運転手のいない乗り物
@gotchan5
第1話
「起きて」
「早く起きて」
頭の中で声がした。ふみ子の声だ。
目が覚めた。
私は朝の通勤電車の中、席に座って寝ていた。
「次は青山一丁目です。半蔵門線、都営大江戸線はお乗り換えです」
アナウンスが流れ、私は下車する支度を始めた。
不思議な事がある。
通勤の電車内で寝てしまい、下車駅直前に目が覚めるという事はこれまでも時々あったが、ふみ子の声で起こされたのは初めてだ。
映画やテレビドラマで夢の中に誰かが出てきて何かを示唆するようなシーンは、何度か見た事がある。
どこかわざとらしく感じていたが、実際自分がこういう経験をすると、それが俄かに身近なものに思えてくる。
永く生きてこういう経験を重ねていくと、それ迄創作に過ぎないと思っていたいろいろな事が実際に起こる事として身近に感じられ、感性が豊かになるのかな、等と思ったりする。
ふみ子は今でも元気に生きているから、これは霊的な何かではないだろう。
かといって、ふみ子が遠隔から心の声で呼びかけたテレパシー的な何かである等とも考えられない。
まぁ、冷静に考えて、これは私自身の生理現象みたいなものだろうと思う。
つまり私の意識は寝ていても、私の無意識のようなものは起きていて、電車のアナウンスを聞いているか、或いは乗車時間をカウントし、いつも下車する駅の直前で意識を取りもどさせていると考えるのが自然だ。
目覚ましが鳴る数秒前に目が覚めるのと同じだ。
その私の無意識は私が少しでも起きやすいようにふみ子を使って目覚めさせたという事か。
手の込んだことをやるものだ。
そんな事を考えて私は苦笑した。
だがその日は確かに寝覚めよく爽快な気分で二度目の起床ができた。
電車が到着する前にペットボトルから水を一口飲む。
旨い。
さあ、これから一日の仕事が始まる。
今日も忙しくなるぞ。
電車を降り、職場へと急ぎ足で向かった。
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