キミがいないナツ
倉木元貴
第1話
君との待ち合わせは、いつも成都駅の前だった。初めての夏祭りも、その次の年の夏祭りも、いつもこの場所だった。
大学1年の夏。2022年8月20日、僕らの地元で開催される花火大会に向かうため、僕らは成都駅で待ち合わせをしていた。本当は1日中一緒にいたいが、君がどうしても浴衣を着るからと、実家に戻り成都駅での待ち合わせになっていた。
この駅には渋谷のハチ公のように、目印になる待ち合わせ場所はない。だから駅を出てすぐの公衆電話の前で、いつも待ち合わせをしていた。
今日はお祭りだということもあって、臨時の電車が走っていて、僕より先に君がいつもの公衆電話の前に着いたらしい。後を追いかけるように改札を出ると、人混みの中必死に背伸びをして僕を探している浴衣を着た君の姿があった。その姿が可愛くて愛おしくて、浴衣姿の君に見惚れてしまっていた。
そんな僕を君が見つけると、決まってこう言っていた。
「もう! 見つけてるならこっちに来てよ! 話しかけてよ!」
「ごめんごめん……」
僕の胸を優しくグーで叩く君が可愛くて、いつも意地悪をしてしまっていた。
僕が何度謝っても君は許してくれなかった。 そんな怒った君が、機嫌を直すのには綿菓子の力が必要だった。
「わたがし奢ってよね……」
「わかった」
でも、今日だけはなかなか君の機嫌は直らなかった。
「絶対、馬鹿にしているでしょ!」
君はまた僕の胸をポンポンと叩き、顔をふぐのように膨らませていた。
「馬鹿になんかしてないよ。ただ、可愛いなって思っただけ」
「それを馬鹿にしているって言うんじゃないの?」
「そんなことないよ」
「じゃあ、なんで笑っているの?」
「沙也加が可愛くて微笑ましいから」
「もう! そう言うのいいから。早く行こ」
そう言って君は一人先に歩いて行った。
君は隠しているつもりなのだろうが、耳が赤くなっているのが後ろから見てもわかる。
僕は手を繋ごうと君の腕を握ったが、機嫌の悪い君は僕の手を振り払った。この人混みの中迷子になったら、身長の低い君を探すことは困難を極める。どうにか機嫌を直してほしいが、綿菓子を待つしかなさそうだ。
必死に君について行ったが、僕は君を見失った。祭りはまだ始まったばかりだ。君が一番最初に向かう出店は、大体は見当がついている。
「もう。一人で先々行かないでよ」
「竜也が歩くのが遅いだけ」
そうここは綿菓子屋さんの前だ。
先に一人買うこともなく、店の前で僕を待っていた。
約束通り僕は綿菓子を購入し君に渡した。
「竜也! ありがとう!」
「どういたしまして」
綿菓子を渡すと、君は子供のように目を輝かせていた。気がつけばいつもの優しくて可愛い君に戻っていた。
そんな君が僕は大好きだった。
「ねえ、竜也は何が食べたい?」
「沙也加の好きなものでいいよ」
「だめ! いつも私ばかりが食べたいもの選んでいるから、たまには竜也が選んで」
そう言われても、僕は特に食べたいものはない。ベタな焼きそばやたこ焼きは気分ではないし、かき氷を食べられるほど暑さも感じていない。辛めのものが食べたい気はするけど、今の僕の気分はイカ焼きだ。君がイカを嫌いだから何年も祭りでは食べていないけど君の機嫌を損なわないためにもここは我慢して、おやつ系で考えよう。だからと言って、チョコバナナのようなデザート系よりかはもっとあっさりしているものが食べたい。甘さを欲してないわけじゃないけど、大判焼きやたい焼きのような甘味ではなく。きゅうりもいいけどそうじゃない。あっさりしすぎていない君の好物。
「じゃあ、ベビーカステラ」
「わかった。じゃあ、それ買いに行こっか。って、ベビーカステラって私の好物だよね。もう、竜也の好きな物って言ったのに」
君はまた頬を膨らませていた。
割と本心で言っていたつもりが、ついつい君のことを考えてしまっていた。
「でも、ベビーカステラを沙也加と一緒に食べたい」
君を納得させられるような言い訳は浮かばなかったが、優しい君は不満を漏らしながらも許してくれた。
そっぽを向いて隠していても、照れているのは明白だった。
「もうわかったよ。そう言うことにしておいてあげる。来年はちゃんと食べたい物決めといてよ」
「わかった」
「本当いっつもそうなんだから。私たち付き合ってからも1年もなるのだから我慢なんてしないでよ」
「してないから大丈夫」
「そう? ならよかった」
そう言って笑う君の笑顔を、僕はずっと見ていたかった。
僕らはベビーカステラを売っている店に向かい、ベビーカステラを1袋購入し海の見渡せる海岸にやって来た。ここに来たのは後5分で始まる花火を見るためだ。
「竜也も写真撮ってね!」
「下手だからSNSに載せられるような、綺麗なものは撮れないと思うけど……」
「いいよそんなの。竜也がどんなふうに花火を撮るのかに興味があるから」
いざ花火が始まると、写真どころではなかった。
「綺麗……」
花火に見惚れる君の横顔に僕は見惚れて、気がつけば君の横顔を写真に収めていた。
「もう、何撮ってんの? 私なんかより花火の方を撮ってよ」
「ごめん綺麗だったからつい……」
「そんなお世辞言ったって何も出ないよ」
そう言って、君は決まって照れていた。
「お世辞じゃなくて本心だよ」
「わかった。わかったからもうやめて」
そう言いながら、大して暑くもないのに団扇を使って顔を仰いでいた。
花火に照らされて顔を赤めた君もまた綺麗だった。
花火が終わった帰り道、人混みではぐれないように僕らは手を繋いだ。
「花火すごく綺麗だったね」
「うん……」
花火よりも何よりも君の顔を収めた写真が撮れたことが嬉しかった。
「来年もまた一緒に来れたらいいね」
「今度こそは食べたいものを決めておくよ」
「絶対だよ。約束だからね。じゃあね」
「うん。また……」
駅までは同じだか帰る方向は違う。改札まで君を送りそこでお互い別の方向へ別れた。
それから半年が過ぎた2023年2月22日のことだった。君からの連絡が一切途切れたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます