第6話 パワハラ系傍観者

アネアス寺院、と言うものがある。


生命と再生の神アネアスを祀る寺院で、ここでの儀式魔法により、死者を復活させることができるのだ。


もちろん、確実ではない。一定の確率で失敗することもある。


蘇生に失敗すれば『遺灰』になってしまうし、ついでに言えば肉体的に弱い者は蘇生の効き目が悪い。


ひとたび遺灰になってしまえば、より高度な儀式をしなければ生き返れないし……、遺灰状態で蘇生の魔法に失敗すれば、存在が根底から消え去り、絶対に復活ができなくなる。


そんなアネアス寺院だが、冒険者にとってなくてはならない組織のくせに、めちゃくちゃ嫌われていた。


何故か?


「「しゃ、借金、金貨二枚……?!!!」」


蘇生費用が馬鹿高いからである!!!




草原領域でのジャイアントワームの奇襲により無事死亡したテルマとルイーズ。


親切な俺は、金貨一枚で遺骸を回収してやり、更に金貨一枚でアネアス寺院に蘇生をお願いしてやった。


二人は、一人につき金貨二枚の借金が俺にある訳だ。


日本円にすると二百万円ほどだが、この世界の物価は地球のそれとは違うからな。


ただ煎じて飲むだけでも傷が治療される奇跡の植物である薬草は、コンビニ袋一杯に詰めてもこの世界じゃ二、三万円ってところだが……。


例えば金属や、家畜の肉などは、地球で買うのと比べて何倍もするだろう。


最安価なショートソードでも、百万円前後の価値がある。


……なので、新人冒険者が持っているようなものは、粗悪品か、中古品だ。


この世界ではまだ、製鉄も冶金も発展途上がいいところ。


農具も何も木製が基本で、包丁なんて、何十年も研いで研いで使い倒し、最終的には半分以下の長さになるまで使い倒すのが基本だ。


故に、中古品の剣は比較的安く手に入るものであるが、その品質は最悪の一言。


例えば、ルイーズの持つショートソードなど、新品のそれよりも15cmは短く小さくなっていた。


テルマの斧もまた、刃の端側に大きな欠けがあり、ほぼほぼハンマーの様相。


まあ何にせよ、駆け出しの新人冒険者には、金貨二枚など逆立ちしても出せる金額ではないという話だ。


さて、と……。


「金貨二枚ずつ、払ってもらおうか」


「そ、そんな金、ねえよ」


「うぅ……」


ないと言われてもなあ。


「じゃあ、娼館に売るか?金貨二枚に届くかは分からんが……」


「娼館?!い、嫌だ!」


「娼婦なんて、低級の冒険者よりも卑賤な身じゃないか?!」


そんなこと言われてもなあ。


「うーん、じゃあどうしたいの?ハリーの顔に泥を塗って、その上で借金まで抱えて、更に返せないって……。ハリーは何でこんなのの面倒見てるんだ?謎だな」


「「う、ううう……」」


うわ、泣き出した。


……「おいおい見ろよ、竿師が……」


……「また女を泣かせてんのか」


……「えぇ……?これ、『よっ!色男!』って野次ったら、後でヤバい女に囲まれて寺院送りにされるやつだよな……?」


……「怖……、関わらんでおこう」


おっ、俺の名誉にもダメージ。


凄いな、カス極まる。


「そう言うの良いからさ、どうしたいのかだけ言ってもらえる?」


「お、お金、返す……」


「が、頑張ります、なんとか、働いて……」


はーーー?


「だからさ、感情とかモチベーションの話は今してないんだよ。採算性がとれる事業計画はあんのかって聞いてんだ俺は。お前らは無能なんだから頑張るのは当たり前。むしろ世の中、頑張ってない奴なんてそうそう居ない」


頑張ってないのなんて俺くらいのもんだろ。


いやマジで。


「で、でも、アタシ達!どうすれば良いのか、わかんなくてえ……!」


「だーかーら、それを説明してたじゃん。俺が説明した内容を覚えてれば、今頃借金どころか何枚かの銀貨を掴めてたのにさ。聞いてないんだもん君ら。だから無能だって言ってんの」


「ご、ごめんなさい……」


「いや、ごめんなさいじゃないんだよ。もう終わったことでしょそれは。今後どうすんの?って聞いてんの俺は。借金を必ず返します!少し待ってください!それは分かった、良いことだ。……で?どうやって返すの?計画は?」


「そ、それは、その、えっと……、が、頑張って……?」


「だからさ、その『頑張る』の内容が具体的に何なのか聞いてんのよこっちは。理解してる?ちょっと困難は分割せよおじさんの名台詞に従って、分解して考えてみるか。まず、金を得るには仕事が必要な訳じゃん?まだ冒険者やるの?それとも……」


俺がアドバイスをしていると……。


「旦那、あんたの詰問、本気で怖いからやめてやってくれよ」


ハリーが現れた。


「兄貴!」「ハリーさん!」


縋るような目をしたテルマとルイーズ。


しかし、ハリーは手のひらを前に出す。


「テルマ、ルイーズ。お前ら、サターンの話を聞かなかったな?」


「「は、はい……」」


「……この馬鹿野郎!旦那はこのダンジョンに誰よりも詳しい人なんだぞ?!小せえプライドで、他人に頭を下げなかった結果がこれだ!反省しろ!」


「「ごめんなさいぃ……!!!」」


泣きながら土下座する二人。


「ったく……!旦那、本当に申し訳ない」


「そうだね」


「だが……、こんなんでも可愛い妹分なんだ。見捨てられねえ」


「で?」


「こいつらも反省したはずだ。もう一度だけ教導を頼めるか?」


「えー」


「この通りだ!次にふざけた真似をしたら、ダンジョンに置き去りにして構わない!だから……!」


お、久しぶりにハリーに土下座されたぞ。


上級冒険者の土下座は目に優しいわー。


「あ、兄貴……!」「ハリーさん……!」


土下座するハリーを見た二人は、更に大泣きし始めた。


「「……お願いしますっ!今度は何でも言うこと聞きます!もう一度だけ、機会をくださいっ!」」


ふーん。


まあ、貰った『狂った羅針盤』はかなりのレアアイテムだし、別に構わないけど……。


「でも、真面目な話、才能はあんまないと思うよ?十数年やって上級に届くかどうかレベルだ。そして、ヒューマンが十年も冒険者をやるもんじゃない」


ヒューマン種はすぐ老いるからな、セカンドキャリアのプランを立てなきゃダメよ。


ハリーくらいの才能があれば、若返り系アイテムを自分で集めて、寿命を延長できるからアレだけどさ。


特に、何らかの技能がある訳でもない戦士(ファイター)は、次のキャリアで躓くんだよなあ……。


「……それくらいの段階まで教えてくれるのか?」


ハリーが言ったが、当たり前のことだろうに。


「冒険者の始め方を教えるなら、終わり方も教えるのが筋ってもんだろう」


どこぞの国みたいに、全裸の部族に服を着る文明を伝えておいて、でも洗濯の仕方を教えなかったから不衛生な服を着続けて部族は滅びましたーみたいな無責任なことは許されないからね。


金……いや、対価をもらってんだからその分の仕事はするでしょそれは。


そもそも、信用してもらっている上級冒険者達から請け負った仕事を適当にやるとか無理じゃん。


俺がダンジョン深層に行くとしたら、大体オトモは上級冒険者なんだからね?


ってかむしろ、今まで仕事はきちんとやってるから、周りの上級冒険者にも、ギルド側からも何も文句を言われてない訳で。


とにかく、仕事はちゃんとやらなきゃ俺が損するからな。


ちゃんとやらせてもらうぞ。

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