君が生まれる前の出来事
ポテろんぐ
第1話 葬式当日
息子の葬式を機に結ばれる夫婦は意外と多いというのは噂には聞いていた。
「お前も気をつけろよ」
「明日、息子の葬式だ」と告げたら、友人は笑みを浮かべて、私の肩を叩きながらそう言って来た。
正直、まったくピンとこなくて、ツッコむ気力すら湧かなかった。
結婚なんて、大昔のしきたりや作り話の世界だと、ずっと思っていた。当然、そんなものをする気など毛頭ない。
丁度その時、テレビのドキュメンタリーで結婚をした男女が一緒に暮らしている映像が流れていたが、正直サバンナの動物とかに近いものだと感じた。
「喧嘩する事もありますが、仲良くやっています」
テレビ画面の白髪混じりの髭が生えた男性はニコニコと笑いながらそう言った。
矛盾だらけだ。喧嘩する事があるのに仲が良い。仲が良いなら喧嘩なんてしなくていい。そもそも喧嘩している事を笑いながら話す。喧嘩をしている事を全国に伝えられているのに、隣に座っている女性も怒らずにニコニコしている。
一つの映像の中に矛盾がいくつも垣間見え、私はくだらないとリモコンを探した。
男女は考え方が根本から違う。だからそもそも一緒に住むようにはできていない。
人間一人一人には生きる目的、楽しみがある。それを満たすなら、結婚などせず一生を送るに越した事はない。二人三脚よりも一人で全力疾走した方が速いのは明らかなのだから。
今の世の中、それは全て科学で証明されている。だから、政府は人工授精で子孫を増やす道を選択したのだ。
それは別に独りぼっちで孤独に生きるわけでも、異性とは一切関わらないで生きるワケでもない。私にだってプライベートを一緒に過ごす女性の友人は何人もいる。
ただ、彼女たちにも彼女たちの人生があり、彼女たちの考えがある。それは僕の生き方とは全然違う。
彼女達とどれほど楽しい時を過ごしても、一緒にマンションの部屋に帰りたいと思った事は一度もない。
ましてや、今日一日だけしか会わない女性と結婚する?
「ありえないだろ」
鼻で笑いながら友人に返した私の言葉はツッコミでもなく、心底思う本音だった。
いつの間にかテーブルの下に隠れていたリモコンをやっと見つけ、テレビのチャンネルを変えようとしたら、白髪の男と女の間を何かがモゾモゾと動き、小さな人間がぴょこっと現れた。
「子供?」
人工授精ではない。二人の性交渉によって生まれた子供だそうだ。
子供はまるで穴に吸い込まれるように、二人の大人の男女の間にすっぽりと’座った。
「なんで、子供がいるんだ?」
「さぁ、人工授精ではないらしいな」
矛盾しているにも程がある。
子供が欲しいなら、それこそ人工授精で政府が最高の環境の中で育ててくれる。
わざわざ、意見の合わない女性と一緒に住んで、さらに子供を作って育てるなど、矛盾の極みだ。
私にはとても理解できる世界ではないと、チャンネルを変えた。
「こちら母親の内藤洋子様です」
翌日の葬儀当日。
葬儀場のスタッフから紹介された洋子さんは「初めまして」と私に頭を下げた。
とても静かな挨拶をする人だと思った。声は柔らかく、聞き取れるギリギリの音量で、急ぐ事もなく、マイペースにゆっくりな速さで頭が下へ降りていく。
不思議と山の景色が思い浮かんだ。ロッジの窓の外から聞こえる野鳥の鳴き声から、西陽が差し込んで黄金色に輝く庭の木々まで、彼女が挨拶をした瞬間に私の頭に映像が広がった。
「こちら父親の田代英明様です」
私のお辞儀は、ただただ堅かった。見た目はピシッとしている。だけど、声は無駄に張っていて、全身に力が入り、動きは無駄に速い。
洋子さんの挨拶が川の流れで長年かけて研磨された柔らかい丸石なら、私の挨拶は急場ごしらえに機械で無理やり形を整えた真四角の石だ。
息子のマナトは「リーダーシップがある子だ」と幼稚園で言われた。
私の子供の頃は乱暴で悪戯が好きで、よく先生を困らせていた。大抵の男の子が
通る道だが、マナトはそんな事をせず、誰かにイジメられて泣いている友達がいると励ましに行くと聞いた。
私は「どこでそんな事を習ったんだ?」とポカーンと画面に映るマナトを観察したが、洋子さんのお辞儀を見てハッとした。
洋子さんの持っている、その場を包み込む柔らかな雰囲気はマナトに似ている。
私はそれまで、マナトは自分一人の子供だと思っていた。
しかし、そうではなかった。マナトは私と洋子さんの遺伝子から生まれた子供なのだ。
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