蜘蛛の糸電話

@d-van69

蜘蛛の糸電話

 なんとも欲にまみれた人間どもよ。誰もが己のことしか考えておらず、醜いことこの上ない。このままではろくなことにはならないであろう。忠告してやりたい気もするが、今では私の言葉を受け取れる者はいなくなってしまった。世にあふれているのは偽物ばかり。まだ人間が清廉だった頃なら、誰もが私の声を聞き、奇跡を目の当たりにできたと言うのに。そう遠くない未来、この星も滅びる運命にあるのか……。

 ため息がこぼれ出た。眼下にはせわしなく動き続ける人間界が見える。その中で、ふとある男の行動が目に留まった。

 道行く人の流れを遮り、巣から落ちた蜘蛛を丁寧に拾って木の枝に乗せてやっていた。周りからは奇異の目で見られているが、男はそんなことには頓着していない。

 早速その男の経歴を調べてみた。今年で20歳になる多田ユウジは、幼少期に両親を亡くし、施設で育てられていた。貧しいながらも懸命に勉強し、奨学金を得て大学に進学。将来は医師となって海外の貧しい国々で医療活動に奉仕することを目標とする。また学業の合間にはボランティアに参加し、自分と同じ境遇の子供たちに勉強を教えている。

 なるほど素晴らしい。真面目一直線。生まれてこの方悪い行いは一つもない。彼になら人類の未来を託せるかもしれない。とは言え、問題はファーストコンタクトだ。昔なら目の前に姿を現すなり、夢枕に立つなり、あるいは頭の中に直接語り掛けるなりしたものだが、今もその手が通用するのかどうか。真面目な彼のことだ、下手をしたら自分の頭がおかしくなったとでも思うかもしれない。

 考え抜いた結果、彼にふさわしい一つの方法を思いつき、準備に取り掛かった。



 アパートを出た多田は外階段を駆け下り、道路に飛び出した。最初の角を曲がったところでいきなりコツンと顔面に何かが当たった。

 数歩後退りそれを見る。蜘蛛だ。お尻から出した糸でぶらさがり、ゆらゆらと揺れていた。

「まさか、昨日の蜘蛛か?もしかしてお礼のつもりかい?」

 言いながら彼は糸を辿って視線を上げ、口をあんぐりとあけた。糸は延々と上空へと続き、見えなくなっていた。

「なんだ、これ」

 見上げたまま呟いた彼の耳に、誰かの声が聞こえてくる。

「おい、多田よ。聞こえるか」

彼の視線は蜘蛛本体に向けられた。

「え?蜘蛛がしゃべった?」

「違う違う。しゃべったのは蜘蛛ではない。私だ。私が蜘蛛の口を借りているだけだ」

「私?って、誰?」

「ああ、申し遅れた。私は、神だ」

 それを聞いた多田はあたりをきょろきょろと見ながら、

「なんですか?これ、テレビのドッキリか何か?」

「馬鹿者。そのような下賤なものと一緒にするな。私は正真正銘の神だ」

 怪訝な表情の多田は無言のまま蜘蛛を見つめている。

「いいかよく聞け。今のままでは人類は、いや地球は滅んでしまうのだ。それを食い止めるために、お主に働いてもらいたい」

「すみません。イタズラならもう行きますよ。学校があるので」

「待て待て待て。信用できんのなら、証明してやろう。いいか、よく聞け。今から5分後に、××で大地震が起きる」

「あのですね、ピンポイントで地震の予知なんて無理ですよ」

「無理なものか。私は神なのだ」

「神ですかぁ……」と多田は空を見上げる。

「それにしてもこの蜘蛛の糸、どこからどうやって吊るしているんですか?どんなトリックなんだろう」

「トリックなどあるものか。この私が、自らの手で下界に吊るしておるのだ」

「またまた……」

 苦笑する多田の携帯が震えた。画面には緊急地震速報の表示があった。発生場所は××とある。

「え……すごい。本当に地震が起きたじゃないですか」

 興奮する彼とは対照的に、神の声は冷静だ。

「当たり前だ。私は神なのだ。なんでもお見通しだ」

「それなら、他にも予言ができるのですか?」

「もちろんだとも。次は〇〇で火山が噴火。その後は△△で航空機事故。さらには□□地区で内戦が……」

 多田はそれらを一言一句漏らさずに、メモに書き止めていった。



 神多田。それが彼につけられた呼び名だ。多田が私から聞いた言葉を世界中に発信したおかげで、大勢の命が救われていた。その行動は民衆の心を捉え、彼自身が神として崇められる結果となっていた。それは致し方ないことだ。一般人に私の声は届かないのだから。むしろ喜ばしいことだった。奇跡を目の当たりにした人々は彼を信じ、彼の言葉にありがたく耳を傾ける。あとは彼の口から地球の惨状を伝えてもらい、人々の行動をよき方向へと導いていけばいいのだ。私はその後ろ盾となるだけだ。

 今日も多田の元へと蜘蛛の糸を垂らす。それを伝って彼の声が聞こえてくる。

「神様、ありがとうございます」

「いやいや、人の命が救われたのだから礼には及ばんよ。君にはこの先、もっと重要な使命が待っているのだ」

「そうなんですか?」

「ああ、そうだとも」

「じゃあその前にお願いです。よければもっと人の役に立つ予言をいただけないでしょうか。例えば、経済界の未来に関してとか。具体的に言うとどの企業の株が上がるのか、なんてことがわかれば最高です。そうすればもっと多額のお布施を頂けると約束してくれる人たちが……」

 手に力がこもり、思わず糸を引きちぎってしまった。

 彼もまた、欲にまみれた俗人に成り下がってしまったようだ。

 もはやこの星は、救いようがない。



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