2-10.
場所は、草原の奥まった場所。街からはかなり距離がある。3匹を召喚した場所と同じくらいの位置だ。足元には、召喚魔法陣。その召喚魔法陣を囲むように、3人が立っている。3匹は何をするのか分かっているのか、3人の足元にそれぞれ1匹ずついる。リオ様と黒曜、ラディ様と真珠、アマデオ様と柘榴の組み合わせだ。
私は、はあ、と息を吐いてから気合を入れた。
しばらくは魔法の訓練に薬草採取と、また同じルーティーンで過ごしていたのだけれど、リオ様が急に言い出したのだ。「召喚魔法陣がもう1枚あるから、もう1体召喚したらどうだ?」と。もう3匹いるし、機動力の確保はほぼ解決したようなものだし問題ないのでは、と抵抗した。抵抗はしたのだが、せっかく買ったのだから勿体ないし攻撃力の高い子が来てくれるかもしれない、召喚してしまえ、と3人がかりで説得されてしまった。
その理屈でいくと、注文中の残り3枚も召喚することになるんですが? そんなに従魔で溢れさせなくてもいいだろうに。安全には代えられない? 弱っちくてすみませんねぇ。私はちょっとふてくされたが、微笑ましく見られてしまい、いつまでも引きずれなくなった。三級冒険者達とこの世界にきて1ヵ月ちょっとの人間を比べてはいけない。
そんな訳で、善は急げとお膳立てされて、本日召喚することに相成った。今回は、異世界通販で焼き菓子と高級お肉、新鮮な野菜、ウィスキーボンボンを始めとしたお酒類をアイテムボックスに仕舞っている。これでどんな子がきても、大丈夫。食い物で釣るな? それ以外に魔物に提示できるものがないんだから、仕方ない。これも立派な私の武器である。
召喚魔法陣に手をついて、魔力を流し始める。今回は魔力の流れがとてもゆっくりだ。吸い上げられるスピードはそこまででもないのだが、いっぱい吸われてはいる。5分以上は経ったと思うが、まだ吸われている。これはケルベロス、3匹を召喚した時よりも時間が長い。失敗しないよね? と不安になっていると、急にがっと魔力が吸われ始めた。魔力のコントロールが利かない、前より魔力の扱いは上達したはずなのに!
焦っている私をよそに、周囲は少し霧のような靄が発生し始めて、次の瞬間、ピカッと光った。
眩しさに目をつむり、光が収まった頃にそっと目を開けると、真っ白な巨体が浮いていた。何ぞこれ、と目線を上げると、普通の自動車くらいの大きさの立派な体躯、大きな牙、長い鼻、天使のような真っ白な翼。つまるところ、小柄なゾウさんが、翼をはためかせ浮いていた。もう一度言う、浮いていた。
「ウィング・エレファント……。存在していたのか」
いつの間にやら靄は晴れていて、天気のいい空の下をゾウさんは、あちこち飛び回り、それから私の前で宙に浮いていた。ゆっくり翼をはためかせているのに、ホバリング出来ているとはどういう理屈だろうか。翼は見かけで本当は魔力で浮いているとか? ここでも仕事をするか、ファンタジーさんよ。
「ゾウさん、あなたは何が好きですか? リンゴ?」
「ふすっ」
「違うのかな。野菜? これ新鮮なキャベツだよ」
「ふすっ」
「じゃあ、焼き菓子は? ケルベロスお気に入りのマフィン」
「ふすっ」
「ゾウってお肉食べるっけ? いいお肉だよ、国産黒毛和牛」
ゾウとコミュニケーションをとろうと頑張ったけれど、惨敗だ。いや、食べ物で釣っているだけなんだけれど、食べてくれたのはお肉だけだった。それもそこまで気に入ったわけじゃなさそうで、ふすっ、ふすっと息を漏らしている。ゾウってパオーンって鳴くだけじゃないんだね。
あとは、お酒だけだけども。ゾウさんなのに、飲むのだろうか。半分冗談で買っていて、お酒好きな3人に進呈すればいいやくらいの気持ちで買ったのだが。
「ねぇ、ウィスキーボンボンは食べる? 中にウィスキーが入ってるの」
「ぐーぐーっ」
「え、当たり? じゃあ、ワイン。これは?」
「ぐーーっ」
このゾウさん、酒飲みだ。白くて大きな翼もあって、神秘的なゾウさんなのに、お酒好きの吞兵衛だ。微妙な顔になった私は、取り敢えず近寄ってきたゾウさんの口にウィスキーボンボンを放り込んだ。ご機嫌にもっきゅもっきゅしているゾウさんに、ワインを渡そうとしたが、ワインオープナーがない。困って固まっていたら、私に近付いてきたリオ様が、ナイフで瓶の先の方を切った。ガラスを割らずに切った、と目を白黒させていると「渡してやるといい」と促されたので、ゾウさんにワイン瓶を渡す。
ゾウさんは、器用にワイン瓶を鼻で巻き取り、口の中にワインを流し込んでいた。ぐーぐーっ、とまだ鳴くので、もう1本ワインを取り出すと、リオ様がワイン瓶を切ってくれる。ゾウさんに渡せば、また器用にワインを飲んでいた。
「1日1本はお酒を渡します。たまには美味しいものもあげられると思います。だから、私にテイムされてください。『テイム』」
「ぱおーんっ」
次の瞬間、またピカッと光って目をつむったが、目を開くとゾウさんの頭、おでこあたりに私の紋章が刻まれていた。真っ白なゾウさんだから、金とも銀ともつかない不思議な色合いの紋章の柄は、とても目を引く。ゾウさんとのパスらしきものが繋がった感覚がするし、無事に従魔にできたようだ。
ゾウさんはまたパタパタと飛び回ったが、しゅるしゅると小さくなると、ふわりと私の腕の中に収まった。そして、首を傾げている。うん、あざとカワイイ。
私の傍に居たリオ様はもとより、ラディ様もアマデオ様も近寄ってきた。そして、私の腕の中のゾウさんをまじまじと見ている。
「ウィング・エレファントって、本当に存在したんだね。初めて見た」
「生息地不明の魔物ですからね。その生態は精霊に近いらしいですが」
何やら知っていそうな3人に、このゾウさんについて聞いてみると。種族名はウィング・エレファント。名前の通り、翼を持つ飛ぶゾウであるらしい。生息地不明、詳しい生態も不明。ただ、たまに目撃されるのだが、だいたいが魔法を多属性操り、魔法を打つ時その属性の色に染まるらしい。つまり火属性を打とうとしたら赤く、水属性を打とうとしたら青く、同時に2属性だったら2色に、というように。身体は大きいが、防御力はそこまで高くなくそういった意味では倒すのは難しくない。ただ、機動力が素晴らしく、すばしっこいので攻撃を当てるのが大変らしい。
分かった。つまり大変珍しいゾウさんってことで、ファイナルアンサー?
「ケルベロスだけでも珍しいのに、ウィング・エレファントなんて連れ歩いたらマリアちゃん誘拐されるね。ヴィルがいる限りないだろうけど」
「我々も気を付けましょう。でもマリア様、お気をつけくださいね。思った以上に、珍しい魔物を従魔にされましたので。従魔を譲れという輩が出てきてもおかしくありません」
心配そうにこちらを見てくるアマデオ様とラディ様に、ちょっと不安になってしまった。確かに言われた懸念はもっともなのだが、私だって珍しい子を集めたくて召喚した訳じゃないのだ。護衛として召喚したのにむしろ危険にさらす存在になるとは、何事か。まあ、この子達も私に応えて来てくれたわけで、そんなつもりじゃないんだろうけど。
機嫌をよさそうにぐーぐー鳴いているゾウさんは、
あと、誘拐とかトラブル怖いなーって不安がっていたら、リオ様が宥めてくれた。
「俺のステラに手出しはさせない。気にするな」
そう言ってふっと微笑んだリオ様は、格好良かった。流石はイケメンである。顔が良くて表情も柔らかくなると、イケメンが格好良くなって、つまり素敵だね? 悔しいから言ってあげないけど。
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ゾウがパオーンと鳴くのは、興奮や攻撃の意志などだそうです。ゾウ同士で警戒や連絡に、低い唸り声を使うんだとか。餌を探す時も低い唸り声を出して探すんだとか。調べて初めて知りました、低い唸り声を出すんですね、ゾウって。
本作におけるゾウである白翔の基本的な鳴き声は、ぐーっ、か、ふすっ、です。なので、白翔がパオーンと鳴くときは戦闘シーンなどでしょう。戦闘シーンがあるか分かりませんが。
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