第7話 庭師のお兄さん
このお城に来てから1年以上が過ぎて、季節は春になろうとしていた。
城の中には小さいけど庭園もあって、庭師のお兄さんが来て庭の手入れが始まっている。これからどんどん忙しくなる季節なので、私は何かお手伝いは出来ないかなと考えていた。
それに…………庭園の横のあたりでもいいのだけど、菜園を作ってみたい……畑仕事が好きで、リンデンバーグではこっそり抜け出した時に身分を偽って、農家に交ざりながら農作業をやっていた事もあった。そこでお野菜をいただいた事もあったり……これはテオドール様には言えないわね。
王女が畑仕事をしていただなんて。エリーナは一緒に手伝っていたから知っているけど……
「エリーナ、今日も庭師の方は来ている?」
「はい!もうすぐ春ですから色々やる事が増えているみたいで、毎日来ていますね~気になりますか?」
「………………少し」
エリーナには全てお見通しよね。観念して菜園の計画をエリーナに話した。
「ここの庭園の横に菜園を作りたいなって思っているの……エリーナも知っているでしょ?私が畑仕事が好きな事を…………」
「ええ、知っていますとも…………あのような事をロザリア様に二度とさせたくはないと思っていましたのに……本当にお好きでやっていたのですね。ここに来てまでやりたいと申されるとは…………」
「畑仕事をしている時って何も考えなくていいから、すごく好きだったの。嫌な事も忘れられたし、疲れるとよく眠れるから……」
「姫様…………あ、ロザリア様でしたね!」
昔に戻ったような気持ちになったのね。エリーナはちょっぴり照れながら訂正し、苦笑いしている。
「分かりました、庭師の方に声をかけてきますね。ロザリア様が楽しそうにしている事が私の願いなんです。だからお任せください!」
「エリーナ……いつもありがとう」
エリーナには本当に頭が上がらない。私には血の繋がった家族は家族とは言えない人ばかりだったけど、エリーナは血の繋がりなどなくても家族と言える唯一の人間だわ。
庭師に聞きに行ったエリーナはすぐに了解を得て戻ってきたので、私たちは庭園に向かう事にした。
庭園に着くと、まだ寒い冬を越えたばかりの植物たちは、寒さに耐えながらも少しづつ芽が出始めていた。越冬の為に冬支度で縄で縛られていた木々は、縄が解かれて解放されたかのように枝は外に成長し、新芽を付け始めている。
春なのね…………植物を見ると季節を感じる。自分が生きているって感じられるから、とても好きだった。
このお城の庭園は大きくはないけど、しっかりと手入れされていて、枝なども綺麗に剪定されている。大きな常緑樹は丸形だったり色々な形に整えられているし、薔薇はまだ葉だけの状態だけど、アーチに枝が巻き付いて余分な枝は整えられていた。
これから蕾を付けて咲き始めるのね……余分な枝がないから綺麗に花が付きそう。
「こんにちは、綺麗に整えられているわね。今は寒肥しているの?」
いつも来ている庭師のお兄さんに声をかけて聞いてみた。ここを取り仕切っているにしては若いと思うけど……庭師と言えばご老人というイメージだった私は、あまりに若くて最初びっくりしたのだった。
「あ、こんにちは、奥様。そうです、よく知っていますね。そろそろ芽が出始める頃なので、元気にしてあげないと……」
「……私もお手伝いしてもいい?」
「え?!それは…………大丈夫です、けど……」
きっと庭師のお兄さんは、主の妻に庭仕事をさせる事に戸惑っているのね。
「私なら大丈夫。土いじりは慣れてるから」
「…………はぁ……そうですか。ではお願いします」
「ありがとう!」
手伝わせてくれる事が嬉しくて、声が弾んでしまったわ。いけない、淑女らしからぬ行動ね…………でも土いじりが出来るのが嬉しくて。お手伝いをするにあたって、汚れてもいい服を来て、エプロンを着用し、髪を纏めてグローブをして……しっかり準備をして取り掛かった。
「この子は根元?」
「そうです、このくらい撒いてください」
「……分かりました」
庭師のお兄さんの指示に従って、寒肥を撒いていく…………これからまた夏にかけて元気に育ってほしい、そんな願いを込めて。
そして寒肥を撒きながら、菜園について庭師のお兄さんに話してみた。
「この辺りに菜園が出来る場所なんてないかしら……」
「菜園ですか?庭園のそばに造ると景観の問題があるので、そこの角を曲がった場所なら日も当たりますし、出来ると思いますよ」
お兄さんが指を指して教えてくれた場所を見に行ってみると、丁度いい感じの土が敷き詰められている。ブロックで囲ったら菜園が出来そうだわ!
「ここは良さそう!ブロックで囲って…………ちょっとした畑になりそうね」
「はい、ではそのように進めますか?」
「ありがとう!ブロックなんてすぐに用意出来るの?」
お兄さんに素朴な疑問をぶつけてみる。
「この辺りは土よりもブロックや岩などが沢山転がっていますから、すぐに用意出来るかと思います」
嬉しい…………日当たりも良さそうだし、美味しそうな野菜が育ちそうね。
「私は庭師のレナルドと申します。何かあれば何なりとお申し付けください、奥様」
「ありがとう、レナルド。こちらこそ、よろしくお願いします」
私はレナルドに頭を下げ、寒肥を撒いて今日の庭仕事のお手伝いは終わりにした。そしてその日の夜、夕食後にテオドール様と一緒にお茶を飲んでいる時に園庭の話をしてみる事にした。
「庭師のお兄さん?」
「はい、庭師の方ってご老人のイメージが強かったのですが、若い方なのですね。今日初めてご挨拶しました」
なぜかテオドール様はとても驚いた様子で、私の話を聞いている。庭師の方に挨拶をしたって話をしただけなのだけど……
「その者の名は?」
「レナルドと仰っていましたが……」
「……ふーん……………………レナルドか。庭仕事を見ていたのかい?」
「あ、いえ…………少しお手伝いをしまして…………私はリンデンバーグで少し庭仕事をした事があったのです。それでこちらでもやってみたいなと思って、庭師の方に手ほどきを受けました。親切に教えてくださって……とても楽しかったです!」
庭仕事は本当に楽しかった……でもテオドール様には違う風に伝わっていたようで…………
「へぇ…………そんなに楽しかったんだ、庭師の手ほどきが……」
「え?違っ…………庭師ではなくて庭仕事が…………」
「私も明日、庭園に行ってみようかな。ロザリアと庭を見た事がないし、庭仕事も楽しそうだね」
「テオドール様に庭仕事なんてさせられません!」
私が凄い勢いで否定したので、テオドール様はキョトンとしていた。
「どうして?ロザリアも庭仕事しているのに?」
「そ、それは………………」
テオドール様はただでさえお忙しいのに庭仕事をさせるだなんて…………でもそう言われると、返す言葉がなくなってしまう。
「ふっごめん。あんまり反応が可愛いものだから……とにかく一緒に行かせてもらうよ?庭師に挨拶もしたいからね……」
テオドール様の優しい微笑みに弱い私は、ただ頷くしか出来なかった。
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