睡眠チート-睡眠時間が全ての世界で13,700,000,000年寝た元社畜は強制睡眠スキルで魔王もヒロインも安眠堕ち

カレラ🧀

プロローグ

第1話 過労死男が異世界転生!

「遂に終わる! 地獄の365連勤が!」


 ベコベコ。響く小気味良い音。

 拳に力を入れると、持っていた缶は呆気なくひしゃげた。

 真っ黒なエナジードリンクの缶。この365連勤を支えた、オレの相棒ソウルメイトだ。


 真っ暗なオフィスの中、モニターの前──

 当然のように残業の真っ只中だ。

 オレは独り周囲を眺め、これまでの日々を噛み締める。


 学業を修め、以来プログラマーとしてこの会社に勤め、数年が経った。

 働きながらヤバいヤバいと思ってた会社だ。

 けど──


 この365連勤を経て、オレは独立の資金が手に入る!

 そうすりゃこんな会社出て…………。


 ガタン。

 響く音。揺れる体。不意に痛む頭。オレは目を覚ます。


 いけね、一瞬寝ちまってたか。

 でも、業務は既に終わった。

 後はリーダーの出勤を待って、業務の引き継ぎして──

 その時──


 オレは、

 

「何だこれはァ!」 


 いや、

 ギリ失ってなかった。


 そこは闇だ。

 空の青をずっと濃くしたような、深い暗闇。

 それが、オレの周り360度に広がってた。


 何つーか、ゲームの読み込みが追いついてない時みたいだな。

 ま、365連勤もすりゃ、幻覚も見るか!

「いいえ、違います」


 どこからか響いてきた女性の声。

 それはまるで涼やかなハープの音色。脳内に青空が広がるような、清廉な声だった。


 あー、ハイハイ。

 ゲームのイントロで出てきがちな女神の声みたいだ。

 そういや、やりたいゲームたくさんあるんだったな。ソシャゲも、イベントほとんど追えなくて辞めちゃったし。


「そうです。私は女神。睡眠不足で亡くなった貴方を連れに来たのです、異世界へと」

 再び脳内に響く清らかな声。


 どうやら、女神さまはオレの心に直接語りかけているらしい。

 この流れ知ってるな。

 オレが読んできたラノベの流れで行くと──


「では、転生前に能力を選んでもらいましょう」

「よし来た! なろう系のパターンだな?」

「やめなさい、外部サイトの名前出すのは」

 女神は、尚も神々しい声色で応えた。

 

「ところで女神さま、能力を決めるのって制限時間とかあるんですか?」

「安心しなさい、人間。ここは時間を超越した空間。何分でも何時間でも、悩んでいいんですよ」

 女神の声色は、そよ風のような優しさだった。


 

 その時、オレは閃いた。

 なら、この状況、オレは一つ

 働いてた時、ずっと考えてたことだ。


「女神さま、決めました」

 オレはネクタイを緩め、真剣な眼差しで虚空を見つめた。


「オレ、生前やりたかったことがあるんです! 

「おや? 人間、いつになく真剣な表情ですね」

 女神さまは、オレのことを慈しむような声色で囁きかけた。それは、草原の花を揺らす風のような、穏やかな声。


「生前やりたかったこと──飛行や瞬間移動もできますよ? あるいは、お金持ちになったり、死人と話せる能力もあります。人間、貴方が望む能力は何ですか?」


 オレは目を見開き、拳を天高く掲げた……!



「寝ます!!!!!!!」

「寝ます?!?!?!?」

 裏返る女神の声。



「『転生先でどんな能力を手に入れるか』と訊いてるんですよ! それなのに、『寝ます』?」

「いや、さっき『何分でも何時間でも悩んでいい』って言ってたから──」

「う〜ん、発想の柔軟さ」

 呆れが限界突破したのか、彼女の声色はもはや女神然としていない。

 さっきまでのがそよ風なら、今は『あばら家を揺らす木枯らし』だ。


「女神さま、オレは365連勤で疲れてます。だから寝かせてくれませんか?」

 オレはおもむろに取り出した寝袋を、虚空に敷く。


「寝袋ッ? ここにそんな物はありません! 領域のことわりを歪めないでください!」

「あ、寝る前にスマホの充電器借りていいですか?」

「いや、お泊まり会じゃなくて!」


 オレは寝袋に潜り込み、目を瞑った。

「この人間、自由過ぎます……」

 泣きそうな声の女神。


「私だって、次の人間を導かなきゃいけないんですよ? 早く決めてもらわないと……」

 流石に少しかわいそうになってきたな。


 オレは寝返りを打ちながら、女神に応える。

「自分のことは気にせず進行してください。生前でも、電車やオフィスで熟睡してきてるんで」

「テコでも起きないつもりだ……!」


 そして、脳内に響く大きなため息。

「分かりました。今回は特例として、貴方の行為を許しましょう。」

 女神さまは、清廉な声色で優しげに語る。


 あ〜、めちゃくちゃ良い声。

 入眠ASMRみたいだ。

 寝袋の中、オレは春風に抱かれるような心地で目を瞑った。


「ありがとう。流石は女神さまだ、こんなオレの、くだらないワガママを聞いてくれるなんて」

「気になさらないでください。これも女神の務めです」


「本当に、感謝してますよ。生前の会社では、こんな優しい言葉かけてくれるヤツ、いなかった。そういう意味では、この場所こそがオレにとっての『天国』なのかもしれない」

「こちらこそですよ、人間。私は長い年月女神をやっています。が、寝る場所の提供で、ここまで感謝されたのは初めてですからね」

「女神さま……」


「ですが、八時間──キッカリ八時間だけです。それ以上寝るのは許しません。もし寝た場合には──」


 なんてでっけ〜器だ。

 彼女のこの好意、絶対に無駄にするワケにはいかない!

 八時間だけ寝て、その後はすぐ能力決めて異世界転生するんだ!

 約束するぜ、女神さま。


 溢れ出る涙を堪えながら、オレは微睡みの中に潜って行った。


 そしてオレは──


 しっかり13,700,000,000年寝た。

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