第29話 優しさに包まれたなら(後)★

 迷宮にが走るほどの、直下からの激震突き上げ

 魔方陣キャンプによる加護がなければ、天井に叩きつけられて即死していただろう!

 だが加速度的に広がる亀裂はその魔方陣すら引き裂き、魔除けのキャンプは効果を失った!


「タスク、ロープ!」


 抜群のバランス感覚で転倒を免れたレ・ミリアが叫ぶ!


「は、はい!」


 尻餅を突いていた僕は、手を突き膝を突き、続く激震の中をどうにか立ち上がる!

 突然出現した断層で、タマさんと照男さんはあっという間に隔てられてしまって、オリンピック級の走り幅跳びでも届かない!

 ふたりは身体を寄せ合い、両手を重ね合いながら、僕たちを見つめている!


「ロープを投げるから固定して!」


「無理じゃ! あたしらには伝っていく力なんてない!」


 しゃがれた声を張り上げて応えるタマさん!


「わたしがそっちに行く!」


「もうええ! 充分じゃ! あんたらは行け! ここはタカ派の階層フロア! 死んでも、エバさんは助けに来れないよ!」


「あの娘が来れなくても旦那が来る! わたしが契約してるのはあの娘の会社よ!」

 

「旦那が来るまでどんだけ時間が掛かると思ってんだい! ようやく来たころにはとっくに消失ロストしとるわい!」


「消失なんかしない! できない! わたしはあと四回死んで、四回生き返らないとならないのよ!」


「……レ・ミリア」


「……それで、あんたが裏切った五人の仲間への帳尻が合うってのかい」


 激しく軋む迷宮の中、タマさんの静かな声は不思議に響いた。 

 返す言葉がなく、歯を食いしばるレ・ミリア。


「あんたはあたしの若い頃を見てるようだよ、レ・ミリア……あたしもそうだった。幸せになりたくて、他人の幸せを壊してでも幸せになりたくて……そうやって自分の幸せを壊してしまった」


「わたしはあんたじゃない! あんたとは違う!」


「寛美は病気じゃった……末期の癌でな。彼女をエバさんに癒やしてもらうために、あたしらはこの遭難事故をでっちあげた。どうやら寛美は助かったみたいだけど……今度はあんたらをこんな目に巻き込んじまった。すまないね、本当に」


 タマさんは優しい、そして悲しい目でレ・ミリアを見つめた。


「あたしらはおんなじなんだよ、レ・ミリア。あたしも、寛美と博を助けるために命を捨てるつもりでここに来たんだ……嘘でも大げさでもなく、それで背負い続けてきた過ちと後悔を下ろしたかったのさ」


 そうしてタマさんは言った。


「あたしはこの照男の奥さんと娘をそそのかして、妙な宗教に入れちまったんだよ。照男の家庭が壊れて人生が滅茶苦茶になっちまったのは全部、あたしのせいなんだ」


 タマさんの告白に、照男さんの目が驚きに見開かれる。


「そうなんだよ、照男。静枝さんと知恵さんが家を出ていった切っ掛けを作ったのはあたしなんだ。あたしは子供の頃からあんたを好いとった。だからあんたと結婚した静枝さんが憎かった。あんたと子供をこさえた静枝さんが憎かった。静枝さんが生んだ知恵ちゃんが憎かった。


 でも純真で人を疑うことを知らない静枝さんは、あたしを姉のように思って慕ってくれた。彼女はあんたとの結婚生活に悩んでた。あんたは真面目だけが取り柄な男。あの時代はそういう男が重宝される時代じゃった。日本中がそうじゃった。毎日毎日朝から晩まで仕事に追われるあんたの側で、静枝さんの心には隙間風が吹いとった。

あたしは少しずつ、その隙間に毒を垂らしていったんじゃ」


 もう、タマさんと照男さんは寄り添ってなかった。

 ふたりは重ねていた手を離し、向かい合っていた。

 迷宮の激しい鳴動も、なぜか彼女たちには伝わらないようだった。


「すまないね……本当に……すまないね。今になって、こんな酷い話はないよね……許しておくれ……照男……許しておくれ……」


 照男さんに罪の告白し懺悔をすると、タマさんはもう一度レ・ミリアを見た。


「あんたが迷宮に潜り続けてる理由はよくわかるよ、レ・ミリア。

 だからこそ、迷宮があんたを清め、あんたを許してくれるその日まで――行きなさい生きなさい


 矍鑠かくしゃくとした意地悪婆さん、神宮タマさんから伝えれる真摯な言葉。


「レ・ミリア!」


 僕は叫んだ!

 ふたりと僕らの間を走る亀裂は、今はもうロープを使っても短時間で行き来できる幅じゃなくなっていた!

 迷宮の動揺は治まる気配がない!


「レ・ミリア!」


「脱出する!」


 遙か彼方に隔てられてしまったタマさんと照男さんに背を向け、レミーが答えた!

 魔剣を抜き放つと、振り返ることなく玄室の出口に向かって走り出す!

 残していくふたりに一瞥をくれて、僕も後追う!


(ごめんなさい! ありがとう!)


◆◇◆


「少しの間だけだったけど、気持ちのよい若者たちだったなぁ。迷宮無頼漢ってのはみんなああなのかなぁ。僕ももっとずっと若ければ絶対になってたのになぁ」


 鳴動し崩れゆく玄室の端で、増尾照男はしみじみと呟いた。

 人生の終わりにあのような若者たちと出会えた自分は、幸せだと思った。

 今のこの時代、いったい何人の年寄りが、こんな清々しい想いで生涯を終えられるだろうか。


「……照男」


 そんな照男の透き通るような顔が、タマは意外だった。

 この男は自分の身に起きた不幸の真相が晒された今、なぜこんなにも穏やかな顔を浮べているのだろう。


 明確な意思があったわけではない。

 自己啓発のセミナーがあると聞き、照男への不満を口にする静枝に勧めたのだ。

 これで文句を言いながらも夫に依存する静枝の気持ちが、照男から離れればよい。

 未必の故意だった。

 それが照男が何よりも大切にしていた愛娘まで巻き込んで、善良で真面目なだけが取り柄の幼なじみの家庭を――人生を崩壊させてしまった。

 照男がタマを見た。


「宗教だって、占いだって、この迷宮だって、みんな同じなんじゃないのかな。他の人間には価値のない紛い物、危険な場所に見えたとしても、当の本人たちからしたら人生を懸けるに値する本物、幸せな場所」


「……あたしを許してくれるのかい?」


「許すも許さないも、あの教団に入ったあと、静枝も知恵も幸せそうだったよ」


 タマの瞳から止めどない涙が溢れたとき、天井が崩れ、数十トンの岩塊がふたりを呑み込んだ。


◆◇◆


 回廊に飛び出した直後、大音響と共に玄室が崩壊した!

 一階孤島に垂れる直通縄梯子ショートカットがある玄室は、この回廊の突き当たりにある!

 回廊の両側には僕らが休息したのと同じような玄室が並んでいて、突然の厄災にねぐらにしていた先住者魔物がワラワラと溢れ出していた!


 激震の中の決死行!

 一片の躊躇なく、その混乱の直中に突入するレ・ミリア!

 魔剣、銘 “真っ二つにするものSlashing” が凶悪な光芒を発し、狼狽する魔物を次々に斬り捨て、文字どおりの血路を拓く!

 負けじと必殺の指輪を行使して、視界に入る魔物という魔物を塵に変える!

 涙を見せずに泣きじゃくる背中を追って、僕は走り続ける!


 直通縄梯子まで、あと三区画ブロック! 二区画! 一区画!


 熱風がまともに顔面を叩いた!

 顔前で “焔嵐ファイア・ストーム” が炸裂したかのような熱圧!

 立ち怯むレ・ミリアと僕の直前、一階への脱出路を塞ぐように、それは現れた!

 自らを奉る神殿を穢した虫けらを誅殺するために燃え上がる “炎のような姿ファイアリーフィギュア” !

 “邪神” が降臨した!


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669758545259



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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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第二回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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