第15話 リモート会議

 ケイコさんの腕の中で、エバさんが薄らと目を開けた。


《……エバッ!》


 ケイコさんの表情がパッと綻び、見る見る瞳に涙が貯まる。


《……右手を……護符アミュレットの上に……》


 弱々しく掠れる声で、エバさんが囁く。

 純白だった僧衣が大量の出血でドス黒く染まり、見るも痛々しい。

 “魔女の護符アミュレット・オブ・アンドリーナ” の強力無比なオートリジェネでエバさんの傷は回復しつつあったが、それでも時間が掛かりすぎるほどの深手だった。

 言われるがままにそっとエバさんの手を取り、その胸に置くケイコさん。


《……》


 再びエバさんが目を閉じ、至近のマイクが拾えないほどの声で、何事かを呟く。

 すると置かれた掌の下から紫色の光が溢れ出して、エバさんだけでなく周辺一帯を含む包みこんだ。

 そして――。


《心配をお掛けしました》


 上体を起こしたエバさんが、ケイコさんに微笑んだ。

 護符の “秘めたる力スペシャルパワー” が、一瞬でエバさんを快癒させたのだ。

 鮮血に汚れたエバさんの僧衣まで浄化・純白に戻しただけでなく、ケイコさんの生命力ヒットポイントまで全快させている。

 状態異常こそ回復しないがそれ以外は、言うなれば範囲 “神癒ゴッド・ヒール

 回復役ヒーラーの僕には余計に理解できた。

 これは人智を超えた、神の御業だ。


 “向こうの世界アカシニア” で、かつて栄華を誇ったという超魔法文明。

 エバさんの話では、何千年も昔に滅び去ったその超文明ですら、同じ力を完全には創造できなかったそうだ。

 “君主の聖衣ローズ・ガーブ” “癒やしの宝錫ヒール・スタッフ” といった最高位の魔法の武具でさえ、宿された力に耐えきれず破損BROKENしてしまうらしい。

 “魔女の護符” は、決して壊れない永久品。


(大魔女アンドリーナ……あなたという人は、いったい……)


 エバさんの義姉にして、最下層地下一〇階での激烈な戦いの末に彼女にすべてを託したという “新宿ダンジョン” の真の支配者アーク・ダンジョンマスターに、僕は思いを馳せずにはいられなかった。


 ケイコさんが泣きながらエバさんに抱きつく。


《馬鹿っ! あんだけ無茶は駄目っていったじゃないの! あんたが死んじゃったらなんにもならないでしょっ!》


《仲間の危険に身体が動かないようなら、迷宮になんて潜りません》


《……うっ……くっ…………この大馬鹿聖女っ!!!》





「――――――と、言う訳なんです」


 “聖水ホーリーウォーター” の湧き出る泉の淵にさらに念を入れて描いた魔除けの魔方陣キャンプの中で、僕は左手のリストバンドに装着したスマホに向かって説明し終えた。

 話し終えて、ホッと一息吐く。


《なるほど、大変よくわかりました》


 Dチューブの中で、エバさんがうなずく。

 画面下のコメ欄にも、視聴者リスナーやメンターから様々な意見が書き込まれているけど――ごめんなさい、今回はスルーで。


《最上層にしか生息していない魔物が二階と三階に同時に現れたこともそうですが、退しりぞくことを知らない巨人と大昆虫が、追撃せずに引き下がったのが気になります。レ・ミリアさんの言うとおりです》


《つまり “単眼巨人サイクロプス” も “ジャイアントマンティス” も、あたしらの足止めをしたってこと? なんのために?》


 ケイコさんが首を捻る。

 当然そうなる。

 足止め=時間稼ぎ。

 いったいなんのための時間稼ぎなのか、腑に落ちないこと甚だしい。

 なぜなら、


「遭難したの救出を阻む理由なんて、世界蛇にあるとも思えない」


 まさしくレ・ミリアの言うとおりだった。

 僕たちの目的は、ご高齢の迷宮愛好家たちの救助。

 間違っても、迷宮支配者ダンジョンマスターである世界蛇 “真龍ラージブレス” がどうこうするような、VIP重要人物じゃない。


《“真龍” は人智を超越した存在です。その意思をわたしたちの常識で推し量るのは分を越えています》


 エバさんは結論を急がなかった。

『わからないものは、わからない』としておく方が、偏った考えを抱かないで済むということだろう。


《魔物の生息域の変更は迷宮支配者か、それに類する力を持つ者にしかできません》


《類する力を持つ者って……まさか!?》


 ケイコさんの顔色が変わる。

 僕もケイコさんと同じ存在を想像して、戦慄した。

 Dチューバー “マキオ” とそのパーティの顛末は、僕も配信で視て知っている。

 

「まさか……また “僭称者役立たず” が介入してる?」


 ひりつく声が漏れる。

 難易度レベルデザインを無視した魔物MOBの再配置は、あの老醜の魔術師の専売特許だ。

 “新宿ダンジョンの” の地下一階に出現した “緑皮魔牛ゴーゴン” に “狂君主レイバーロード” ―― “闇王ダークロード

 エバさんの初配信で視た衝撃は忘れようがない。


「最悪、その想定はしておいた方がいいでしょうね」


 レ・ミリアの呟きを、エバさんも今度は否定せず考え込んでいる――。


《――もしわたしたちの足止めを企図し、その目的が “所沢迷宮愛好会” の方々であるなら、確かめる術はひとつ》


 熟考の末に、エバさんがいった。


《タスクさん、“死人占い師の杖ロッド・オブ・ネクロマンシー” を使ってみてください》


「そうか! 誰かはわからないけど、もしそいつの目的がお爺さんたちなら!」


 エバさんの言わんとすることを察した僕は、背負い袋の中身をぶちまける勢いで“死人占い師の杖”を取り出し、封じられている “探霊ディティクト・ソウル” の加護で、お爺さんとお婆さんの姿を念視した。

 結果は、エバさんの思ったとおりだった。


「増尾さんと神宮さんは五階に、金田さん、今川さん、岡夫妻は四階にいます!」


 二、三階にいたはずのお爺さんたちが、さらに迷宮深く入り込んでしまっている!


《罠よ! お爺ちゃんたちを餌にエバを迷宮の奥に誘ってるんだわ! “僭称者” のいつもの手よ!》


「年寄りに利用価値があるなら、それしかないでしょうね」


 言下に看破する、ケイコさんとレ・ミリア。


《それでもわたしたちの目的があの方々かたがたの救出である以上、行かねばなりません》


 最初の印象を遙かに超えて……この事件は闇が濃い。

 唇を噛みしめる僕の横で、レ・ミリアが立ち上がり魔除けの魔方陣キャンプを出る。


「縄梯子を上るわよ」


「でも “単眼巨人サイクロプス” が」


「もういない」


「え?」


「“僭称者” が年寄りを餌にエバを引き摺り込む気なら、年寄りが先に進んだ以上、足止めの必要はなくなってる」


 果たしてレ・ミリアの言葉どおりだった。

 五階への縄梯子が垂れる玄室はもぬけの殻で、青い肌をしたひとつ目の巨人の姿はどこにもなかった。


《こちらの縄梯子の前にも、“ジャイアントマンティス” の姿はありません》


 ハト派のふたりも同様だった。

 二階の北西の角、四階への縄梯子の前に、あの殺戮マシーンの影はない。

 好むと好まざるとにかかわらず、僕たちは迷宮の深みへといざなわれていく……。



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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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第二回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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