2-2.
私は、ライトボールとダークボールを交互に放つ千本ノックならぬ千本ボールをこなして、くたびれていた。適度に給水休憩はとっていたとはいえ、かなり精力的にこなしたので疲れた。今はリオ様に抱き寄せられるがままに、あぐらをかいて地面に座ったリオ様の膝の上でぐでっとしている。いつの間にやらラディ様が昼食の用意をしてくれていたようで、いい匂いがする。
くんくん、と鼻をひくひくさせている私を見てか、くくっと低く笑ったリオ様は、クリーンを唱えて私を全身丸ごと綺麗にしてくれた。確かに食べる前には綺麗にしなくちゃいけない。それから、リオ様はラディ様から受け取ったスープのカップを私に渡してくれた。
「マリア様のお口に合えばいいのですが。ヤママバトの野菜スープです。あとはトゥルスの街で有名なパン屋の、丸パンです。少なくて申し訳ないですが、野外なのでこれでご了承ください」
ラディ様はそう言いながら、丸パンをお皿に乗せて、私達の前にあるミニローテーブルに置いてくれた。とりあえず、野菜スープを一口飲んでみる。温かくて、ほっとする優しいお味だ。コンソメの素でも売っているのだろうか? 味が薄めのコンソメ味だ。とっても美味しい。別に私が料理スキルとらなくても、ラディ様が料理できるんじゃ? まあ働かざる者食うべからず、まずはラディ様の料理のお手伝いからだろうか。
カップに挿されていたフォークで、中のお肉を刺すと口に運ぶ。ちょっとお肉のサイズが大きいけれど、さっぱりして美味しい鶏肉だ。ヤママバトって言ってたから、鳩の一種だろうか。鳩ってことは、野鳥ってことかな。
リオ様は食べにくくないのかな、と顔を上げたら、丸パンを片手で齧っていた。どうやら片手で食べているらしい、お行儀が悪い。まあ、野外でお行儀も何もないような気もするけれど。それより、丸パンも美味しそうだ。私はミニローテーブルにスープのカップを置くと、丸パンに手を伸ばした。
丸パンは、中央に切れ込みが入れてあったであろう見た目の手のひら大のパンだった。茶色に焼けている色が、とても美味しそうである。千切ってみると、抵抗なく千切れる。口に入れると、外側のカリカリと内側のふわふわな食感が楽しく、ほんのりバターが効いていてとても美味しい。夢中になって食べていたら、1個まるまる食べ終わってしまった。
「あはは、めっちゃ食べるね。マリアちゃん、丸パンもう1個食べる? まだあるよ」
「いえ、残念ですがあとはスープでお腹いっぱいです。ありがとうございます」
「俺のステラ、そんなに少量でお腹は空かないか?」
「私の食事量なんてこんなものですよ? 大柄な成人男性と比べないでください」
リオ様に新しい丸パンを押し付けられそうになったが、私としてはお腹いっぱいである。まだスープもカップの半分ほど残っているし、そのスープはお肉たっぷりだ。どう考えても、適量だ。甘いものなら食べられるかもしれないが、そういうものは用意していないみたいだし。まあ、あったらであって、別にお腹いっぱいだから要らないんだけど。
でも、ラディ様にとっては問題だったらしい。つい、甘いものと零した私に、さあっと顔色を青褪めて、立ち上がろうとしていた。
「ああ、果物でも買っておけばよかったんですね。申し訳ございません、私の失態です。ちょっと今から買ってきます」
「いえ、行かないでください。甘いものをというのは、ただの私のワガママですから。それより、もっと便利なものがあると思いません?」
「便利なモノ……?」
「私のギフトです。ギフト『異世界通販』ですよ。食品しか買えませんが、もしかすると美味しいものが買えると思いません?」
立ち上がりかけたラディ様を身振り手振りで押し留めながら、咄嗟に思い付いた言い訳を早口に捲し立てた。うん、すっかり忘れていたけれど、良い案だと思う。特に、今日はギフトやスキルを試す日なのだから、ギフト『異世界通販』を使うのは理にかなっている。もしかすると、下手に買い物に行くより美味しいものが買えるのでは?
楽しくなってきた私は、異世界通販を使う気にすっかりなっていたのだけれど、アマデオ様が止めてきた。
「そのギフトを使うのはいいと思うけど、通貨は魔力って言ってなかった? 午前中、かなり魔力を使ったと思うけど魔力はまだ大丈夫?」
「うーん、スキルのおかげか、魔力の感覚は半分以上残っているんですよね。たぶん、大丈夫だと思います。起動してみるだけでも、ダメでしょうか?」
「ダメ、ではないと思うけど……。うーん、ヴィルはどう思う?」
「この先このギフトと付き合っていくなら、検証は必須だろう。無理はさせたくないが、今なら監視の目もないからな。倒れても俺達でフォローできると思う。ステラはどうしたい?」
リオ様は、私の顔を覗き込んで、心配そうにそう言った。その心配が少しくすぐったい。心配しなくてもスキルの説明に使い方は書いてあったし、たぶん倒れるようなことはないだろう。第一、通販ごときでいちいち倒れていたら異世界生活なんて送れない。でも、私を大切に思う心があるから心配してくれている訳で、その優しさはありがたく受け取っておこう。
なんせ、私は天涯孤独の身。私を知る人も、この3人以外はほぼいない。神子の塔で交流した人達はいたけど、たくさんいる神子のうちの1人でしかなく、心配されるほどの関係は築けていない。だから、得た縁は大切にしたいと思うのだ。まあ、半分強制的に繋がれた縁だが。
「何とかなるうちに、使ってみたいです。いいですか?」
「構わん、使ってみろ。ただし、ここでな」
リオ様のゴーサインが出たので、異世界通販を使ってみようと思う。ゴーサインと共に、お腹に両腕が回ったのは気にしない方向で。リオ様ごはん食べ終わったの? あ、もう食べたんだ。早食いですね、ちゃんと噛まなきゃダメだよ。そんなことを会話しながら、異世界通販の準備をする。
まず、ステータスカードを出す。それから、ギフトの欄の「異世界通販」をタップする。すると、ステータスカードが「異世界通販を開始します。使用に100
私がちょっとした眩暈を覚えているうちに、ステータスカードは大変貌を遂げていた。元々、A6サイズの大きさだったステータスカードが、A4くらいのサイズまで大きくなり、1冊の本に変わってしまった。そこそこの厚みのある本で、真っ白だ。表紙には「異世界通販」と銘打ってあり、その下に「残りMP 1,210」と書かれている。さらにその下に、「異世界通販を終わる」と書かれているので、これをタップすれば元のステータスカードに戻るのだろう、たぶん。
「うわあ、ステータスカードが本になった……」
「変わったギフトですね。ステータスカードが変形するなんて聞いたことがありません」
「形が変わるなど些細なことです。問題は、何が買えるかですよ」
「その前に。俺のステラ、眩暈はもう大丈夫か? くらっとしてただろう。一気に魔力を放出した時も眩暈に似た症状が起きる」
「大丈夫です。ほんのちょっぴり、くらっとしただけです。それより早く中を見ましょう!」
リオ様が心配そうな声色をしてぎゅうっと抱きしめてくるが、問題はない。ちょっと魔力がすうっと抜ける感覚に、身体が驚いただけだと思うのだ。ということは、ライトボールやダークボールは、たぶん一度に100MPも使わないのだろう。MP――マジックポイントだから、きっと魔力のことだと思うのだが。魔力が通貨、つまりMPが通貨だ。
私は、異世界通販の本を開くと、1ページ目には使い方が書いてあった。基本的に、MPを上回る買い物は出来ない。購入完了すると、10秒後に使用者の目の前に箱に入れて届けるため、目の前は空けておくこと。たまに商品が入れ替わるのは仕様なので、随時チェックして欲しいこと。買い物を続けていけば、どんどん新商品が増えるので積極的に利用をオススメすること。
随分と面白いギフトだな、と笑った。次のページをめくると、最初に出てきたのは何故か果物のリンゴ。アークトゥルスの地名らしき産地のものから、日本産まで様々なリンゴが並んでいた。左に写真があり、その右に値段ならぬ消費MP、産地や糖度など商品説明があり、それが縦にずらーっと並んでいるのだ。一言にリンゴと言っても、様々な見た目のリンゴが並んでいて見ていて面白い。
次のページには、オレンジ。その次は、ナシ。その次は、ブドウ、マスカット、スイカ、メロン、パイナップル、マンゴー、エトセトラ。産地の数に差はあるが、様々なフルーツが並んでいて、美味しそうだ。
「異世界と銘打っているのに、何でアッレグリ地方の高級メロンまで買えるんだ?」
「さあ? でも異世界とこの世界の果物の食べ比べしてみるのも、楽しそうですね」
「楽しそう、ってまとめていいのかなぁ……?」
私とリオ様がぽつぽつと会話している横で、アマデオ様が盛大に首を傾げていた。楽しそう、でいいんじゃないかな。神様がくださったギフトなんだし、要は使いようだと思うんだ。そうであってくれ、と誰にともなく祈った。
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