第2話 プロローグ2

【盲目の正義漢よりも利己的な偽善者の方が遥かに善良だ。己が所業の有無を理解出来ていない者程、性質が悪い物はない】錬金学者ドニス・コリー

 

 

 

 

 

 戦勝と言う吉報を持って帰った兵士達を、国は総出で祝い迎え入れた。王都ではその労をねぎらう為に、格安で酒が振る舞われ多くの露店が所狭しと出店している。そんな祭り囃子が聞こえて来る郊外に、王宮に向けて走る馬車が一台あった。扉には黄色の花洎夫藍の家紋が象られており、やんごとなき人物が乗っている事を指し示している。

「景色を眺めてどうなさったのです、レヴェロ殿?」

 搭乗者は二人。派手さはないが品のいい礼服に身を包んだ五十代前半の男性と仮面を付けた黒づくめの服の男である。彼の傍らには斬り傷や何やらでボロボロになった鞘に納まった刀が置かれている。どうにも目を惹かれるそれに何とか区切りを付けて男性は目の前に座る奇妙な知己へと語りかけた。

「”いえ、この道を通るのも随分と久しぶりだなと思いまして,,」

「そうですか。見慣れた光景と言う事はそろそろ着きますね」

「”あ、そうだ。オルグ伯爵、遅くなりましたが同乗させて頂きありがとうございます,,」

「いいのですよ。貴方が国へ貢献している度合いに比べれば私の仕事など微々たる物。それに私も王宮に参る用があったので都合が良かったのですよ」

 労いの言葉を受けて、先程まで畏まっていたレヴェロは肩の力を抜き雑談へと戻る。戦争が終わって早三日。偶然、到着した街で出会った二人は行き先が同じと言う事から時間を共にしていたのが現在である。

「そうそう、レヴェロ殿。最近私の息子が将来の夢は戦騎になりたいと申してまして、どうでしょう?弟子を取られる考えなどはございませんか?」

 何気ない会話の途中で言われた唐突な申し出に、レヴェロは仮面越しに顎へ手をやり考え込むような仕草を取ると数秒の末に打って変わった真剣な声音でありのままを言葉にする。

「”夢を見るのは子供の特権です。否定はしません。でも応援も出来ません,,」

「それは、何故か聞いても宜しいですか」

 はっきりと断られた事によって、少し冷めたような空気が車内を包む。だが、それは決して怒りからでは無く純粋な疑問からの問い返しとなっていた。子供は誰でも分野を問わず、英雄に憧れる。伯爵は少なからず世間的にも憧れの的である本人が否定する事の大きさに大変な関心を抱いていた。

「”現実を知ると人は夢を見なくなります。戦騎も同じで、皆さんが思っている以上の重責と激務に身を置きます。戦場では常に最前線で闘い、敵の戦騎と相対すれば例え格上の相手であっても逃げる事は許されません。それに、普段から人には言えないような任務にも就きます。そんな不浄とも言い換えれる存在に、進んで我が子を成らせてあげたいと本心から思えますか?,,」

 ぐうの音も出ない正論と真実に子爵は思わず黙り込むしかなかった。自身の配慮が及ばなかったと猛省する伯爵の姿を見たレヴェロは慌てて訂正を口にする。

「”ですが、先程も申し上げたように夢を見るのは子供の特権。最後は成長した本人の覚悟に問う事が一番の正解です。すいません、何だか上から目線で,,」

「いえ、こればかりは私の失態です。謝るべきは私の方です」

「”ではこうしましょう。この話は元々していなかったと言う事で?,,」

「そうですね、ありがとうございます」

 ようやく和やかな雰囲気に会話を戻せると二人が思い言葉を返すと殆ど同時に快調に走っていた馬車は急停止した。あまりに急で異様な事態に馬車の中に緊張が走る。

「おい、何故急に止まった。聞こえてないのか?」

 明瞭にかつ冷静に問い掛ける伯爵の言葉に対して御者からは何の返答も返ってこず、不審に思った二人は顔を見合わせると壁に備え付けられたカーテンをめくる。本来御者の背中が見えるような作りになっている物だが、開かれた先には誰の姿も存在していなかった。突然の事態に子爵は少し余裕をかいた態度が顕になり、レヴェロは警戒心を二段階程引き上げ臨戦態勢を取る。

「レヴェロ殿、あれを」

 原因を探っている最中、何かを警戒するかのように馬車の扉に備え付けられたカーテンから外の様子を伺う伯爵に促されるままそこへ目をやると、遠巻きにみすぼらしい格好をした複数の男達が取り囲むように立っている。手には短剣や斧、おまけに弓まで持っている者もおり誰がどう考えても野盗か追い剥ぎの類いの連中であろう。しかし、不自然なのはあざ縄て口を包んだ大きな麻袋を乗せたオンボロな荷車が彼等の直ぐ後ろに停められている事だ。

「困ったな。差し出せるような物は今持っていなんいんだよ、レヴェロ殿?」

「”……奴らの目的が金品じゃなくて貴方の身柄だとしたらどう思いますか、オルグ伯爵?,,」

「!詳しく聞かせて下さい」

 了承したと頷くレヴェロは、外への警戒を怠らずに説明へ入る。

「”素人推理ですが、今まで馬車を運転していた御者…もしかしたら新しく雇ったりしましたか?,,」

「ええ、ここ数週間前に。馬の扱いに長けているとの事でしたので」

「”成る程、そこからですね。この罠が張られたのは,,」

「罠?」

「”ただの憶測なので断言は出来ませんが、この状況は第三者の手によって作り上げられています。理由は二つ、まずはこの不自然な状況です,,」

「……」

「”郊外とは言え王宮への道に繋がっている要所です。ここら一帯にそれなりの巡回の警邏が居てもおかしくない,,」

「確かに、ちょっとした騒ぎでも直ぐに駆けつける筈なのに」

「”恐らく、巡回の配置や時間に口を出せる大物が裏に居るんでしょう。心当たりは?,,」

「あり過ぎますね。恐らくレヴェロ殿もご存知かと。それともう一つは?」

「”あいつらですよ,,」

 指し示す先には、下卑た笑みを浮かべる野盗達が立っているだけである。しかし、その中にはぎこちない笑みを浮かべる表情の固い男がいた。

「彼等が?ただの野盗でしょ?」

「”えぇ、大半は。ですが明らかに立ち振る舞いの違う者が数名混じってます。色々と要素はありますが、目線・立ち姿・武器の持ち方。どれも訓練して身についている物です。野盗に身を落とした者だと言い訳は付くだろうが、にしては肌や髪がこ綺麗過ぎます。一介の貴族一人を攫うのに、そんな細かい事まだ気に掛ける必要は無いと思ったのでしょう,,」

「成る程。それは見破られるとは、向こうも大きな誤算だったようですね」

「”ええ。でも、奴等はもっと大きな誤算を重ねています,,」

「それは?」

「”私が乗っていた事です,,」

 自身あり気な言葉を呟くとすぐさま足下に置いていた刀を勢いよく床へ立て、身を屈めながら狭い馬車の中から出ようとする。

「レヴェロ殿!」

「”露払いして来ます。乗せて貰ったお礼です,,」

 そう言い残すと、扉を開け放ち勢いよく外へと躍り出るレヴェロ。野盗達は謎の仮面を付けた男が突然現れると言う想定外の事態に一瞬慄くが、再び威勢を取り戻しその矛先を彼に向ける。

「おい!お貴族様が乗ってる筈だろ?ちょっと俺らと来て欲しいから呼んでくれねーか?お茶しましょーってな!」

「「ギャハハハハハハハハハハ」」

 下卑た笑い声が静まりえる空間にこだまするかのように響く。それに対して、辟易とした分かり易い態度を取ると、自身の悪癖をあえて抑えずに曝け出す。

「”……悪いが、伯爵はお前達みたいな不潔な連中とは関わりたくないらしい,,」

「何だと!」

「”会いたいなら、一度帰って身なりを整えてから出直せ。変な菌でもうつったら大変だ,,」

「俺らは鳩か!野郎言わせときゃ好き勝手言いやがって!テメーは引っ込んでろや!!」

「(そう簡単には乗ってこないか)」

 得意の皮肉と毒舌を織り交ぜて分かり易い挑発を試みたが、荒くれ者であるくせに思いのほか我慢が効いていた。想定外の事態に状況を読み間違えたかと焦るが野盗達の目を見ると、血走った目で睨め付け確実に怒りが込められた瞳を全員が携えている。もう一押しして仕舞えば簡単に襲い掛かって来そうな程、憤慨している様子が見て取れた。

「”ほう?俺が居たら怖くて近付けないのか?なら見逃してやるから回れ右して寝ぐらに逃げ帰れ,,」

「このクソボケが!もう構わねぇ!中の貴族共々ぶっ殺せ!!!」

「「おおぉぉぉぉ!」」

「お、おい!」

 野盗の頭と思しき丸坊主の男が号令を出すと、いきり立つ十数名の男達は我先にと走り出す。そんな〔仲間〕の姿に困惑する数名も遅れて追い掛ける。十秒もせずにその距離を詰めると、中でも抜きん出て足の早い長髪の男がレヴェロの脳天に目掛けて手斧を振り下ろす。目前に迫り来る刃に微塵も焦る様子も見せず、ゆったりとした動きで左足を後ろへ下げ半身になると先程まで立っていた場所を斧が通過して行く。紙一重で刃を避けると同時に、目にも止まらぬ速さで抜き放った刀が首の頸動脈を撫で斬りにすると、斬られた男は走って来た勢いを保ちながら伯爵が乗ったままの馬車に激しくぶつかる。そのまま力無く地面に倒れたと思えば数度の痙攣の後に血溜まりを作って動かなくなって仕舞った。それを見ていた野盗達は今、目の前で起こった事を目の当たりにしゆっくりとその足を止める。

「え?」

 誰が呟いたのかもわからない小さな疑問の声を皮切りに、黒い風が棒立ちになる男達へ突撃する。図らずも密集してしまっている男達に体当たりして蹴散らすと、レヴェロはまず強襲されて呆然となっている者を横薙ぎに斬り伏せ、返す刀でもう一人を袈裟斬りにすると間髪入れず柄を手の内で回しながら峰打ちの状態にして振り向きざまに背後の敵の喉笛を掻っ切る。右往左往する中で次に標的を定めたのは弓を持った男。四方八方から繰り出される剣や槍などを軽快な動きで避けながら接近すると、飛び蹴りを食らわせて地面へ押し倒す。すぐさま着地と同時に態勢を整え蹴り倒した男に身を起こす隙も与えず胸を踏み付け、逆手に持ち変えた刀で首を斬り裂く。野盗達は何の躊躇もなく、そして機械的に急所ばかりを狙って斬って行く目の前の敵に、今更ながら並々ならぬ恐怖を抱く。話が違う。こんな用心棒がいたなんて聞いていない。そんな抗議の声は喉から飛び出す事はなく、血飛沫となって地面へ滴り落ちて行く。

「”はぁーー、すぅー、しぃーー,,」

 仮面の隙間から不気味に溢れる息遣い一つに野盗達は童のように震え上がる。きっとその仮面の下には、鬼気迫る殺意に満ちた化け物のような恐ろしい形相が隠れているに違いない。そう相対する者達は思った。まともに剣を振る事すら出来ず、一方的な虐殺が繰り広げられる。ある者は滅多刺しにされ、ある者は頸椎を叩き折られ、中には転がっている大きな石で頭をかち割られ撲殺されている者までいた。数分後、気が付けば死体の群れの中心にはこの状況を作り出したレヴェロが佇み、偶然にも生き残った賊の頭と思しき男が腰を抜かして命乞いをしていた。丸坊主に顎から鼻筋にかけて一文字の切り傷がある強面の顔が、恐怖に歪んで目も当てられない醜態を晒している。

「お願いします、命だけは!命だけは!」

「”考えておこう。じゃあ知ってる事を全部話せ,,」

「はい!」

 乱れた息を正しながら答えたレヴェロに、まるで天から垂らされた蜘蛛の糸を見つけたかのように喜ぶ賊の頭は事細かに聞く前に、自身の知り得ている情報をぺらぺらと残さず白状した。

・ある日、寝ぐらに身なりのいい初老の男がやって来て手付金と称し小箱いっぱいの金貨を置いて行きとある依頼をして行った。

・こちらから連絡した日に、所定の場所で待機してやって来た標的の貴族を攫って欲しい。

・連絡の為の繋ぎとより計画を成功に近付ける為に、部下を一時的に加入させる。

 それが、男が語った全てであった。

「あ、あの全部話しましたよ?じゃあ、俺はこれで」

 その場から逃げようと試みた男に対して、レヴェロは無防備に晒された背中に躊躇なく刀を振り下ろす。突然、斬りつけられた男はまともに反応する事も出来ずに地面へ叩き伏せられてしまう。

「あが!?やくそくが、ちがぅ」

「”約束なんてした覚えはないぞ?,,」

「はぁ…?」

「”俺は考えておくとしか言っていない。それにその顔の傷で思い出した。お前、押込みの果てに商家の一家殺害、おまけに火付けまでした[二枚舌のジャン]だろ?立派なお尋ね者だ,,」

「クゾ、グゾ!」

「,,トドメは刺さん。ゆっくり、お前が手にかけた無抵抗の女子供の顔を思い出しながら死んで行け,,」

「ふざげんじゃでー!テベーおぼえでろ!のおってやる!たたりころひてやる!なかばともどもてべーをうらみごろじでやるがらあ」

「”………,,」

 ジャンと呼ばれた盗賊は最期、憎しみを込めた目で睨み付けるとそのまま絶命した。目の光が失せても、レヴェロを射抜く怨念は最早数え切れない程に人を屠って来た彼からしてみれば今更慄く物ではないが気の良い物でもなかった。掠れて行く男の言葉を聞く為にしゃがみこんでいたレヴェロは、絶命した事を確認すると立ち上がって刀の返り血を肘で挟むように拭うと慣れた手付きで鞘へ納める。そして、何を思ったのかおもむろに両手を合わせ数秒目を瞑り何事もなかったかのように再びその場に立ち尽くす。

「”しまった。勢い余って全員殺してしまった,,」

 改めて自分が手にかけた者達の亡骸を見た事で、本来やろうとしていた目的を思い出す。黒幕の手下と思しき男達を生け取りにして尋問するつもりであったが、手加減なんて器用な真似が出来る程の腕を持っていない事が災いし、あえなく殺す羽目になってしまったのだ。

「”どんな顔だったかな?こいつは……違う。あーこいつだ,,」

 十二程の死体を調べて、ようやく記憶と一致する顔を見つけ出しその体を調べる。側から見れば戦場泥棒のような卑しいその姿を、他の誰かに見られない為に手際よく調べを進める。懐や背中など何かを隠しておける場所を弄るが、これと言った物は出て来ず調べ損かと肩を下として次へ移ろうとした時、死体が手に持っていた短剣の刀身が陽光を反射し仮面越しにその目を刺激する。一瞬目を背けるが、何の事はないと思い離れようとしたその時、柄頭に何か彫り物がされている事に気が付く。無性にその彫り物が気になったレヴェロは、冷たくなりはじめた手から短剣をむしり取るとじっくり観察し始める。

「”これは……何だ?,,」

 彼が背中に背負っている剣と花でもなく、オルグ伯爵の家紋である花洎夫藍でも無い奇妙な形をした紋章が彫られている。

「一重の二角に、水星の老樹ですね」

「”オルグ伯爵!?すいません別の事に気を取られて、お怪我などはありませんか?,,」

「えぇ、この通り。レヴェロ殿が戦って下さったお陰です。まさに【暴竜】の二つ名を冠するだけありますな、まぁ、それよりも」

「”これですよね?,,」

 何かを知っていそうな伯爵に短剣を手渡すと、まるで鍛治師のような目付きで観察し始める。

「レヴェロ殿、この刃どれだけ使い込まれていますか?」

「”殆ど使って無いみたいです。血による曇りもなく欠けすら見当たらない美しい刃です,,」

「と言う事は授かり物か何かだったと言う事か。この彫り物の紋章。家紋である事には気付かれてますよね?」

「”えぇ、その可能性が高いとは思っていました,,」

「この家紋は、西の方によくいる騎士の家の家紋です」

「”西と言えばロンメル公爵の?やはりそうだったか,,」

 二人は最後まで言葉にはしなかったが、お互いに何を考えているかは理解していた。

 ロンメル公爵家。クジュラ建国時に内政を整えた貢献を認められ、現在の爵位を与えられた由緒ある名家である。しかし、年々増し続けるその権威はラースゴルド王家他、各構成国の王家達すらも脅かす程となった事でクジュラは公爵派と王族派の二大勢力に分かれ血で血を洗う政争を繰り広げて来た。今日のように。

「王族派の私を始末する陰謀ですか。だが、我々の派閥の最高戦力たる戦騎がたまたま同席していたとは。彼らが少し不憫に思えて来ましたね」

「”かける情けは不要です。こいつらが足を引っ張る所為でリスタリアだけでは無く国内にまで戦力をさかなければならないんです。それで犠牲になった兵士達の事を思えば何の情も湧きません,,」

「それもそうですね、おや?」

「武器を捨てろ!手を挙げて跪け!」

 会話を遮るように、統率された動きで白い制服に身を包んだ兵士達が二人を包囲する。本来この場所を巡回する筈であった憲兵隊に所属する警邏がようやく到着したのだ。苦笑いする二人は、長剣の鋒を向けられた事で抵抗の意思はないと示し大人しく指示に従って腕を後ろ手に組む。

「これは、貴様がやったのか!?」

「”そうですが待ってください。誤解する前にこれを見て欲しい,,」

 冷静に返答する彼は、左手の籠手と背中の紋章を見せた事で明らかに兵士達の間に動揺が走る。そして、我に帰ると咄嗟に敬礼をすし乱暴な口振から丁寧な軍人としての言葉遣いに戻る。

「し、失礼しました!戦騎殿とは露知らず!」

「”いえ、お気になさらず。ところで貴隊の隊長はいないのですか?,,」

「ここにいるさ……レヴェロ」

 気怠さが僅かに混じった声音が、空気を凍り付かせる。兵士達が明らかに強張った表情で慄きながら道を開けると、凱旋のように前へ出て来たのはレヴェロと同じ黒く裾の長い軍服に身を包んだ男だ。だが、彼の着る軍服と唯一の違いは背中に刻まれた紋章が別物である事だ。それに加えてその男の頭には四足動物を思わせるような獣の耳がくっついた奇妙な見た目をしている。

「”リアベルト,,」

「相変わらず、忙しいみたいだな。他人の仕事の肩代わりが出来る程とは恐れいるよ」

「”あぁ、おかげでゆっくり休む余裕もない。お前も仕事を果たさずにのんびりくつろげてるみたいで羨ましいよ,,」

「ふふふふ」

「”はははは,,」

 目が一切笑っていないそのやり取りは、兵士達を震え上がらせた。会話から二人が知り合いである事は察せれるが、容赦のない皮肉の応酬に間柄が如実に滲み出ているからだ。

「”こんな所で油を売ってる場合じゃないんだ。じゃあな,,」

「ちょっと待て、この状況を説明してから行け」

「”刺客!!俺が処理した!以上!!,,」

「端折り過ぎだ!理解したが!!」

 じゃあなと言わんばかりに手を振ると、レヴェロと伯爵は馬車へと戻って行き馬車を運転出来る兵士がその手綱を握り何事もなかったかのようにその場を後にする。

「た、隊長?」

「何だ?」

「あの、先程の方とはお知り合いで?」

「ただの腐れ縁だ。お前達が気にする事じゃない」

「はぁ」

「さぁ、この死体を片すぞ。全く散らかして行くだけ散らかして行きやがって。だが今回はこちらの落ち度だから貸しもつくれん!あぁ、ちくしょう!!」

 

*****

「”まったくあのうざったい高慢猫が!自分の仕事しろってんだ!あぁぁぁイライラする!こんな所であの面を見るなんて最悪の一日だ!!,,」

 襲撃を受けた時でさえ、取り乱さずに平静を保っていたと言うのにあのリアベルトと呼ばれた青年と顔を合わせ会話しただけで見た事もない程、怒り狂っている。どうした物かと思案し狼狽える伯爵は、何とか彼を宥める事に注力し十分程でその怒りは鎮静化して行った。

「”すいません。お見苦しい所を,,」

「いえいえ、リアベルト殿とは以前に何かあったので?」

「”聞かないで下さい。憲兵隊の宿舎を炎上させるかも知れません,,」

「はい」

 これ以上踏み込むべきではないと判断し、大人しく引き下がった。僅かな沈黙の時間が流れると窓の外には二人にとって見覚えのある建物がようやく確認出来た。そう遠くない距離である筈なのに壮大な遠回りをした気がして今にでも眠ってしまいそうな程の疲れを二人は感じていた。

「レヴェロ殿、一度お茶でもして休憩してから行きましょうか」

「”そうですね,,」

 同意するやいなや二人は霞がかかりかけた視界を擦りふらつく足で、国政の中心でありラースゴルド王家が住まう王宮【白華宮(ディア・ジーノ)】へ足を踏み入れるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る