第9話 激突、ハイ・コルセア★

 増築が繰り返された要塞内にあって、その扉だけは豪華で洗練されていた!

 多人数の垢に塗れた不衛生な印象もない!

 この先が特別な場所だと、扉自体が示している!

 エバさんが口の中で何事かを呟く!


「――罠はありません! 押し通ってください!」


「たりはーっ!」


 バンッ!


 “看破ディティクト・トラップ” の結果を受けて、ケイコさんの跳び後ろ回し横蹴りローリング・ソバットが一閃!

 一切の躊躇ちゅうちょなく蹴り開ける!

 慎重で繊細な作業を旨としてきた彼女が見せた、荒々しい動作!

 勢いのままに突入する僕たち!


 長靴ブーツが沈むほどの絨毯の感触が、足裏に返った。

 そこは二×二区画ブロックの広さの、同じ要塞内とは思えない豪奢な部屋。

 東の壁を背に大きな執務机が置かれて、目も眩む金銀財宝が積み上げられている。

 机の向こう側に座っていた頭巾クーフィーヤを被った男が、不意の闖入者に動じるでもなく、右手に長大な半月刀シャムシール、左手には精緻な意匠が施された丸盾ラウンドシールドを持って、ゆっくりと立ち上がった。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330669605112230


 海賊たちのにして、この階層フロアのボス。

 部屋と同様、豪奢な衣装をまとった “首領ハイ・コルセア” が、僕たちを睥睨へいげいする。


「衆対寡の戦いは、慣れてないと衆の方が不利――下がってて」


 レ・ミリアが魔剣を手に前に出る。

 うなずき引き下がるエバさん。

 代わりに戦棍メイスに封じられた “神璧グレイト・ウォール” の加護を使って、扉を閉ざす。

 部屋にはたった今蹴破ってきた物を含めて七つもの扉があったが、そのうち六つを次々に封じ、海賊の増援を断つ。

 これでしばらく手下の海賊は入ってこれない。

 残る一扇いっせんは、縄梯子のある階層最奥に通じる扉だ。


 対峙する、レ・ミリアと “首領”

 共に右手に片手剣、左手に盾のオーソドックス・スタイル。

 共に切っ先を下げ、盾を持ち上げ、相手の出方を窺っている。

 横溢する気魂。

 せめぎ合う気迫が周囲を圧し、不快な耳鳴りを呼び――直後に爆ぜた。


 ギャンギャンギャンギャンギャンッ!!!


 連続する、神経を刻む金属音。

 嗅覚細胞を直撃する、きな臭さ。

 ふたりの戦士は一歩も引かずに、真っ向から撃ち合う。


 レ・ミリアの剣は “真っ二つにするもの”、あるいは “両断するもの” と呼ばれる、+2相当の強化が施された逸品エクセレントな品だ。

 斬れ味もさることながら、軽量化の魔法によって通常の三分の一の重さしかなく、その威力は剣速の上昇による攻撃力の増大と、三倍もの攻撃回数となって現れる。


 だが “首領” の半月刀は、そんなレ・ミリアの新しい魔剣の強烈な斬撃にも折れることなく、正面から斬り結んでいる。

 直剣と曲剣の差こそあれ、こちらも最低でも+1程度の魔剣だろう。

 剣は互角。

 

(――だけど)


 徐々に回転数を上げるレ・ミリアとは逆に、“首領” の太刀筋は次第に乱れやがて防戦一方に追いやられていく。

 レ・ミリアは戦いに対して決して、ロマンチストではない。

 むしろ徹底したリアリストで、勝算のある戦いしかしない。

 彼女が “首領” との一騎打ちを望んだのは、言葉どおりそれが一番危険が少なく、勝算が高かったからだ。

 腕試しだの技量比べだの、そんな稚気から一番遠い所にいるのがレ・ミリアだ。


 力量レベルの差が、明白になった。


 強烈な幹竹割かたけわりを間一髪かわした直後、まったく同じ速さで跳ね上がった切っ先が、“首領” の顎から額にかけて垂直に断ち割った。

 己の死にすら気付かなかっただろう、鮮やかで慈悲深き一刀。


 ストンと膝が落ち、前のめりに倒れる “首領”

 部屋に血臭が、絨毯には血の染みが拡がる。

 海千山千の大海賊とはいっても、その力が発揮されるのはあくまで船上でのこと。

 迷宮では陸に上がった河童も同然で、古強者のレ・ミリアに抗すべくもない。


 ドンドンドンドンドンッ!!!


 “首領” の死を見計らったように、入口の扉が乱打された!

 手下の海賊たちがようやく追いついてきたのだ!


「――行きましょう!」


 エバさんが短くうながす!

 いくら“神璧” の加護でも、屈強な大人数を長くは防げない!

 僕たちは唯一塞がれていない、東側の扉に走った!

 再び扉を蹴破り、“首領” の部屋からまろび出る!

 すぐ目の前に四つの扉が並んでいた!


「わたしたちはこの扉! タスクさんたちは左の扉です!」


 早口で説明すると最後エバさんは、


幸運を祈りますGood luck


 と微笑んだ。


「エバさんたちも!」


 そしてエバさんとケイコさんは眼前の扉に、僕とレ・ミリアはその左隣の扉に飛び込んだ!

 扉の奥は一×一区画ブロックの玄室で、中央には長い縄梯子が垂れていた!

 三階への縄梯子だ!

 不意に背後で喚いていた怒号が鮮明になった!


「扉が破られた!」


「先に上って!」


 後をレ・ミリアに任せて、縄梯子に飛びつく!

 追いつかれる恐怖に急き立てられて、グイグイとなりふり構わず上っていく!

 すぐにレ・ミリアが続く!

 海賊が玄室に雪崩れ込んできた!

 縄梯子が揺さぶられ、激しく動揺する!


「梯子を落とせ!」


 咄嗟に叫ぶ!

 このままじゃ落下死か、落下したあとに嬲り殺しだ!

 レ・ミリアが抜き身のままの魔剣を一閃させる!

 縄梯子の動揺が急に小さくなった!

 足下から浴びせられる、凄まじい悪罵!

 しかし罵られるばかりで何の影響も――ない。


「はぁ、はぁ――や、やった」


「タスクにしては思い切ったわね。見直した」


「どうせお爺さんたちを連れて、あの要塞は抜けられないからね」


 珍しく褒めてくれたレ・ミリアに、安堵の笑みを返す。

 鼻の頭に浮いた汗がむず痒い。


「帰りは “転移テレポート” を使うしかないんだから、躊躇する理由はないよ」


 そうして僕は頭上を見上げ、再び長く垂れる縄梯子を上り始めた。

 予想外と想定外が積み重なった一階を突破して、今度こそお爺さんお婆さんのいる三階を目指す。



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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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第二回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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