第6話

 3日が過ぎた3月3日。

 僕は津川さんよりも先に夜行バスに乗り込んだ。着くのは明日の朝。津川さんは朝一番の新幹線とバスを乗り継いで昼前には着くとらしい。朝に着いてしまう僕は、少し暇だから自分の実家に戻っていた。可能性は低いけど、もしかしたら沙也加がここに来たってこともあるかもしれない。

 そう考えているけど、僕から沙也加のことを訊くのは不自然だから、どうにか自然と口を割ってもらえるようにしたいけど、僕にはそんなことをできる実力はない。どう訊けば不自然さが残らない? それとも、普通に訊いてみて誤魔化す方法を考えるか? いや、嘘が苦手な僕にはリスクが大きい。

 普通に訊けば怪しまれるし、さりげなくも訊けない。何かあれば母さんの方から話があると思うけど、今のところない。何事もなかったと思うのが普通か。

 それよりも、沙也加との思い出の品を一つでも多く集めよう。些細なヒントで構わない。僕が覚えてなさそうな小さ思い出を探す。

 と言っても、僕らが付き合い始めたのは大学受験の受験勉強が始まる少し前。

 受験の忙しさで遠くへは遊びに行ってはいない。

 大学も別々で遠距離だから頻繁に遊んではいない。

 1番密にに過ごしたのは仮卒業の2月。

 3月からはお互い引っ越しの準備でろくに遊べていない。

 4月からは会う頻度が月1になっていた。

 考えれば考えるほど僕は彼氏として、沙也加を楽しませれていたか甚だ疑問だ。 

 わがままなのに遠距離恋愛になることを、よく了承してくれたり、なんで僕なんかを選んでくれたんだ。考えれば考えるほど、自分の立場が揺らぐ。いなくなってしまった君の、彼氏を名乗る資格が僕にはあるのかと。

 でも、今はそれを考えても仕方ない。その答えは君を見つけたその時にはっきりさせる。

 津川さんとの待ち合わせの時間まで、僕の部屋のありとあらゆるところを探したけど、手掛かりになりそうなものは何も見つからなかった。

 

「ごめん。遅くなった……」


 電車が5分遅れて待ち合わせの場所まで走る羽目になった。

 

「大丈夫だよ。時間ぴったし」

 

「それにしても、どうしてこんな裏路地に?」

 

 津川さんから指名された待ち合わせ場所は、駅から徒歩3分程度の小さな病院前。裏路地にあり人通りは昼間でも少ない。

 

「等々力以外にも警戒しないといけない人はいるからね。それよりも紹介するね。これ私の彼氏。名前は達川晴翔、同い年だからタメ口でいいよ」

 

「よろしく」

 

「あ、よろしく……あ、あの、沙也加……えーっと、田尾沙也加さんの一応彼氏の瀬戸竜也です」

 

 僕のオドオドした態度に津川さんは笑っていた。

 

「同い年だからそんなに緊張しなくてもいいよ。私の彼氏だし、仲良くなれると思うよ」

 

 津川さんはそう言っていたが、僕はそうはいかないと内心思った。

 

「真琴の言う通りだよ。そんなに緊張しないで。竜也もこっちの生まれなんだろ? 高校はどこだったの?」


距離の詰め方が怖い。

 

「ああ、えーっと、二軒屋高校……」

 

「学区?」

 

「学区外……」

 

「へえー、そうなんだ。じゃあ、優秀なんだね。そりゃそうか。名門の口真大学だもんな」

 

「いやいや、そんな僕なんてたまたま偶然受かっただけだよ」

 

「男二人。話したいことはたくさんあるかもしれないけど、それよりも移動しよう」

 

「そうだね」

 

 次に案内されたのは近くのコインパーキング。ビルとビルの間にある狭いコインパーキングだ。そのコインパーキングの奥から2番目に停めてある白い乗用車に乗り込んだ。

 僕は運転席の後部座席。津川さんは助手席。達川君んが運転席だ。

 

「達川君すごいね。車運転できるんだ」

 

「まあね。こっちだと車がないと色々不便だからね」

 

「確かに」

 

「話すことがなくなったなら、今日の段取りを一通り話してもいい?」

 

「オッケー」

 

「お願いします」

 

「よしっ。まずは、沙也加の実家に着いてからのことだけど、初めは私が単身で乗り込んでみるから二人は待機ね」

 

「えー。真琴それ大丈夫?」

 

「仕方がないよ。沙也加が警戒するから。それと、もし万が一ってことがあるかもしれないから、私が行ってから2分以内に何の連絡もしなかったら二人も駆けつけて。それまでは敷地の外で待機してて。わかった?」

 

「はーい、わかりました。何があっても2分以内に何かしらの方法で合図はちゃんと送ってね」

 

「わかっているよ。それも踏まえての2分だから」

 

「沙也加の彼氏……瀬戸君も大丈夫?」

 

「ああ、ごめん。大丈夫だよ……」

 

「落ち着かなくて心拍数が上がるのはわかる。でも今は、目の前のことに集中しよう」

 

「うん、ありがとう」

 

「それに2人は待機って言っても、辺りの観察は怠らないでね、もしかしたら外にいるかもしれないから」

 

「わかっているよ。でも、顔見知りが急に家の前にいたら逆に警戒して近づけないよ」

 

「そうなんだけど、そこに関してはどうしようもないんだ。場所的に隠れられるところがないし、閑静な住宅街の一角だからあまりヒソヒソと動いていると、こっちが不審者になりかねない」

 

「確かに。ここでの行動は気をつけないとな」

 

「これからの行動もとりずらくなるから変な行動だけはしないでね」

 

「はいはい。何か起こるまでおとなしくしているよ」

 

「よろしい」

 

 何だか二人を見ていると心が和む。

 出会った頃の僕らを見ているようで懐かしい。

 

「二人ともすごく仲がいいんだね」

 

「そんなことなよ。喧嘩なんてしょっちゅうだよ。でもね、気がつけばいつも自然と仲直りしている。そんな関係だからこそ任せられるものがあるのかもしれない」

 

「『かもしれない』って? それに、喧嘩した時は大抵俺から謝ってると思うよ」

 

「そうだったかな?」

 

「いつもそうやってはぐらかす」

 

「そんなことないよ。はぐらかしてないもん」

 

 僕はつい笑ってしまった。

 微笑ましい二人のやり取りに笑いを堪えることはできなかった。

 

「あ、ごめん」

 

「ううん。それでいいんだよ。そうやって笑ってないと、沙也加にも顔合わせられないでしょ。それにもう着くから、ちゃんんと心の準備しておいてよ」

 

 とうとうこの時がやってきた。

 沙也加と付き合ってから1年と6ヶ月。僕は初めて沙也加の実家に訪れた。

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