灰になったはずの手紙

川崎俊介

手紙が来た

手紙が来た。


 切手も消印もない、白封筒に入った手紙だ。俺の妹宛のものだ。


 もう年頃だし、ラブレターということもあり得る。チャットアプリ全盛の時代に、わざわざ紙に思いをしたためるくらいだ。そうに決まってる。


 と思い、差出人を確認すると、なんとも下手くそな字で俺の名前が書かれていた。


「兄の名前を騙るなんて、どんな奴なんだよ……」


 しかも字が汚いし。


 その場で破り捨てようかと思ったが、一応中身を読んでみることにした。


 中身はほぼ平仮名。小学生が書いたようだ。まぁ帆波は美人だし、もう15だし、年下から憧れられても不思議ではないが。


【天国のほなみちゃんへ】


 読んでみると、そんな書き出しだった。


 奇怪な文章だが、読み進めるうちに記憶が戻ってきた。


 そうだ。


 俺の妹は、妹の帆波は、今生きていないはずだ。


 超未熟児として生まれた帆波は、必死の治療の甲斐なく、産まれて間もなくして死んだのだ。


 なぜ忘れていた?


 というか、俺たちと同居している帆波は誰なんだ?


【ほなみちゃんには生きていてほしかった。せめていっしょにヴァイオリンをひきたかったな】


 手紙はそんな言葉で締め括られていた。


 思い出した。 


 帆波が火葬される前、俺が棺桶に入れた手紙だ。灰になったはずなのに、なぜポストに?


 だが、帆波を返してほしいと、必死に神様に懇願したのも覚えている。一生のお願いだから、たった1人の妹を連れ去らないでくれ、と。


 神様が願いを叶えてくれたのか? 手紙が返ってきたのは、「願いを叶えたのだから、この手紙は書かれなかったはずだろ?」ということなのか?


 もしくは、別の世界線に来てしまったのか? 


 あるいは、俺の願望が産み出した幻?


「お兄ちゃーん、今日はバッハのドッペルを合わせる約束でしょ?」


「そうだったな、今いくよ」


 俺はヴァイオリンケースを手に取り立ち上がる。


 真実などどうでもいい。


 帆波は生きて、俺の目の前にいる。


 夢でも現実でも、どちらでもいいことだ。

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