうだ……。

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