邂逅

01-01 動きと味は似ている

 画面右下に再び現れる、輝くエフェクトを伴ったポップアップ。


【トロフィー:天上に至る道標】


 ライズは今、この世界ゲームを遥か高くから見下ろしている。


 ブースターでほぼ直上へと飛び上がり続けた結果、軽量高出力な機体であるが故に並みの構成では辿り着けない高度からの景色は、衛星から見る世界マップにすら匹敵する程の……しかしアクティベートとは無関係であるが故に鮮やかな風景が目の前に広がっている。


 これは別に各地を駆け回り、アクティベートされたマップを見れば済む話ではある。

 なのにどうしてライズはこんな事をしているかといえば、それはひとえに自分のPL企業本拠地を建設する場所の『下見』である。


 アップデートで開放された新要素【プレイヤー企業】。MMORPG等で言う所のギルドやクランといったシステムであるが、このMFFにおいては参加プレイヤーが開設者一人であっても価値が高いものとなっている。

 理由は様々あるのだが、最大の利点として【地上】の好きな場所に拠点を設置可能というものがある。

 いくつかの例外や設置不可能な条件が設定された場所はあるが、資源を回収しやすい場所に拠点を設置したり、同盟企業で拠点を密集させる事も可能なのだ。


 企業未所属のプレイヤーは原則として、【地下世界】から繋がるゲートから【地上】へと出入りし、機体等は全て【地下】に格納されている事になる。

 基本的にゲート周辺のある程度の範囲でミッションなどの用事は事足りるのであるが、それでも惑星一つを舞台とする非常に広大なオープンワールドである。

 混雑や他プレイヤーとの競合が容易に想像出来る場所を避ける為にも、ライズは自分だけの活動拠点ガレージを求め、気になる場所を見付けては実際に確認を繰り返していく。


 そうして幾つかの場所を巡っていた時の事。


〔敵性反応を感知しました〕


 感情の見えない声が、ライズへと事務的に報告を告げる。

 それは直前にライズも気付いていた。広域を表示するレーダーに、これまで見た事のない反応が敵の存在を伝えてきていたのだ。


「まだ見えないけど、これはアレか……? ちょっと試してみるか」


 ライズには一つ、心当たりがあった。

 アップデート新要素。『侵略生物』の導入。


(公式の発表ではハッキリと情報が開示されてなかったけど、まぁそういう事・・・・・だよな)


 事前に公開されていた情報。その一つに思わせぶりなものがあった。

 シルエットだけが分かる画像に、添える程度の説明文章。あまりにもオマケ程度でしかない情報だが、タイトルさえ見ればどんなものかゲーマーなら想像が容易いというもの。


〔Activate Combat Mode〕


 もうすぐ戦闘範囲に入ろうという距離まで近付いた所で、ライズは戦闘態勢へと移行した。

 武装の影響か、大して外見に変化があった訳でもなく。本当にモード変更したのか見た目では判断が付かないが、HUD表示はこれまでアプデ前に見慣れたものへと切り替わった。


「さあ、性能テストといこうじゃないか」


 MFFがアップデートしてからの初となる戦闘。しかしライズはそれ以上に、新しくなった操作環境を試す機会の到来に、胸を高鳴らせる。

 先んじて『MR』でテストプレイしていたおかげか、これまでの移動では何も問題が無かった。だが、このゲームの本質は戦闘・・にある。


 以前までのコントローラーを使用していた時に感じていた不自由・・・さ。

 圧倒的に数を増やしたボタンに最適化した配置。車系シムから着想を得た新たな自分だけの操作環境コックピット

 MFFの為だけに半年以上を費やして完成させただけに、操作性の向上には自信がある。あとは期待通りの体験を得られるかであるが……。


 戦闘態勢へと移行し、敵の総数は数十体を超えているのが判明した。広域レーダーではマーカーが重なっていたのか精度の問題か。

 何はともあれ行動に変更は無い。反応がある地点の上空を通り過ぎるルートを定め、オーバードライブを起動。全速力で彼我の距離を縮める。


 目視。

 レーダーに映っていた反応源の姿は、何とも形容し難い形状をしていた。


 シルエットは事前に公開されていた画像と同一に感じるが、それに色が付き、立体感が分かる状態となった事で受ける印象が変わった。


 そう。『エイリアン』だと思っていたのに、実際には『変異した虫』とでも言うべきか。

 ベースは巨大化したハエトリグモの様に見えるが、頭部と思わしき場所にはミミ・・が付いている様に見える。

 それもミヤマクガワタの様なイカミミ的な反り出したものではなく、ウサミミの様に見える奇妙なもの。

 それだけに留まらず、近付いた事で気付いたのは、その口元に出っ歯の様なものが見えるのだ。

 キバではない。ツノでもない。どう見ても出っ歯の様にしか見えないのだ。


 だが相手は群れた敵性存在に変わりはない。注視している余裕は無いと、上空を通り過ぎざまにマシンガンで地面を薙ぐ。

 発射レートこそ高くとも、さほど威力の無いマシンガン数発で倒せるほどヤワな敵ではないと思っていた。

 実際、振り向いても目視では群れ自体に変化は見えない。見えないのだが……。


〔グラスクラブを倒しました〕

〔グラスクラブを倒しました〕

〔グラスクラブを倒しました〕


「カニかよ!!」


 画面端に表示されたログを見て、ライズは思わず叫んだ。

 圧倒的な先入観に囚われていた事は否めないが、日本人としては水場近くでもないのにクモっぽいシルエットを見て『もしやカニなのでは?』なんて思う人が果たしてどれだけいるだろうか。いや、いないだろう。

 直訳すれば『草蟹』となる。緑交じりの茶色い塊の様な体に毛が生えた見た目をしていれば、陸上で活動している限りクモだと判断するのはきっと自然な事だろう。

 出っ歯だと思ったのはカニのアゴだったらしく、突然の襲撃に威嚇のつもりなのか、群れの全体からガチガチと打ち鳴らす音が聞こえてくる。


 次いでライズの耳に入って来たのは、カサカサというノイズ染みた音。これはもう、じっくり観察するまでも無いだろう。

 群れがライズに襲い掛からんと迫ってきているのだ。


「無理無理無理ぃ!!」


 既に戦意喪失したライズは百八十度反転。現在の装備では、どう藻掻こうとも殲滅は不可能。

 ともかくグラスクラブの群れから逃げるべく全力で戦域からの離脱を試みる。


「引き離せないとかマジかよ!」


 オーバードライブで以って一直線にグラスクラブの感知範囲から外れようとするも、レーダーに表示された赤い点は一向に離れる様子が無い。それどころか少しずつ近付いている様にすら見えてしまう。

 速度極振りの機体構成でこれなのだ。他の機体では既に飲み込まれているだろう事は想像に容易い。


 数十秒の後、ライズの機体は停止した。

 意図的にではない。ブースターのエネルギーゲージが、底をついたのだ。

 背後には迫りくる蟹共の群れ。焦りから普段よりも遅く感じるエネルギーゲージの回復。


――正に、悪夢である。


 徐々に大きくなる背後から迫りくる恐怖カサカサに、ライズは振り向く事すら出来ずに自らの死強制送還を覚悟する。


 どうせデスペナルティは機体の一定時間使用不可。修理に費やされる時間だけである。

 最早悟りにも似た諦観に身を委ねた所で、ライズは弾かれるが如く勢いで一つのボタンを押す。


 機動形態。『mobile mode』への移行。


 初速こそ劣れど、最高速度はこれまでの戦闘態勢時とは比較にならない。それこそ【最速への道標トロフィー】を獲得する程に。


 一縷の望みを賭けたモード変更。ほんの僅か数秒のうちに背後より迫りくる圧迫感がライズの背筋を無慈悲に掻き乱す。

 レーダーの赤点はもうすぐそこまで近付いている。


〔Activate Mobile Mode〕

「オーバードライブ!!」


 赤い点の波がライズの機体を飲み込もうとした寸前、紙一重の所でモード変更が間に合い、即座にオーバードライブを起動。

 ほんの一瞬サンドクラブからの攻撃を受けただけではあるが、耐久値は半分以上も削られている。完全に飲み込まれていれば、一秒と経たずに機体は大破していた事だろう。


 ちらりとレーダーに視線を向ければ、サンドクラブの群れの反応が離れていくのが確認出来た。

 ここでようやく、全身を包んでいた緊張が解け、肺に溜まるよどんだ空気を大きく吐いた。


「はぁ……なんでロボゲーでゾンビサバイバルみたいな感覚になるかね……」


 全身をシートに預け、溶ける様にぐったりと力を抜く。

 機体を制御する手は離さなくとも、細かく震える手が疲労感の大きさを如実に示しているだろう。


 ゲームであるが故に感じない筈の加速Gが、上からのしかかってくるような感覚を覚えるライズであった。

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