古典的ダンジョン世界にいる不審者の平穏な日々
飴と無知@ハードオン
第1話 迷宮都市ウィンザリア
迷宮都市ウィンザリア……。
遥か昔、誰も知らないくらいの古代に、偉大なる大神ユピテルが作り出した『門』……、『ダンジョン』への入り口を中心に出来上がった街。
一説によると、666メイトールもあるらしい、超巨大な門の向こうには、もう一つの世界が無限に広がっていた。
そんなこの街には、数万人もの冒険者と、それを抱える巨大な冒険者ギルドがあり、今日も様々な出来事が起きている。
「クレッグが死んだぞ!アネアス寺院に運べー!」
「クソォ!大損だぜ!」
「アネアス寺院の生臭坊主共……、クレッグを灰にしたら許さねえからな!」
「オラオラ!こっちは縞水牛の肉を運んでんだ!薄汚え死骸を避けなっ!ぶっ飛ばしちまうよっ!」
「な、何だとこのヤロォー!!!」
「や、やめろ!相手はアマゾネスだぞ!殺されちまう!」
運ばれてくる死骸……、モンスターも人間も問わず。
「見ろよ!宝石ミミックを倒したんだ!」
「うっひょ〜!こんだけあれば半年は遊んで暮らせるぜぇ!」
「この金で蜜蜂亭のジョアンナちゃんを口説くんだ!へへへ、待ってろよジョアンナちゃ〜ん!」
財宝を抱えて帰る男達。
「白魔法の使い手はいないか?!行き先は浅層だ、安全は保証する!」
「弓使いがいたら来てくれ!森林領域で大梟を狩る!前衛は三人いるから安心してくれ!」
「岩亀を狩る!鈍器使いは来てくれ!分け前を多めにするぞ!」
パーティメンバーを募る声。
「満月草の納品か……、どう思う、相棒?」
「良いんじゃないか?確か……、岩場領域だろう?二日もあれば充分だ」
「そうだな。だが、この時期の満月草は希少らしいが……」
「その分、報酬は割増だ。行こうぜ!」
「……ああ!」
クエストボードから羊皮紙を引き剥がしたパーティが、意気揚々と門へと向かう……。
……そんな中、ギルド内の食事処で、『ガスコンロ』を使って鍋をやっている男が一人。
自称、運搬者(ポーター)のサターンである。
運搬人とは、その名の通り、荷運びをする存在だ。
この世界では、大別して三つ。
物理的な攻撃で敵を撃破したり、敵の攻撃から味方を守る『戦士』……。
魔力を薪にして行使する知恵の炎こと、魔法を使う存在、『魔法使い』……。
そして、彼らのサポートと荷運びをするのが、運搬人なのである。
しかしその姿は異様だった。
否、見方を変えれば異様とは言えない。
この世界……、サターンが言うところの『異世界』ではなく。
地球と呼ばれる有人惑星のある世界の、その星においては、ごくありふれた格好……。
つまりは、オレンジ色の作業服。
ツナギと呼ばれる洋服を着ていた。
地球ではありふれた服だが、この『異世界』では珍しい。
鮮やかなオレンジ色のような着色を、使い捨ての作業服につけられるほど、この世界は豊かではないからだ。
そんな男が、ギルドの中にある、冒険者の酒場の一角で。
机の上には、地球のガスコンロ。
そしてその更に上には、ぐつぐつと煮える鍋……。
冬の寒空に嬉しい、白菜と豚バラ肉のミルフィーユ鍋。
側には、取り皿とヨツカンの味ぽん酢。
ピンク色のストロベリー味チューインガム。
行儀が悪いことに、録画されたテレビアニメが流れるスマートフォンも……。
こうして、完全に寛いでいた……。
血気盛んな冒険者。
全員がはみ出し者のような連中だが、そのはみ出し者の集まりの中でも更にはみ出した者は。
「オイなんだこいつゥ〜?」
「派手な服着やがってよぉ」
無論、こうなるのは当たり前だった。
「んん〜、良いねえ……。冬は鍋に限る。紅辛鍋の素もイケるんだが、昨日は大分飲んだからな。今日は胃に優しいものをさっぱりといただきたい」
「テメェ聞いてんのか?!」
「鶏肉団子のでも良かったんだがな。でも、今日は白菜の気分だったんだ。スーパーで白菜君と目が合ったんだもん仕方ない。肉こねるのもめんどくさいし……」
「何言ってんだテメェよぉ?!!」
「まあ、水炊きは次回にしようか。冬は長いぜ?」
「こ、こいつ!馬鹿にしてやがる!俺様を舐めんじゃねえ!俺は半年で『難度3の領域』に突入した天才なんだ!俺を見下すことは許さねェ〜!!!」
あわや、一触即発。
サターンの後頭部に、大男の鉄拳が迫る……。
「やめとけ」
……そして、その拳を、誰かが受け止めた。
「テ、テメェは何なんだ?!」
大男が叫び、振り返る。
そこにあったのは、女受けのよさそうな甘いマスク。
垂れ目がちの青い瞳に、暗めのマットカラーの髪を馬油で後ろに撫でつけた、冒険者にしては格好つけた様相の男だ。
一見すると、冒険者と言うよりは女郎屋のような軟派な顔つきだが、これほどの大男を片手で押さえ込む辺り、実力の高さが窺える。
「テ、テメ……、いや、あんたは……!『蠍殺し』のハリー!!!」
「俺を知ってるのかい?いやあ、俺も有名になったもんだ……」
ハリーと呼ばれた男は、そう言ってはにかみながら後ろ頭をかいた。
「あいつがハリーか?!」
「熱砂領域のボス、鋼鉄蠍をやったとか……」
「魔法の剣で、人の腕ほどもある鋼鉄の尻尾を斬り落としたらしいぜ」
騒めく低級な冒険者達。
今最も波が来ている冒険者の一人、ハリーに会えたことで浮き足が立っている。
そこに、ハリーは一言、言葉を発した。
「こいつは俺の友人でね。手を出さないでもらえるかい?」
「は、はいっ!分かりましたっ!!!」
すると、サターンに絡んで来た男達は、脱兎のように逃げ出した……。
その最中も、我関せずと鍋をつついていたサターン。
その様を見て苦笑いを浮かべたハリーは、サターンにこう声をかけた。
「よお、旦那」
気安い言葉だった。本当に、友人のような態度だ。
「ああ、お前か」
話しかけられているのに、食べる手を止めないサターン。
ペットボトルに入った冷たい茶が、熱く煮えた白菜を喉奥に押し込む。
「あー、酒飲みてぇ」
「おっ、良いね。飲むか?」
「今日はやだよ。昨日、ゲオルグのおっさんに死ぬほど飲まされたんだし」
「へえ!ゲオルグ卿が来てたのか」
「会いたいのか?」
「一応な。最も新しき伝説、大英雄のゲオルグ卿……。会いたくないと言えば嘘になるさ」
ふぅん、と。
興味なさげに切り捨てたサターンは、締めにラーメンを鍋へ投げ込む。
「……にしても、新人に舐められて良いのかい?あんた、強いだろ?もっとそれなりの態度をしたらどうだ?」
「その必要はない」
「はっ、そうかい。……だが、仮にここで俺が助けなかったらどうしてたんだ?」
サターンは後ろに親指を向ける。
……「サターン!調子はどうだー!」
上級冒険者の一人、アマゾネスの族長の女がこちらに手を振っていた。
———なるほどね、俺が助けなくても、誰かが手を出していたってことか。
そう、口の中で言って、ハリーは一言。今度は声に出す。
「っと……、悪りぃ。男と無駄な話をするのは嫌いだったよな、あんた」
「そりゃそうだ。お前だってそうだろ?」
「ははっ、違いねぇ。じゃ、本題だ」
ハリーは、一人の若い女をサターンの前へと連れて来た。
歳の頃は三十歳ほど、未成年の少女である。
三十にして未成年であると断ずるのは、この少女が長命種のエルフであるからだ。
エルフらしい美形の、明るい金髪をした、耳長の少女。
彼女は、軽いローブを着込み、杖を持っていた。
つまり、魔法使いである。
「こいつはウチの新人のドロシーだ。ハーフリングと見分けがつかんちんちくりんだが、学院(アカデム)での成績は上々だったらしい」
「よ、よろしくお願いします」
それを見たサターンは、ハリーに手のひらを差し出す。
「ああ、ほらよ」
ハリーはその手のひらに、金貨を一枚乗せた……。
「えっ……?!ハ、ハリーさん?!金貨一枚って!」
ドロシーは狼狽えた。
金貨一枚は、牛が番で買える額だからだ。
彼女の人生の中でも、金貨を目にしたことは数えるほどしかない。
それなのに、目の前で、金貨を使った何かのやり取りが行われた……。
端的に言って、怖いのだ。
「ハリーさん!わ、私、この人から『アドバイス』を聞くだけだって!そ、それなのに、金貨を、金貨なんて!」
「はっ、落ち着けよ、ドロシー。良いか?『冒険者には、金貨を払ってでも知りたい情報』ってのがあるんだよ」
「そ、そんなもの……」
「さあ、旦那!頼むぜ!ドロシーの『ステータス』を!!!」
その瞬間。
空気が、変わる。
ドロシーは、自らの心の奥底までをも覗かれたように感じ、恐怖に震えた。
「……Lv3だ。アカデムで鍛えたのは嘘じゃないようだな。浅層からなら大体生還できるはずだ」
「レベル……?」
ドロシーは、震える唇から息を吐くようにして疑問の言葉を投げかける。
「『レベル』は、存在の階位だ。レベルが高いものは、HPとMPと、ステータスが伸びる。とは言え、ステータスは種族の限界値+10が最大値だが。主に23もあれば、ステータスはカウントストップする」
「な、何を言って……?!」
「因みにHPとは、『打点をずらす技能』だ。本人の身体が硬くなる訳じゃない」
続けて、サターンは、言葉を投げかける。
「HP20……、MP2/2/2/0/0/0/0」
「アーマークラス(回避率)はAC10だな、裸同然だ」
「そして、力7、知14、信5、生8、早9、運7ってところか。特技は黒魔法。総評……」
「———魔術師(メイジ)だ」
「なるほどな」
ハリーは頷いた。
「知力14ってことは、後一つレベルが上がれば、『魔法ダメージボーナス』がつくってことだったよな?」
「ああ。ステータスは、15、17、20、23、27、30においてボーナスが発生する」
「へえ、ならドロシーの知力はどこまで伸びる?」
「エルフの知力初期値は13だ。限界ステータスは初期値+10……、つまり23までだ。四段階目のダメージボーナスは、ダメージダイスを四つ追加するから、三階位の魔術なら実質威力二倍だ」
「そうか!良かったなドロシー!お前には芽があるそうだぞ!」
ハリーに肩を叩かれるドロシーだが、彼女は茫然自失としていた。
———「人の能力を数値で表す?成長の限界を予測?……あり得ない!」
内心では嵐が吹き荒れ、頭の中はぐちゃぐちゃを通り越して真っ白。
「そ、そんなの!あり得る訳ないじゃないですか?!何なんですか、ステータスって?!何なんですか、この人はっ!!!」
そう、到底信じられるものではない。
そもそも、人間の能力を数値で定量的に表すなど、できるはずがないのだ。
更に言えば、仮に能力の数値化ができたとしても、そんなことを知る魔法はないし、特技もあり得ない。
あり得ないことにあり得ないことを重ねているのだ。
それはまさしく……。
「絶対にあり得ないっ!!!」
そうやって取り乱すドロシーを見て、ハリーは懐かしそうな顔をして遠くを見た。
「俺も昔は同じセリフを言ったっけなあ……」
「ハリーさんもおかしいですよ!どうしてこんな怪しい人の怪しい言葉を信じるんですか?!私は……!」
「大丈夫、大丈夫。落ち着けよ、聞きたいのはジャイアントスパイダー辺りをどう倒すか、だろう?」
「……ッ?!!」
サターンは、ドロシーの悩みを一言で言い当てた。
「未判定名『大蜘蛛』、ジャイアントスパイダー。難度3の領域に広く棲息。平均HPは14程度……。今お前が使用可能な最大の魔法、三階位魔法……、マ・フォティア(炎の噴射)で一撃で倒せたり倒せなかったりするって話だろ。大体分かってる」
「なっ……なんで……?」
怯えるドロシー。
見てきたように語るサターン。
「三階位攻撃魔法の打点は4d6だ、期待値は14なんだから、HP14のモンスターがちょうど落とせる計算だ。とは言え、乱数があるから確実とは言えないんだがな。だからアドバイスを受けに来たんだろう?」
ドロシーは、吐き気を堪えていた。
自分の手の内を、一目見るだけで丸裸にされるなど、酷く恐ろしいことだからだ。
こんなこと、あってはならない。
「ポピュラーなコモンクラスのマジックアイテムに『知恵の指輪』があるだろう?あれは、装備すると知力を+1する。あれを装備すれば知力が15になり、知力ボーナスが発生し、魔術の威力にダイスが一つ分追加される。つまり、期待値は17.5だ……。これは、難度5の領域でもどうにかなるくらいだ」
そう話すサターンの瞳には、何も映っていなかった。
空虚な瞳は、底のない穴、深淵のようで、酷く恐ろしい。
「なるほどな、知恵の指輪か。確か、店売りもされているはずだし……、買いに行くか、ドロシー」
「ぁ、え、あ、はい」
「……すまねえな、旦那。ドロシーは肝が小さいんだ」
「いや、良いさ。貰うもんを貰えりゃ、その分の働きはするってだけだからな」
迷宮都市ウィンザリア……。
ここには一人の変人がいる。
下級冒険者の癖に、上級冒険者達に気に入られている、不思議な男で……。
死人のような白肌をした、運搬人だった……。
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