執着系王子様な番と私の異世界旅行記
ネコ野疾歩(慈烏)
1. 神子の塔にて目覚めて出会う
1-1.
ふわあ、と欠伸をひとつ。布団から手を出して、んーっと伸びをする。すごく、よく寝られた気がする。こんなにすっきりと目覚められたのは、いつ振りだろうか。最近、残業に次ぐ残業で睡眠時間が減っていたからなぁ、ともうひとつ欠伸を零す。そして、眠い目を手で擦りながら上半身を起こして、気付いた。
私は一人暮らしのお独りサマで、片付けが苦手な上に最近はプライベートな時間が取れなくて、部屋は荒れ放題になっていたはずだ。なのに、私が寝ていたここは品のいい調度品が並ぶ綺麗なカントリー調の部屋だった。どこだ、ここ。いつの間に、こんな素敵な部屋に移ったというのか。
よくよく部屋を見渡してみると、セミダブルじゃないのかというくらい広くふかふかなベッドにベッドサイドテーブルがひとつ。そのサイドテーブルの上には、テーブルランプと辞書ほど分厚い革張りの本が1冊。ベッドの脇には窓があって、今はミントグリーンのカーテンが閉まっている。
ベッドと反対側の壁には装飾がついたドアがひとつ、何やら張り紙がしてある。そのドアの横には本棚があり、カラフルな背表紙の本がたくさん並んでいる。本棚の隣には、冷蔵庫らしきものがデデンと置いてあり、違和感が凄い。
冷蔵庫とベッドの間に、シンプルなドアがひとつ。そのドアの向かい側には、クローゼットとドレッサーが並んで置いてある。そして部屋の中央には、小さなテーブルと椅子が1脚あった。
私はおそるおそるベッドから這い出て足元のスリッパを履くと、装飾のついたドアへ近付いた。張り紙を貼っているなんて変で目立つから、一番気になったのだ。太字で、『神子の塔のルール』と銘打たれた張り紙の内容は以下の通りである。
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神子の塔のルール
一、神子の塔は神の直属支配領域につき秩序を乱すべからず
一、神子の塔を出た時点でこの世界アークトゥルスの住人としての自覚を持つべし
一、神子の塔の1階から3階は共有スペース。有効活用すべし
1階はアークトゥルスの住人との交流スペース
2階は大図書館。質問があれば司書に問い合わせてもよい
3階は訓練場。個室になっているので心置きなく訓練すべし
※この部屋の『最初に読む本』及びその補助となる説明書に目を通してから部屋を出ることを推奨するものとす
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最初に思ったのは、「気持ち悪い」だ。私はこの張り紙に書かれた文字を知らない。それにも関わらず、何と書いてあるのか理解できるのだ。文字を眺めてみても、アルファベットでもギリシャ文字でもない、見たこともない文字だ。とはいえ、地球の文字をすべて知っている訳ではないし、開発された文字だってあるだろうから把握していないものがあって然るべきだろう。でも、知らないはずの文字を理解できている、この事態は異常だ。それとも、私の頭が可笑しくなって、知らない文字に意味を当て嵌めているだけなのだろうか。
わからなくなって、私はドアの隣の本棚に目を移した。背表紙に書かれた文字は、張り紙と同じであろう文字で、『スキルの意義と習得の仕方』『魔法がない世界から来た人へ向けた魔法入門書』『魔法と魔術の違いの考察』など色々と書かれている。ちょっとタイトルが気になって、『魔法がない世界から来た人へ向けた魔法入門書』を手に取り、開いて見るとやはり理解できる。『魔法がない世界から来た諸君には信じられないかもしれないが、この世界アークトゥルスには間違いなく魔法が存在する。魔法とは何かということだが、定義は一説によると――』、そこまで読んで私は一度本を閉じた。
本格的に、自分の脳みそが心配になってきた。文字に意味を適当に当て嵌めているにしては、文章の内容は知らないことばかりだ。まさかこの文章の内容まで、無意識に考え出しているというのだろうか。
本を本棚に戻して、ふらふらとベッドへと逆戻りした。スリッパは適当に脱いだので、行儀悪くぼとりと落ちているはずだ。けど、そんなことは気にならなかった。それよりも、私の頭が可笑しくなったかもしれないことの方が、重大で重要だった。
うつ伏せで寝っ転がり、ぼーっとする。目が覚めたら知らない場所に居て、頭が可笑しくなった。何が起こっているんだろう。実はドッキリでしたーって言われたら、文句は言うが許せると思う。ちょっぴり涙がこぼれたのは気のせいである。うぐぅ、と意味のないうめき声を漏らした。
しばらくゴロゴロしていたが、だんだんお腹が空いて喉が渇いてきた。生きていれば、いくら落ち込もうと何しようと、生理現象は起きる。トイレにも行きたくなってきた気がする。それに間に合わないのは乙女として、人としての尊厳を失いそうなので早急に部屋の確認が必要だ。
私はベッドから再び起き上がると、ちょっと苦労してスリッパを集め履き、もう一度ベッドから這い出た。
張り紙がない方のシンプルなドアの先は洗面所で、右はトイレ、左は風呂になっていた。なので私は人としての尊厳は守られた。洗面所で手を洗って、傍に置いてあるタオルで手を拭きながら、この部屋はホテルか何かの1室なのだろうかと首を傾げた。私の妄想が正しければ、神子の塔の1室ということになるけれども。
張り紙がしてある装飾のついているドアの方も確認してみると、廊下になっているようで、向かい側にドアが5つ、私のドアの左右に2つずつドアが並んでいた。廊下の左奥には、踊り場のような場所があって、足元が光っているように見えた。何で光っているのか分からなくて、怖くて近付くのはやめた。今、スリッパだし。
とぼとぼと、部屋へと戻る。何かここの説明書はないだろうか、出来れば日本語の説明書。英語でも頑張って解読するから、見たことある言語が出てきて欲しい。
でも、部屋から出て人を探そうとは思わなかった。何も分からない状態で人と会っても真偽が分からないし、とか色々と言い訳はできるけど、一番怖いのは。言葉が通じなかったら、私はどうなってしまうんだろう。
ふと、ベッドサイドテーブルに置いてある辞書はまだ確認していなかったな、と気付く。ベッドに腰掛け、分厚い革張りの本を開く。1ページ目を開いて、私は目を見開いた。日本語で書かれていたからだ。ようやく出会えた母国語に安堵したが、内容に目を通した瞬間、心臓が跳ねた。
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初めに、ここは現実である。であるからして、死んだらリセット、などは利かない。それを努々忘れることなく、得られた幸運を噛みしめて生きていくことを推奨する。
なお、この日本語の文章は君がこの本を開いてから24時間後に消える。それと同時に、君の日本語の言語能力も失われる。君の身体にはこの世界アークトゥルスの言語がインプットされているので、その言語能力を如何なく活かして欲しい。
さて、日本人の君に分かりやすく現状を説明するならば、君は異世界転生した。転移ではなく、転生である。何故ならば、君の身体は再構築して10歳まで若返っているからだ。なお、見た目も変わっているから後ほど鏡を確認するといいだろう。見た目はこの世界アークトゥルスに馴染むもので、ランダムになっている。変更希望は受け付けていないので諦めて欲しい。
日本人であった君の記憶は、どんどんと過去のものとなっていく。特に、プライベートなことである自分や家族、友人の名前など様々なことは既に思い出せないはずだ。この世界アークトゥルスにやってきたと同時に失われるものなので、焦らずとも問題ない。皆一様に、自分のことは忘れている。覚えているのは、日本人だった頃の常識や趣味、それに付随する知識のみである。それを生かすも否も君次第である。自由にするといい。
――――――――――――――――――――
言われてみて、いや書かれているのをみて、気付いた。私、自分の名前が思い出せなくなっている。家族の名前も友人の名前も、なんにも思い出せない。しばらく、呆然と日本語で書かれたその文字を読んでは目を滑らせていた。
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勢いに任せて、書いてみてしまいました。
投稿初日の本日のみ、6時、12時、18時の3回行動します。
明日からは、毎日6時に1話のみ投稿予定です。
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