第3話

 朝は大音量の音楽で目を覚まされた。

 スマホを開いて時間を確認すると、05時43分と表示されていた。予定より少し早く起きてしまったが、そのおかげで朝風呂の時間は確保できた。お風呂に入ってない汚い体のまま君に行くなんて幻滅されそうだ。

 入浴も済ませ、昨日の残りの携行食を食べ切り、06時32分滞在していたラブホテルを出発した。

 このラブホテルから君のアパートへは徒歩で約15分くらい。06時48分到着予定だ。

 真冬でも雪がほとんど積もらない太平洋沿岸部の場所であっても、さすがに2月は寒い。インナーをもう1枚持ってくればよかった。シンプルに寒い。

 歩けば暖かくなるもんだと思っていたけど、たったの15分では体も温もらず、寒いまま君のアパートに着いてしまった。

 君の部屋は2階の角部屋205号室。僕が知っている限りでは、ベランダに通ずる窓にはピンクのカーテンが掛かっていたが、今は何も付いていないように見える。郵便ポストも何も入っていない。出ることはないだろうけど電話を掛けつつ、呼び鈴を鳴らして、数回扉をノックをした。どれも全く返事はない。それでも、君の部屋の扉の前で君が出てくるのを待った。

 道ゆく人には変な目で見られ、うっすらと聞こえた声には「不審者」と言う言葉が混じっていた。

 通報される前にどこか違う場所に移動しないとな。警察署に連れて行かれると、目的の達成すらも困難になりかねない。

 それから、30分が過ぎても君が姿を表すことはなかった。その代わりと言っては何だけど、隣の部屋に住む女の人が顔を出した。

 

「あの……すみません……」

 

「見たことない顔ですが、こちらのアパートに何の用で?」

 

「こ、ここの……ここの部屋の住人……沙也加の彼氏なんです……あの、沙也加と連絡が取れないのです。何か知りませんか?」

 

「悪いけど、知らない人に住人のことは話せないな」

 

 ごもっともな意見だ。

 そう簡単には教えてくれなそうだ。

 

「あ、あの……これでそうですか?」

 

 僕はスマホの写真を見せた。それも一枚ではない。複数枚、いや保存してある君との写真を全て見せた。さすがの不審者でもこれだけの枚数は用意できないだろう。それに僕しか知らない君の写真がいくつもある。信用はしたくないだろうけど、信用せざるを得ない。

 

「わかったよ。で、訊きたいことは?」

 

 その隣人によると、君は僕がし出発したその日に荷物をまとめて部屋を出ていったそうだ。何かしらの付き合いがあったようで、その隣人は、えらく慌てた様子で部屋を出ていった。と語ってくれた。慌てていたけど、菓子折りはしっかりと渡されたと。それも全ての部屋に渡していたそうだ。

 初めは君が何かしらの事件に巻き込まれているもんだと考えていたが、その線はどうやら薄そうだ。まあ、ストーカーに追われてて慌てて拠点を移した可能性もなくはないけど、僕、もしくはこの隣人や友人に何も話してないのは変だと思う。学部は違うけど、同じ大学に一応君と仲良しの人がいる。彼女とは碌に話もしたことはないが、僕の存在も知っている。君に口止めされていても相談くらいにには来ると思う。確か、2日くらい前にチラッと見かけたが、何も変わった様子はなさそうだった。

 そうなると、君がこのアパートを出ていった理由が尚更わからない。引越し先も言わずにどこかへ行ってしまった理由がわからない。

 君の部屋の扉の前でまたそうやって考えていると、さっきの隣人がゴミ出しから戻ってきて僕に言った。

 

「君が見限られたって可能性はないの?」

 

「その可能性しか僕は思い浮かべられないです」

 

 隣人はため息をついた。

 

「私も探すの手伝うからさ、詳しい情報を言ってごらん」

 

 僕はこの隣人に2月22日から君が音信不通になっていることを伝えた。今までも何度は音信不通になることはあったが、大抵は1日、2日で解決していた。それがもう4日も連絡がついていない。こんなのは初めてだと。

 

「なるほどね。でもそれはおかしい」

 

「ど、どう言うことですか?」

 

「沙也加ちゃんが音信不通になったのは22日の朝なんだろ?」

 

「はい……朝に送ったメッセージに、返信もなければ既読すらついていなかったのです……」


「そこがおかしいんだよ。その日は普通に学校に行っていた。朝8時頃、たまたま会ったんだけど、普段と変わらず挨拶もしてくれていた。その日は単に返信を忘れていたとしても、それが4日も続くとは考えにくいね。それに、急にいなくなっているし」

 

「はい……」

 

 隣人はまたしてもため息をついた。

 

「これは違和感というほどではないが、22日と23日は夜中まで部屋の電気がついていた。沙也加ちゃんは早寝早起きでとても健康な子だなと思っていたから、変だなとは思っていた。それがまさか引越しの準備だったとわな。私ももっと沙也加ちゃんのことを気にかけていたら……いや、何でもない。今のは聞かなかったことにしてくれ」

 

「はい……」

 

「行先に見当はないのか?」

 

「1番可能性があるのが実家だと思うんですが、肝心な場所を知らないんです」

 

「そうか。まあそれは仕方ない。私も買い物ついでに色々な所を周ってみる。もし見かけたら君に連絡する」

 

 そんなわけで僕はこの隣人と連絡先の交換をした。

 土日はこっちで過ごして、大型のショッピングセンターをあちこち周ったけど君は見つからなかった。大学もあり、あまり長居はできないから、25日の夜、夜行バスを使って帰った。

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